「キャーー!!」

フローリアが叫び、フィルはあまりの光景に息を呑む。

子ども達が乗っている馬車は、崖の縁ギリギリで止まったのだが、片方の後輪がガタン!と縁から落ちたのだ。

しかも馬との連結部分が外れ、更にはギシッと音を立てながら、少しずつ傾いていく。

「掴まって!」

フィルは自分の馬を近づけると、身体をこれ以上ないほど横に倒して子ども達に手を差し伸べた。

アレックスはマックスを抱き上げると、フィルの方に腕を伸ばす。

フィルは片手でマックスを抱き、馬に跨らせた。

続いてアレックスは、恐怖に涙をこぼすフローリアの手を取り、フィルに引き渡す。

「いいぞ」

フィルはアレックスに頷き、フローリアを抱き上げた。

「フィル!みんな!」

ちょうどその時、クリスティーナが馬を駆って追いついてきた。

「クリス、二人を!」
「ええ!」

クリスティーナはフィルから、マックスとフローリアを預かる。

「アレックス、おいで」

最後にフィルがアレックスに手を伸ばした。

頷いたアレックスが一歩前に足を踏み出した時、ギーッと馬車が音を立てて傾いたかと思うと、残っていたもう片方の後輪もガタン!と崖の縁に落ちる。

フィルとクリスティーナは、ハッと息を呑んで身体を固くした。

馬車は少しずつ少しずつ、後ろに引っ張られるようにして傾いていく。

「アレックス、早く手を!」

フィルが声をかけるが、アレックスは恐怖で身体がすくみ、全く動けずにいる。

「アレックス、今行く!」

そう言ってフィルが左足だけあぶみに載せたまま、右足を馬から下ろして馬車の中に踏み入れた。
だが、更にガクンと馬車が後ろに下がり、フィルは慌てて足を戻す。

(くそっ、どうすれば…)

考えている暇はない。
一か八かもう一度足を踏み入れ、一気にアレックスの腕を掴むしかない。

(アレックスは必ず助ける。俺の命に代えても)

そう覚悟を決めた時、慌ただしい馬の足音がして、ハリスとオーウェンが駆けつけた。

「お父様、二人を!」

クリスティーナはすぐさまマックスとフローリアをハリスに預けると、手綱をさばいてフィルのすぐ横に自分の馬を寄せた。

「フィル、私が手綱を」
「ああ」

クリスティーナが自分の馬とフィルの馬、両方の手綱をしっかりと握り、フィルは馬の鞍を左手で握ったまま、右手をアレックスに伸ばす。

「アレックス、合図したら大きく前に踏み出して手を伸ばすんだ。いいか?」

フィルの言葉にアレックスは身体を固くしたまま、無理だと言わんばかりに首を横に振る。
恐怖で声も出ないほど怯えていた。

「大丈夫だ、アレックス。父さんを信じろ。必ず助けるから」

じっとアレックスを見つめて大きく頷くと、アレックスもフィルに小さく頷いた。

「よし、行くぞ。いちにの、さん!」

フィルが再び右足を馬車に載せるのと同時に、アレックスは大きく前に一歩踏み出した。

フィルも目一杯手を伸ばしてアレックスの手を掴む。

すると、ギーッときしむ音を立てながら、馬車が一気に崖へと落ち始めた。

「アレックス!」

フィルは片手でしっかりとアレックスを抱きかかえると、右足を馬車から浮かせる。
その下をかすめるようにしながら、馬車は崖に吸い込まれるように落ちていった。

クリスティーナがグッと手綱を引いて馬を崖から遠ざけ、フィルとアレックスが無事に地面に足を下ろした時、馬車が崖下に叩きつけられる凄まじい音が響いた。

「アレックス、よくやった。さすがは父さんと母さんの息子だ」

フィルはしっかりとアレックスを抱きしめて、何度も頭をなでる。
アレックスはフィルの胸に顔をうずめて、必死に涙をこらえていた。

「アレックス!えらかったわね」

クリスティーナも馬から降りると、アレックスをギュッと抱きしめた。

「おとうさま!おかあさま!」
「とーたん、あーたん」

フローリアとマックスも懸命に駆け寄ってきて、フィルとクリスティーナに抱きつく。

フィルは大きな腕で皆を抱きしめると、輝くような笑顔で声をかけた。

「良かった、みんな無事で。本当に良かった」
「ええ、本当に」

クリスティーナも涙をこらえて、子ども達に笑ってみせた。