一人で何役もこなせるだけの力量があるからこそできる業なのだが、魔術師と護衛士は慢性的になり手が不足している。

「もちろん簡単になれはしないが、門戸は常に開かれている。魔術師か護衛士の推薦を得られれば、見習いとして“叡智の塔”に所属できるぞ」

「あ、それいい案だね。魔術師もだけど護衛士は常に成り手が不足して“塔”でも困っているんだよ。才能ある人には是非加わってもらいたいね。ディートリヒ君が希望するならボクが推薦するよ」

俺の提案にキルシュも同意した。

「おいおい、ちょっと待てよ。なんで俺が護衛士を目指す話になってるんだよ? 俺は別なりたいなんて言ってねぇぞ」

「だが、あんたは今の冒険者としての自分に限界を感じてる。違うか?」

俺の言葉にディートリヒは押し黙った。

知り合ってから僅かな時間しか経過していないが、戦闘における実力は確かなものの、現状の自分に満足しておらず自分に自信が持てない態度から、俺はディートリヒが冒険者としての自分にこれ以上伸びしろがないと思っているのではないかと感じていた。

人間には誰しも才能の限界というものがあり、どんなに努力をしようとも越えられない壁が存在する。

だが、物事に対する取り組み方や手段を変えることで、あっさりとその壁を乗り越えることもできたりする。

護衛士になることで現在彼が感じている自分の壁を突破するかはどうかは、ディートリヒが自分で決めることだ。

俺はこれ以上勧めることはしなかった。

「さて話を戻すけど、この扉の先はどうなっているのかな?」

「この扉の先はまた入り口みたいな広間な開けた場所なんだが、確か祭壇みたいなもの置いてあって、たくさんのドラゴンの像が飾られていたな」

「なるほど、そこがファーブニルの神殿か礼拝堂みたいな場所かもしれないね。この遺跡に秘密があるとすればそこが怪しいけど、ザイは何か感じ取れた?」

「それが右の通路の先から何やら音が聞こえてきまして……。これは食器と何かがぶつかる音……それに笑い声に怒鳴り声……のよう言葉ですね。意味がわかりませんが、恐らくゴブリン語だと思うのですが」

ガチャガチャと何か物と者がぶつかり合うような音としわがれた声で何事かを呟いているようなのだが、言葉の意味が分からない。

先ほどゴブリンたちが会話してい言葉と同じような言語が聞こえるので、恐らくそこにゴブリンたちがいることは確実だろう。

これらの音は全て俺たちの正面にある両開きの扉から右側通路の先よりずっと聞こえてくる。

「ゴブリン語らしき会話が聞こえてくるのは分かるとして、物がぶつかる音ってなんだろうね? ディートリヒ君、あちらのほうには何があるのか分かる?」

「突き当った先には部屋があるんだが、そこには確か古びた盾やら剣やらもう価値も何もないクズ鉄みたいな物が並んでいただけの倉庫みたいな場所だったな……」

キルシュの問いにディートリヒは首を傾げて答えた。

彼の知っている情報と俺が掴んだ音の情報が一致していない。

どうやらこの先の部屋も以前の状況とは変化しているようだ。

「どうしますか? このまままっすぐ先に進むという選択肢もありますが……」

「正直悩むね。遺跡を調査するだけなら正面の扉の先のほうが怪しい。とはいえボクたちが解決すべき事は行方不明の冒険者たちの行方だよね。……うーん、冒険者たちの行方を把握するためにはこの遺跡の全てを調査する必要があるから、ここは脇道も全て確認しておくとしようか」

「わかりました。それでは先導します」

キルシュの判断に従い、再び俺が先頭に立って右側の通路を進む。

隊列は前から順に、俺、キルシュ、ディートリヒとなる。

俺たちが通路の突き当りに近づいていくと、声と音はどんどん大きくなっていく。

そしてディートリヒが言っていた通路の突き当りまで進み、左側に木製の扉があることを確認できたとき部屋の中から聞こえてくる音がピタりとやんだ。

どうやら俺たちの接近が察知されたらしい。

俺が後ろに視線をやると、キルシュとディートリヒがそれぞれ頷いた。

中にいる敵に俺たちの存在を気づかれた以上、やることは決まっている。

俺が先陣を切って部屋の中に突貫した。

ガァン!!

派手な音を立てて扉を蹴破り突入した先には、食堂と厨房、それに食料貯蔵庫が合わさったような部屋であった。

厨房には樽がいくつかと積み重ねられた薪が置かれ、煮炊き用の炉火が燃えている。

食堂らしき部屋の奥には使い古されたテーブルがあり、サイコロとカードが散らばっている様子から見るに賭け事でもしていたのだろう。

そしてホブゴブリンが三体、それにレザーアーマーに身を包んだ人間の男(傭兵か冒険者の類に見える)が二人、部屋の中で散会して待ち構えていた。

「ゴブリンに……人間だと!? こいつら組んでやがるのか?」

俺に続いてハルバードを構えて部屋に突入したディートリヒが、ホブゴブリンと人間が連携している様を見て驚きの声を上げる。

確かに人と魔物が組んでいる光景を見るのは珍しいが、たまに見受けられるシチューエーションでもある。

例えばこの人間たちがカルト教団の一員で邪神の信徒であるならば、同じ信徒である魔物と組んでいてもおかしな話ではないだろう。

「キルシュ、人間はどうしますか?」

「彼らからは何か聞き出せそうだね。生かして捕らえたいから、殺さないように無力化してもらえるかな?」

「余裕かましてるんじゃねぇよ!」

俺とキルシュが平然とやり取りしている事を自分たちへの侮りを見たか、憤りを露わにした男が腰に下げたロングソードを引き抜き俺に斬りかかってきた。

こうも簡単に挑発に引っかかってくれるとやりやすくて助かる。

男の大振りな斬撃を俺は体を右に少し移動させて回避すると、剣を掬い上げるように上に斬り上げた。

狙い違わず男のロングソードを握った腕を手首の先から切断する。

「ぎゃああああああ!!! う、腕、腕がぁぁぁ!?」

「大した傷でもないだろう。大人しくしていてくれ」

自分の腕が切り落とされて悶絶する男の腹部に俺は回し蹴りを打ち込んだ。

体が吹っ飛び壁に叩きつけられると、気を失ったようで静かになった。

これでしばらくは身動きを取ることができないだろう。

首の横から頸椎を狙って強打することにより意識を失わせることも可能なのだが、これは打ち方を間違えると体の全身に痺れが残ったり、何も話すことすらできない状態に陥ることもあるため、生け捕りにして情報を吐かせたい時には使用しない。

もう一体の男はというとこちらは棒立ちになったまま、その場からまったく動いていなかった。

否、動けないのだ。

男の口から涎が垂れ流され体は痙攣している。