「フィル、ちょっといいか?それからアンジェも」
その日の夜。
遊び疲れた子ども達がぐっすりと眠りについた頃、控えめなノックの音がしてアンドレアが姿を現した。
「ああ、今行く」
フィルとクリスティーナはアンドレアに頷くと、子ども達はリリアンとロザリーに任せて部屋を出る。
執務室のソファで二人はアンドレアと向き合った。
「どうした?改まって」
フィルが切り出すと、アンドレアは声を潜めて話し出した。
「実は、南にあるスナイデル王国の様子を見に行かせた遣いが帰って来たんだ。話を聞いてみたんだが、どうも気になることがある」
「なんだ?」
フィルもクリスティーナも、身を乗り出して耳を傾けた。
「スナイデル王国といえば、周りを海に囲まれた立地のおかげで他国に攻め込まれることもない、いわば平和の国だった。酪農、農業、林業、そして漁業も盛んで、国民の暮らしも安定している。国王への信頼も厚く、内戦などもめったに起きない。今後、我がコルティア国との友好関係をゆるぎないものにして、スナイデルから作物を輸入したり、武器の制作を依頼して、我々の暮らしを補ってもらえないかと模索していた。幸いスナイデルの国王と王妃もコルティア国には良い印象を持っているし、既に国王同士の交流もある。だが、一つだけ妙に気になっていたことがあるんだ。スナイデル国王には兄がいる」
兄?と、フィルは眉を寄せる。
「国王は世襲制だよな?現国王は、兄ではなく弟が就いたってことか?王位継承順位はどうなってる?」
「もちろん、兄の方が上だ。それなのになぜ弟の方が現国王なのか。それに国王に兄がいることも、対外的には秘密にされているし、スナイデルの国民でさえ知らない人がいる。口にするのはタブーらしいな」
雲行きの怪しい話に、フィルもクリスティーナも固い表情で思案する。
秘密にするには、それなりの理由があるはずだ。
そしてそれは、あまり良くない類の。
「それで?何か分かったのか?」
フィルの言葉に、アンドレアは首を横に振る。
「いや、くわしいことは分からず仕舞いだ。ただやはりスナイデルの現国王は、我がコルティア国と友好条約を結びたいらしい。今はまだ戦争に巻き込まれていないが、いつ海を越えて敵が襲ってくるかもしれない。そうなった時に対抗できる軍事力は、あの国にはないに等しいからな」
「確かに。コルティアとしても、この先またどこかの国に戦を仕掛けられた時に、国民の食料や最低限の武器を供給してもらいたいところだな」
「ああ。そこでだ」
アンドレアはいよいよ本題だとばかりに、真剣にフィルとクリスティーナを交互に見る。
「近々スナイデルは、コルティア国を親善訪問したいと考えているそうだ。その話を受けて、逆にこちらからスナイデルを訪問すると伝え、実際にあの国の内部がどうなっているかを探りたい。向こうの国王と王妃がこちらに来たところで、何も国の様子は分からないからな」
「なるほど。こちらが訪問し、実際に自分の目で確かめるまでか。それで?その役目を国王ではなく俺に、って訳だな」
ご明察、とアンドレアがニヤリと笑う。
「王太子が代わりに行くと言っても、特に疑問は持たれず歓迎されるだろう。長旅は国王と王妃には負担だから、と言えば納得されるはずだ。だが油断はするな。表向きは友好条約を結びつつ、影の動きがないかを探るんだ。俺も一緒に行って目を光らせる」
と、それまで黙って聞いていたクリスティーナが、いきなり口を開いた。
「いいえ、私が行きます。フィルと一緒に」
ええ?!と二人は驚いて顔を上げる。
「クリスティーナ、必ずしも安全な旅とは言えないんだぞ?」
「そうだよ、アンジェ。単なる親善訪問ではないんだ。多少は危険な動きも必要だし、何があるかは分からない」
クリスティーナは、承知の上とばかりに頷いた。
「それならなおさら私が行きます。アンドレアは剣の腕はからっきしですもの。いざという時、自分の身も守れないわ」
うぐっ、とアンドレアが妙な声を上げる。
「それに親善訪問なのに、王太子が妃を伴わないのは不自然です。まあ、フィルとアンドレアが恋仲だって噂されてもいいなら仕方ないけど」
うげっ、と今度はフィルが声を上げた。
「やだよ、そんな噂」
「それなら、ごく自然な流れとして王太子夫妻として訪問しましょう。子ども達はロザリーとリリアンに任せれば大丈夫」
きっぱりとそう言うクリスティーナに、フィルとアンドレアはしばし考え込んでから頷いた。
その日の夜。
遊び疲れた子ども達がぐっすりと眠りについた頃、控えめなノックの音がしてアンドレアが姿を現した。
「ああ、今行く」
フィルとクリスティーナはアンドレアに頷くと、子ども達はリリアンとロザリーに任せて部屋を出る。
執務室のソファで二人はアンドレアと向き合った。
「どうした?改まって」
フィルが切り出すと、アンドレアは声を潜めて話し出した。
「実は、南にあるスナイデル王国の様子を見に行かせた遣いが帰って来たんだ。話を聞いてみたんだが、どうも気になることがある」
「なんだ?」
フィルもクリスティーナも、身を乗り出して耳を傾けた。
「スナイデル王国といえば、周りを海に囲まれた立地のおかげで他国に攻め込まれることもない、いわば平和の国だった。酪農、農業、林業、そして漁業も盛んで、国民の暮らしも安定している。国王への信頼も厚く、内戦などもめったに起きない。今後、我がコルティア国との友好関係をゆるぎないものにして、スナイデルから作物を輸入したり、武器の制作を依頼して、我々の暮らしを補ってもらえないかと模索していた。幸いスナイデルの国王と王妃もコルティア国には良い印象を持っているし、既に国王同士の交流もある。だが、一つだけ妙に気になっていたことがあるんだ。スナイデル国王には兄がいる」
兄?と、フィルは眉を寄せる。
「国王は世襲制だよな?現国王は、兄ではなく弟が就いたってことか?王位継承順位はどうなってる?」
「もちろん、兄の方が上だ。それなのになぜ弟の方が現国王なのか。それに国王に兄がいることも、対外的には秘密にされているし、スナイデルの国民でさえ知らない人がいる。口にするのはタブーらしいな」
雲行きの怪しい話に、フィルもクリスティーナも固い表情で思案する。
秘密にするには、それなりの理由があるはずだ。
そしてそれは、あまり良くない類の。
「それで?何か分かったのか?」
フィルの言葉に、アンドレアは首を横に振る。
「いや、くわしいことは分からず仕舞いだ。ただやはりスナイデルの現国王は、我がコルティア国と友好条約を結びたいらしい。今はまだ戦争に巻き込まれていないが、いつ海を越えて敵が襲ってくるかもしれない。そうなった時に対抗できる軍事力は、あの国にはないに等しいからな」
「確かに。コルティアとしても、この先またどこかの国に戦を仕掛けられた時に、国民の食料や最低限の武器を供給してもらいたいところだな」
「ああ。そこでだ」
アンドレアはいよいよ本題だとばかりに、真剣にフィルとクリスティーナを交互に見る。
「近々スナイデルは、コルティア国を親善訪問したいと考えているそうだ。その話を受けて、逆にこちらからスナイデルを訪問すると伝え、実際にあの国の内部がどうなっているかを探りたい。向こうの国王と王妃がこちらに来たところで、何も国の様子は分からないからな」
「なるほど。こちらが訪問し、実際に自分の目で確かめるまでか。それで?その役目を国王ではなく俺に、って訳だな」
ご明察、とアンドレアがニヤリと笑う。
「王太子が代わりに行くと言っても、特に疑問は持たれず歓迎されるだろう。長旅は国王と王妃には負担だから、と言えば納得されるはずだ。だが油断はするな。表向きは友好条約を結びつつ、影の動きがないかを探るんだ。俺も一緒に行って目を光らせる」
と、それまで黙って聞いていたクリスティーナが、いきなり口を開いた。
「いいえ、私が行きます。フィルと一緒に」
ええ?!と二人は驚いて顔を上げる。
「クリスティーナ、必ずしも安全な旅とは言えないんだぞ?」
「そうだよ、アンジェ。単なる親善訪問ではないんだ。多少は危険な動きも必要だし、何があるかは分からない」
クリスティーナは、承知の上とばかりに頷いた。
「それならなおさら私が行きます。アンドレアは剣の腕はからっきしですもの。いざという時、自分の身も守れないわ」
うぐっ、とアンドレアが妙な声を上げる。
「それに親善訪問なのに、王太子が妃を伴わないのは不自然です。まあ、フィルとアンドレアが恋仲だって噂されてもいいなら仕方ないけど」
うげっ、と今度はフィルが声を上げた。
「やだよ、そんな噂」
「それなら、ごく自然な流れとして王太子夫妻として訪問しましょう。子ども達はロザリーとリリアンに任せれば大丈夫」
きっぱりとそう言うクリスティーナに、フィルとアンドレアはしばし考え込んでから頷いた。