上にいるホブゴブリンたちは弓に矢をつがえて次の矢を放とうとしている。

バルコニーがある場所は床からおよそ5mほどの高さにあるが、この程度の距離であれば俺にとって何の障害でもない。

床を蹴って跳躍した俺は、ホブゴブリンの真上まで跳躍すると真ん中にいる奴に向けて頭からバスタードソードを振り下ろした。

鉄の鎧を紙のごとく切り裂く魔剣は、ホブゴブリンの体を文字通り両断した。

そいつは両断され滝のように血を噴き出し倒れ伏す。

そんな仲間の姿をみて一瞬呆気に取られた左側のホブゴブリンの首に向けて、俺は剣を水平に払う。

刃がホブゴブリンの首に食い込み、そのまま筋肉と骨を抵抗なく切り裂きながら反対側の皮まで到達、その頭を胴体から切り離した。

生き残ったホブゴブリンが恐らく彼らの言葉であろうゴブリン語で何事かを喚いたようだが、ゴブリン語を知らないため意味は分からない。

恐らくは酷い罵り言葉か何かなのだろう。

俺がバルコニーで二匹目のホブゴブリンを仕留めた時、下から焦げ臭い肉が焼ける臭いが漂ってきた。

キルシュの“電撃”の魔術により放った一条の雷が、クロウラー三体の体を同時に貫いていた。

直線状に位置している対象の体を全て貫く電撃の魔術は、固まっている複数の目標を同時に攻撃するときに便利な魔術だ。

「すげぇな……。これが魔術ってやつなのか」

恐らく初めて見る魔術だったのだろう。

ディートリヒが“電撃”の威力に感嘆の声を上げた。

その初々しい態度に気を良くしたのだろう、キルシュが得意げに語りだす。

「うんうん、初めての魔術を目にした人の反応ってやっぱりいいね。もっと驚きを露わにしてくれていいんだよ。ザイなんてもともとが淡白な性格してるから、どんな魔術を見せてもまったく表情を変えてくれないんだよねぇ。こうなんというか、こうもう少し張り合いのあるアクションが欲しいんだけどねぇ……」

クロウラーたちは雷に体を貫かれて黒コゲになっていたが、その内一体がまだ生きていたようだ。

ゆらりと体を床から起こすと、キルシュに向かって猛然と飛び掛かってきた。

「見え見えな攻撃なんだよ、クソが!!」

しかし流石はBランク冒険者、この程度の動きは想定していたようでディートリヒは振り向きざまにハルバードの石突に用いてクロウラーの腹部に強打した。

鎧のように硬い外皮と違って、クロウラーの腹部はもろく柔らかい。

痛烈な一打を喰らったクロウラーは、ビクンと一度体を震わすと力尽き倒れた。

「おぉ、やるねぇ。下はこのままディードリヒくんとボクだけで制圧できそうだ。ザイ、キミはそのまま上から攻め上がってもらえるかな」

「はい。上から片付けていきます。そちらもお気をつけて、キルシュ」

キルシュがバルコニーの上でホブゴブリンと戦っている俺に指示を出してきた。

二匹の仲間が倒されたホブゴブリンは勝てないと見るや、俺に背を向けてバルコニーの東側にある扉に駆け出した。

戦局を見た判断は正しいが、扉の奥に仲間が隠れていた場合、俺たちの存在が知られて面倒な事になる。

コンポジットボウを取り出した俺は、矢をつがえて逃げ出したホブゴブリンの背中に打ち込んだ。

一射目は右肩甲骨の下を打ち抜き、続く第二射が僧帽筋の中央に突き刺さる。

恐らく悲鳴なのだろう奇怪な声をあげたホブゴブリンは、それでも絶命する前に最後の力を振り絞って扉を開けた。

開かれた扉の先には細い通路に続いており、右手には下りの階段があった。

剣を手に通路を進み階段のほうを見ると、そこは粗末な家具が置かれた部屋に通じていた。

中には装備品を手入れしているホブゴブリンが二匹いた。

それ以外にホブゴブリンよりやや体の小さい醜悪な顔をした魔物、恐らく下位種のゴブリンであろう魔物が三匹、こちらは汚い寝具の上でいびきをかいて寝ている。

魔物の群れが自分たちの仲間の変わり果てた姿を見て反応される前に、俺は弓を背中に収納し、剣を構えた。

そして階段を一気に駆け下り、勢いをそのままに部屋の中に突入する。

部屋に駆け込んだ俺は、突進する形で階段のすぐ近くにいたホブゴブリンの体にバスタードソードを突き刺した。

腹を貫かれて悲鳴を上げるホブゴブリンを見て、魔物の群れは慌てて戦闘態勢を整えようとしたが、もはや手遅れである。

ホブゴブリンの腹部からバスタードソードを引き抜き、俺はジョッキが置かれている木製の机を飛び越えると、二匹目のホブゴブリンのいる場所に隣接した。

なんとか鞘からショートソードを抜いて構えようとしたホブゴブリンだったが、狼狽えているようで構えに力が入っていない。

俺はバスタードソードを振るってショートソードの刀身を強打し、ホブゴブリンの手から強引に引きはがす。

そして獲物が無くなり無防備になったその体に、俺はバスタードソードの刃を振り下ろすと袈裟懸けに切り捨てた。

ホブゴブリンが血を噴き出して倒れる。

そいつが絶命していることを確認した俺は、部屋の反対側がいるゴブリン三匹に目を向けた。

すると。頼りにしていたホブゴブリンたちが倒れた事を見てとったゴブリンたちは、粗末な武器を手放して部屋を飛び出し一目散に逃げ出した。

ぎゃあぎゃあ意味不明な言葉で騒ぎたてながら廊下に逃げていくゴブリンたちだったが、その体に長大な氷柱が突き刺さる。

横合いから打ち込まれた氷柱がゴブリンの体を凍結させていき、あっという間に氷の彫像と化した。

「いいタイミングで飛び出してきてくれたね。難なく仕留めることができたよ、ザイ」

ゴブリンたちを“氷槍”の魔術により仕留めたキルシュと、その後ろにはディートリヒがついてきている。

彼らが歩いてきた廊下は、先ほど俺たちが通過した広間からこの小さな部屋を繋いでおり、その突き当りは眠れる竜の意匠が彫り込まれた石造りの二枚扉へと続いていた。

氷結したゴブリンと俺が仕留めたホブゴブリンの死体を目の当たりにして、ディートリヒは呆れ、もしくは諦めともとれるため息をつく。

「あんたらマジで半端ねぇ戦力だな……。あの数十秒の間にホブゴブリンにゴブリンたち、さらにはクロウラーの群れすら殲滅かよ」

「魔物相手に長期戦を行うのは不利だ。正体と数を把握できたならば、一気呵成にしかけて殲滅するのが一番理に適っているだろう」

「そりゃおっしゃるとおりだが、言うは易く行うは難しってやつだな……。毎度こんな手早く魔物を倒せたら苦労しねぇよ」

「……あんたも護衛士を目指してみたらどうだ?」

「はぁ? 護衛士ってそんな簡単になれるもんなのか」

冒険者は基本的に四人から五人のパーティーを組んで遺跡の探索や魔物の討伐にあたることが多い。

これに対し、魔術師と護衛士は大抵の事を二人で行うことになる。