「ねえ、フィル。これってまた3日間も馬車に揺られたままなの?」

スナイデル王国を発ってしばらくすると、クリスティーナは不満げに口を開く。

またか、とフィルは頭を抱えた。

「どうにかならないのかしら。子ども達と約束した日に遅れてしまうわ」
「クリスティーナ…。気持ちは分かるが仕方ない。それにコルティアは今、グラハム2世からの声明文を受け取って大騒ぎになっているはずだ。無事に帰れるだけでも良しとしよう」
「大騒ぎになっているからこそ、早く帰らなければ。ねえ、御者の方に頼んでみてもいい?馬車はやめて馬だけお借りしたいって」

そう言うとクリスティーナは窓から顔を出し、御者台の方に身を乗り出す。

「クリスティーナ、頼むから大人しく…」

フィルが止めようとした時だった。

「フィル!あれを見て!」

クリスティーナが前方を見ながら声を上げる。

馬に乗った一軍がこちらに向かってやって来るのが見えた。

まだ遠目でよく分からないが、鮮やかなロイヤルブルーの軍服は見間違えようがない。

「ジェラルド連隊長!オーウェン!」
「お父様!オーウェン隊長!」

フィルとクリスティーナは、窓から身を乗り出して手を振る。

「王太子殿下!」

驚いたような声がして、一軍は一気にスピードを上げると馬車の前で止まった。

「ご無事でしたか!」

クリスティーナの父であるハリス=ジェラルド連隊長が、喜びを噛みしめながら声をかける。

「俺もクリスティーナも無事だ。スナイデル王国のクーデターも阻止した。何も心配はいらない」

おおー!と、オーウェンや近衛隊の隊員も雄叫びを上げる。

「ご無事で何よりでございます。国王陛下も王妃陛下も、どれほどご心痛でいらっしゃったか…。一刻も早く帰りましょう」
「ああ」

ハリスの言葉にフィルが頷く。
するとクリスティーナが、一番近くにいた隊員に声をかけた。

「ねえ、ちょっとあなた。馬から降りてこちらに来てくれない?」
「は?わたくしですか?」
「そうよ」

にっこりと微笑みながら、クリスティーナは若い隊員を手招きして馬車に乗せる。
代わりにフィルが降ろされた。

なんだ?と皆で見守っていると、
「ギャー!お止めください、クリスティーナ様!」
と隊員の叫ぶ声が聞こえてきた。

「ちょっと、クリスティーナ?一体何を…」

フィルが馬車に近づいた時、ガチャリと中から扉が開いて、軍服姿のクリスティーナが降りてきた。

「ク、クリスティーナ、まさか!」

クリスティーナはリボンで髪を一つに束ねると、馬車の中を振り返る。

「あなたは馬車でゆっくり帰ってきてね」

軍服を剥ぎ取られた隊員は、クリスティーナが脱ぎ捨てたドレスに埋もれて呆然としていた。