遺跡の中に歩みを進めると今度は短い階段が続いていた。

敷石に覆われた床は平らだが、ところどころ亀裂が走っており造られてから長い年月が経過したことを物語っている。

ジメジメとした湿気が不快感をもよおし、天井からは水が滴っていた。

「ここを昇ると少し開けた広間にでるぜ。石でできたバルコニーがあるんだが何のためにあるのかは分からねぇな」

「そこに魔物が待ち構えている時もあるのか?」

「そうだな……待ち構えている時もあるが、たまにいない時もある」

このような遺跡には魔物が住み着いていることが多いが、何度討伐してもいつの間にか他の魔物がまたそこに住み着いてしまうことがある。

魔物がなぜ遺跡に生息しているのか、そしてそれらはどこから湧き出してくるのか。

その疑問の答えとなるものは誰も知らない。

一つだけ確実に言えることは、遺跡に入るということは魔物の巣に立ち入ることと同意儀だということだけだ。

階段を昇るとディートリヒが言った通り、広々とした広間に出た。

ここがかつて邪竜ファーブニルの神殿であったとするなら、ロビーか控えの間とでもいったところだろうか。

いかにも猛々しいドラゴンの石像が一対、口を開けてこちらを威嚇しているような姿で立っている。

像の間には階段が伸びていて、二枚扉に通じている。

床には瓦礫が散らかり、北の壁に設けられたバルコニーが部屋全体を見下ろしていた。

「ファーブニルに仕える双翼の魔竜ズメルだね。邪竜の側近と呼ばれる強力なドラゴンの一角だよ。彼らは番であり、常に二体一組で行動すると言われている」

ドラゴンの像を見たキルシュがそのモチーフになっているものの知識を披露すると、ディートリヒが興味深そうに石像に見入った。

「へぇ、その像に名前があるなんて知らなかったぜ。俺たちはドラゴン像のある広間、ぐらいにしか認識してないからな」

「邪竜ファーブニルも今やマイナーな神になりつつあるけど、その従属竜ともなれば猶更知られてなくてもおかしくないね。さて、とりあえずここまでの痕跡はどんな感じかな、ザイ?」

「……そうですね、ここは多くの者が出入りしている形跡があります。さらに気になるのが、あちらから漂ってくるひどい臭いですね」

ここは遺跡の出入り口だけあって、沢山の足跡が地面についている。

大半の足跡は入り口からドラゴンの石像に挟まれた扉に向かっているが、その扉から腐敗した肉の塊のような臭いも流れてきている。

臭いはどんどんと強まっている……。

「……くる!」

バァァァァァァン!

けたたましい音を立てて扉が開かれる。

そして中から飛び出してきたものは、なんとも醜悪な姿をした怪物だった。

ズングリ丸い円筒形の形をした胴体は、毒々しい紫色をしている。

腹部から下には短い歩脚が十対以上あり、鋭い爪が生えている。

この魔物は歩脚と爪を活かして。人間と同じくらいかそれ以上の早さをもって床や壁、天井すら這いまわることができる移動力を誇る。

丸い頭部には長大な触覚が生えておりその上には単眼が四つ、下には巨大な口が開いており、ズラリとならんだ牙が生えており、腐敗臭はここから流れてきている。

動物や人間の肉、特に腐肉を好んで喰らう悪食のイモムシ型の魔物クロウラーである。

それが三体、こちらに向けて敵意をむき出しにして口を開いている。

「くそったれ! こんなところでクロウラーなんてついてねぇ!!」

槍を構えたディートリヒが忌々し気に魔物を罵った。

クロウラーの外皮は硬く、並みの武器では大した傷を負わすこともできない。

本能に従って獲物を襲うだけの知能しか持ち合わせてはいないが、それだけに逃げることを知らず己が死ぬまで獲物に襲い続ける獰猛な魔物だ。

中々の強敵であり、駆け出しの冒険者向けの遺跡で出てくる敵としてはかなり厄介な部類と言える。

これだけでも厄介なのに、敵の数はこれだけではなかった。

別の敵の存在を感知した俺は、キルシュの前に立ちバルコニーに向けて鞘から抜き放ったバスタードソードを構える。

「キルシュ、俺の後ろに!」

俺が叫ぶのとほとんど同じタイミングで、バルコニーの手すりの影から飛び出した小さな魔物が手にしているロングボウからこちらに向けて矢を放ってきた。

放たれた矢は三つ。

俺は二本を剣で払い落し、最後の一本はマントで絡めて地上に落とした。

俺たちに矢を放ってきたのは、人間の子供くらいの背丈に不潔な緑色の肌をした醜い人型生物だった。

「あんなところにゴブリンだと!?」

「いや、あの装備の立派さはゴブリンのものじゃない。恐らくホブゴブリンだな……」

ディートリヒの見立てを俺は否定した。

小さな体で臆病な正確のくせに、群れを成すと途端に強気になり少数の敵を寄ってたかって襲いかかるのが好みという下卑た習性は同じだが、ホブゴブリンはゴブリンに比べて一回り体が大きく、自分たちで整備している装備を身に着けているためゴブリンよりも見た目が立派だ。

連中が手にしているロングボウや腰に下げているショートソード、体を覆うチェインメイルまでもがしっかりと磨きぬかれ、ロングボウに至っては黒色に染色までされている。

魔物たちの一連の動きを見ていたキルシュは感心して声を上げた。

「なるほどなるほど、ホブゴブリンならこの戦術的な行動も頷けるね。予めバルコニーの影に陣取って僕たちの横腹をつくタイミングを待ち、正面から襲い掛かってきたクロウラーに気をとられた隙を狙うなんてやるねぇ」

「やるねぇ、なんて感心してる場合かよ!! ヤバいぜ、こいつらは……。 こんな奴らこの遺跡に出てきたことねぇぞ!」

ズラリと並んだ刃のごとき歯をむき出しにして、猛然と噛みついてくる三匹のクロウラーの攻撃を槍でしのぎながら、ディートリヒが声を荒げて叫んだ。

クロウラーの知能では連携などという高度な戦術的行動がとれるわけはないが、恐らくホブゴブリンに飼われているのだろう、仲間意識でつながっているらしいクロウラーたちは、目の前の獲物であるディートリヒに対して激しい噛みつき攻撃を繰り出し続けている。

それに対しディートリヒの体さばきは見事なもので、三匹の猛攻をいなしながらも的確に反撃を繰り出し、着実にダメージを与え続けていた。

ディートリヒの攻撃が繰り出される度、クロウラーの巨体に傷がつけられ表皮と同じ紫色の体液が飛び散る。

この様子ならば、下の相手は彼らに任せてよさそうだ。

「キルシュはクロウラーの相手をお願いします。俺は上を!」

「うん、任せたよ。クロウラーはディードリヒくんとボクで制圧しておくよ」

キルシュの言葉を背中に受けて、俺はバルコニーに向けて駆け出した。