魔術師の魔術の中で最も有名なものの一つであり、魔術師の代名詞と呼んでもいい派手な見た目と破壊力をもつ魔術である。

ヴァンキッシュのうちの一体の体に直撃したそれは、轟音と共に爆ぜ、激しい火炎を辺りにまき散らす。

隣にいたもう一体のヴァンキッシュも炎に巻き込まれ、二体とも強烈な火傷を負ったようだがまだ死んではいない。

体を焼く炎にもがき苦しみながらも、地面に体を転がし床の水たまりを利用して炎を消そうとする。

さすがに図体がでかいだけあって、かなりの耐久力があるようだ。

しかしこれだけの時間が稼げれば、俺がヴァンキッシュの側にたどり着くまで十分だった。

この洞窟の床が濡れてすべりやすく歩きにくい場所とはいえ、身体強化で全身の筋肉の動きを強化すればこの程度の悪路は俺にとって何の障害にもならない。

ようやく体の炎を消し終え態勢を立て直そうとしていたヴァンキッシュたちの体に、俺は剣を振り下ろし止めを刺した。

「……周囲に他のヴァンキッシュや魔物の存在は感知されません。これで掃討できたと思います」

二体のヴァンキッシュの死亡を確認した俺は、念のため感覚強化を用いて辺りを探ってみたが生物の気配や痕跡は感じられなかった。

「よし、これぐらいで十分でしょ。あとは卵も全て片付けておかないとね」

洞窟にいたヴァンキッシュ(死骸を調べたところ、やはり雌だった)を全て仕留めた事を確認して、キルシュは卵が生みつけられている穴すべてに“火球”を叩きこみ、卵を破壊した。

一つでも卵を残しておけば、それがやがて孵化して成体となり、周囲の自然環境を破壊する脅威になりかねないのだ。

この魔物は姿を確認したら巣穴まで追跡し、確実に排除する必要がある。

その間に俺はヴァンキッシュの解体を行っていた。

ヴァンキッシュは皮が防具や袋の素材、毒袋と呼ばれる体内で毒を生成する器官が一部の魔法薬の材料となるのだ。

しかし目玉と内臓にも有毒な成分が含まれているのだが、こちらは素材として使うことができないものなので、摘出してから火で焼き、灰にして毒性を失わせてから地面に埋める。

頭の部分も大半が素材として使用できないため切り落とし、皮のみ剥がす。

普通の刃であれば分厚い筋肉が邪魔をして皮を剥がしにくいが、アーティファクトであるこの剣であれば難なく切除することができる。

魔物の肉は大半が酷い匂いや味がするため食用に適さず、ヴァンキッシュも例外ではない。

魔物の素材にできない部位はそのまま放置すると他の魔物を呼ぶ餌になりかねないので、屋外では穴を掘って埋めるか焼き払って炭にしてしまうのがセオリーだ。

俺たちの場合は、俺が専ら魔物を解体して素材を摘出し、残りのゴミとして出た不要な部位はキルシュが魔法で焼き払うという役割分担で対処している。

内臓の付近に毒袋が二つあるので、これを取り出し解体は完了だ。

洞窟にいたヴァンキッシュは皮がほとんど焼けてしまっているため毒袋のみ摘出、洞窟の外にいるヴァンキッシュは皮にほとんどダメージがないため、皮と毒袋どちらも回収できた。

毒袋は危険物を収納する専用の袋に入れ、皮は一定の大きさに切りそろえて縄で結束し、運びやすくる。

一連の作業が全て終了した時、辺りはすっかり暗くなり山の彼方に日が沈もうとしていた。

「これだけの数を処理すると、やはり時間がかかってしまいますね」

「それだけの対価はあると思うよ。この皮はとても良質でダメージが少ない。きっと冒険者ギルドで高値で売れるはずだ。毒袋もこんなにはいらないから、一緒に卸してしまってよさそうだね」

魔物の素材の販売は、冒険者ギルドという魔物狩りや困った人の依頼を引き受ける冒険者と呼ばれる人々の組合が一手に引き受けている。

キルシュは自分が世話をしているティツ村の人々からの相談や頼み事からは一切金銭の報酬は受け取らない方針なので、魔物の素材や魔法薬を冒険者ギルドに卸すことが俺たちの主な収入源となっている。

仕事柄危険な事に関わることが多い冒険者にとって、瞬時に傷や怪我を癒してくれるポーションは必須のものであり需要がなくなることはない。

貴重な防具や武器の材料となる魔物の素材も供給が不足していることが多いため、ギルドに卸すと喜ばれることがほとんどだ。

冒険者ギルド相手に取引し支援することも、地域の安寧を保護する魔術師と護衛士にとって大事な務めなのだ。

とはいえ、それは本業である冒険者たちの邪魔にならない範囲に限られる。

俺たちが彼らの仕事を全て奪うような行為をしては生計が立ち行かなくなるので、それでは意味がないのだ。

俺たちの活動は、あくまで彼らの手が及ばない範囲のみに留めなければならない。

「ザイ、今までの道中で冒険者たちのものと思われる痕跡はあった?」

「いえ、まったく感知できませんでした。ライナーさんのものと思われる痕跡を除いて、俺たちが今日歩いた道の付近では、ここ数日間における人間のものと思われる痕跡は見つけられませんでした」

キルシュの問いに俺は首を横に振った。

今回のフィールドワークを開始する際、キルシュが疑問に感じていたティツ村周辺の冒険者たちの状況を把握するため、俺はここまでの道中、何度か感覚強化によって人間の形跡がないかどうかも調べていた。

結果は今キルシュに告げたとおり、一切の痕跡を発見することが出来なかった。

「護衛士の強化した感覚で判断できる痕跡の期間は、最大で一週間程度だったよね。うーん……この物証だけで結論に至る事はできないけれど……」

「可能性としては残りますね」

「うん。でも助かったよ、ザイ。ここまで仮定の検証ができたのなら、さらに調査を続けて結論に導けばいいだけだ。この件に関しては村長にも聞いてみるとしようか」

「はい。この件に関して報告する義務もありますしね」

ヴァンキッシュの始末を終えた俺たちは、家に帰る前にティツ村に立ち寄ることにした。

今回は騒ぎになる前に解決することが出来たとはいえ、村の周りで何があったのかを村人に把握しておいてもらう必要があるからだ。

そして当然キルシュの仮定している「村周辺に冒険者が見かけられない異常」の答えがここにあるかもしれないので、論の検証目的も含まれる。

ティツ村は人口三百人ほどの村で、開拓されてから百年以上の歴史が経過している。

魔物や盗賊の襲来に備えて村の周りは全て木の柵で囲まれており、村を出入りできるのは南にある門だけである。

キルシュは村が開拓されてすぐの時期にこの地に庵を結び、村の人々と交流しているので三代から四代に渡ってほとんどの村人と顔見知りだ。

門番をしている村の若者のデットは、俺たちの顔を見るなり声を張り上げて出迎えてくれた。

「先生にザイフェルトさん!こんな夜更けにどうしたんですか?」

「村長さんに報告しておきたいことができてね、まだ通してもらえるかな?」

「何をおっしゃってるんですか! 先生たちが来られることをを拒む奴なんてこの村にいやしませんよ。さぁ、どうぞどうぞ中に入ってください」

夜間は魔物の群れや犯罪者たちが活気づく時間帯だ。