輝く未来の国王は 愛する妃と子ども達を命に代えても守り抜く【コルティア国物語Vol.2】

フィルがいるであろう搭は遠くからでも見つけやすく、クリスティーナは城の外壁に沿って、植栽の間を抜けるように進んで行く。

だんだん空が白んできて、城の中や外も人が慌ただしく行き交うようになり、クリスティーナは焦る。

(あまり時間がないわ。グラハム2世のクーデターで混乱しているこの隙に、搭に突入してフィルを助け出さなければ。それに今頃ケイティも目を覚まして、私がいないことに気づいているはず)

ケイティはおそらく黙っていてくれるだろうが、グラハム2世か見張りの者に気づかれるのは時間の問題だ。

クリスティーナは慎重に、かつ大胆に木々の間を走り抜けて搭を目指した。

やがて搭の近くまで来ると、回廊の柱の陰に隠れて入り口の様子をうかがう。

塔の細長い入り口の前には兵が一人いるだけだが、視線をやや上に転じると、2階辺りに城と繋がる通路があった。
そこにはおそらくもっと多くの兵がいるだろう。

地下にはどう行けば良いのか。

考えても分かるはずはなく、クリスティーナは一気に駆け出すと、入り口の前にいた兵の後ろに忍び寄り、背後から素早く短剣を首筋に当てた。

「動くな」

ヒッ!と兵が喉を鳴らして身を固くする。

クリスティーナは後ろから左腕を回して兵の身体の動きを封じ、後ずさりながら入り口の陰に隠れた。

「地下の牢に案内しなさい。ただし、誰にも見つからないように。さもなくばこの剣が喉を突くわよ」

クリスティーナが鋭く言い放つと、兵は小さく何度も頷いてからゆっくりと歩き出す。

まずは目の前にある狭い螺旋階段を上がり、中二階までくると左に現れた通路へと進む。

少し歩いた先に、石の壁に色がわずかに違う部分があった。

兵がその部分に手を触れてゆっくり押すと、ゴゴッと音がして、扉のように前方に開いた。

石の階段が見え、どうやらそこを下りれば地下に行けるようだ。

クリスティーナが促すと、兵は中に足を踏み入れて階段を下り始める。

幅は狭く、天井も低いその階段は、いかにも地下牢へ繋がっているという気がする。

下まで下りると行き止まりになっており、兵が右の通路へ曲がろうとするが、クリスティーナは後ろからグッと腕に力を込めて止めた。

そしてそっと顔を覗かせて様子をうかがう。

長い石の通路の先に、兵が二人立っているのが見えた。

そこにフィルがいるに違いない。

「ここから声をかけてこちらに呼び寄せなさい」

クリスティーナは小声で、剣で脅している兵に告げる。

「怪しまれないように。いいわね?」

首にピタリと剣を当てると、兵はいっそう背筋を伸ばして頷いた。

クリスティーナは少しだけ兵を前へ押しやる。
「お、おーい。ちょっと来てくれないか」

剣を後ろから首に当てられている兵は、壁から顔だけ出して声をかけた。

「なんだ?どうかしたのか?」
「あ、ああ。ちょっと怪しい人影を見かけて、皆で探してるんだ。手伝ってくれ」
「分かった。お前はこのままここで見張ってろよ」

通路の奥にいた一人が、もう一人をその場に残してこちらに歩いてくる。

クリスティーナは兵を羽交い絞めにしながら階段を後ろ向きに上がっていった。

「怪しいやつってどんなやつだ?」

見張りの一人がそう言って、足元を見ながら階段を上がってくる。

半分ほど上がったところで、クリスティーナは捕えていた兵を思い切り前に押し倒した。

「うわっ!」

押された兵は、下から上がって来ていた見張りの兵にぶつかり、そのまま二人で階段の下まで転がり落ちる。

「いってー!このバカ。何をやって…うぐ!」

重なり合って床に倒れている兵達に、クリスティーナが上からドスンと覆いかぶさった。

一番下の見張り兵は、男の体重とクリスティーナの体重に押しつぶされて息も絶え絶えになっている。

クリスティーナは素早くロープで、自分のすぐ下にいる兵の手を縛り上げた。

続いて足も縛ると、今度は一番下で下敷きになっている見張り兵の手足を縛り上げる。

「おい、どうしたんだ?!」

物音に気づいたもう一人の見張り兵が、腰から剣を引き抜いて走り寄って来た。

クリスティーナもいよいよ腰に差した剣を抜いて構える。

「久しぶりだわ。腕が鳴るわね」

ニヤリと笑うクリスティーナに、見張り兵は怪訝そうに立ち止まった。

「なんだ?女か。そんな格好で何をやっている」

「あら、わたくしを見くびるとどうなるか。油断は禁物ですわよ?」

クリスティーナはにっこりと微笑んでから、一気に仕掛けた。

素早く駆け寄って間合いを詰めると、剣を上からヒュッと振りかざす。

「うわっ!」

兵が咄嗟に剣を構えてクリスティーナの剣を受け止める。

だがそれはクリスティーナの狙い通りだった。

クリスティーナは両手に力を込めて、兵の剣を大きく横に振り払うと、相手の懐に飛び込み、短剣の切っ先を喉元に当てた。

「そこまでよ。少しでも動いたら命はないわ」

ウグッと妙な声を上げて、兵は手にした剣をポトリと床に落とす。

そのまま膝を折ってうなだれる兵の腰から、クリスティーナは鍵の束を取り上げ、兵をロープで縛り上げた。
同じ頃。
牢の中では手足を縛られたフィルが、食事を運んできた兵と押し問答を繰り広げていた。

「だから、どうやって食べろって言うんだよ?」
「そんなこと言われても…」
「両手を背中で縛られてるんだぞ?それなのにフォークを差し出されて、どうやって受け取るんだよ」
「それは、その…。口にくわえるとか」
「アホか。フォークを口にくわえて、そのあとどうやって食べるんだ?やってみろよ」
「た、確かに。ではどうすれば…」
「簡単だよ。俺のロープを切ればいいんだ」
「そ、そんなことはできん!」
「なんだ。そこはアホじゃなかったな」

上手く乗ってくれれば良かったのに、とフィルはひとりごちる。

「じゃあさ、せめて手を前で縛り直してくれ。そうすれば自分で食べられる」
「ダメだ。一旦ロープを切った隙に、何をされるか分からないからな」
「へえ、やっぱりお前、アホじゃないな」
「当然だ!」

体格の良い大柄な兵は、得意げに胸を反らす。

「それなら仕方ない。お前が俺に食べさせてくれ」
「…は?」
「は?じゃないよ。聞こえなかったのか?あーんって、食べさせてくれ」
「バ、バカな!そんなことできる訳が…」
「じゃあロープを切るか?」
「それは…、いかん」
「だったらこれしかない。ほら、あーん」

フィルは兵が自分の口元に手を持ってきた瞬間、その手に噛みついてひるませ、一気に体当たりするつもりだった。

大きく口を開けて待っていると、兵は仕方なくフォークを手に取り、マッシュポテトを掬ってフィルの口に運ぶ。

「あーん…」

その時だった。

「フィル!」

クリスティーナが牢の外から体当たりして、大きく扉が開いた。

ようやく会えたフィルとクリスティーナは、互いに見つめ合う。

そして…

「ギャーーー!!」

二人同時に絶叫した。

「何やってるのよ!この、浮気者!」

クリスティーナはズカズカと近づくと大柄な兵を引っぺがし、フィルの胸元を掴み上げる。

「ちょ、待て!クリスティーナ。違うったら!」
「何が違うのよ!私がどれだけ心配して駆けつけたと思ってるの?それなのに仲良く、あーん、なんて見せつけられて。タダで済むと思ったら大間違いよ!」
「落ち着け、クリス!そっちこそなんて格好してるんだ?!俺以外の男の前でそんな綺麗な足見せるとか、許さん!今すぐ隠せ!」
「はあ?誰の為にこんなことになったと思ってるのよ!必死に助けに来たって言うのに、呑気にラブラブしてるなんて。しかもこんなおっさんと?!趣味悪すぎ!」
「何をバカなことを!」
「バカとは何よ?フィルのアホ!もう大っ嫌い!」
「クリス!」

フィルは縛られた両足を踏ん張って起き上がると、そのままクリスティーナに口づけた。

勢い余って、クリスティーナの背中は壁に押しつけられる。

目を見開いたままフィルのキスを受け止めていたクリスティーナは、やがてゆっくりと身体を起したフィルに、切なげに瞳を覗き込まれた。

「無事で良かった。…愛してる、ティーナ」

そう言って優しく微笑むフィルに、クリスティーナの目から涙がこぼれ落ちた。

「フィル、フィル…。助かったのね、良かった。本当に良かった」

背伸びをしてギュッとフィルに抱きつき、クリスティーナはとめどなく涙を溢れさせる。

「君のおかげだよ、ティーナ。俺の最愛の女性、そして最強のパートナー。君以外の人なんて、誰も目に入らない」
「私も、フィルが誰よりも大好きよ」

クリスティーナは顔を上げると、今度は自分からフィルに口づけた。

「ティーナ、あとでゆっくり抱きしめてあげるからね。今は、ほら」
「あ、そうか。今ロープを切るわね」

フィルが縛られていることをようやく思い出したクリスティーナが、短剣でフィルのロープを切ろうとした時だった。

それまで呆然と事の成り行きを見ていた大柄な兵が、ハッと我に返ってクリスティーナに背後から殴りかかる。

「クリス、伏せて!」

サッと身をよけたクリスティーナの横で、フィルが兵に頭突きをくらわせる。

ウグッと兵がうめいて床に膝をつき、すかさずクリスティーナがロープで後ろ手に縛り上げた。

そしてフィルの手足のロープを切る。

「フィル!」
「クリスティーナ!」

二人はようやく互いにしっかりと抱き合った。

「続きはあとでね、ティーナ」

そう言ってフィルはチュッとクリスティーナにキスをする。

「まだ敵は大勢いるぞ」
「分かってるわ。油断は…」

「禁物!」

二人で声を揃えると、一気に牢の外へと走り出した。
「それで、どこまで聞いてる?」

先ほどクリスティーナに縛り上げられた兵の横をすり抜け、搭の階段を駆け上がりながらフィルが尋ねる。

「現国王の兄、グラハム2世がクーデターを起こしたってことまで」

クリスティーナも走りながら答えた。

「コルティアに声明文を出したことは?」
「え、もう出したの?」
「そうらしい。もうじき父上のもとに届くはずだ」
「そんな…。私達が無事だってこと、どうにかして知らせられないかしら。コルティアから一緒に来たお付きの人達も、上手く言いくるめられて帰されてしまったのよ」
「なるほど。つまり、俺とクリスの二人だけってことだな。上等だ」

ニヤリとフィルがクリスティーナを振り返る。

「俺とクリスが最強ペアだってこと、とくと思い知らせてやろうぜ」

クリスティーナは肩をすくめると、腰に差していた剣を1本フィルに手渡した。

「ほどほどになさいませ、王太子殿下」
「そちらこそ、王太子妃殿下」

顔を見合わせてクスッと笑うと、二人は再び表情を引き締めて走り出した。
「なかなか座り心地がいいな。これが玉座というものか」

グラハム2世は黄金の肘掛けに手を置き、真紅の椅子にゆったりと背を預けた。

弟である現国王とその家族は、ダイニングルームに閉じ込めてある。

コルティア国王太子夫妻を幽閉したと告げたが、実際にこの目で確かめるまでは信じられないと言い出し、仕方なくこれから国王だけを王太子妃のいる塔に連れて行くことにした。

「さてと、そろそろ行くとしよう。あいつも手枷を付けられた王太子妃を見れば、即座に俺に王座を空け渡すだろうな。ククッ」

自然と笑いが込み上げてきた時、大変です!と、手下が部屋に駆け込んできた。

「何事だ?」
「はっ!コルティア国王太子妃が、塔から抜け出した模様です」

なんだと?!と、グラハム2世は立ち上がる。

「バカ者!見張りは何をしていた?!」

するとまた慌ただしく、別の手下が部屋に飛び込んでくる。

「コルティア国王太子に逃げられました!」

なっ…!と、グラハム2世は絶句する。
ワナワナと身体を震わせると、血走った目を見開き、大声で叫んだ。

「すぐに捕らえろ!絶対に逃がすな!」
「はっ!」

手下達がバタバタと部屋をあとにすると、グラハム2世は拳で玉座の肘掛けをガツンと殴る。

「くそっ、あの王太子どもめ。生かしておいてやったというのに」

ギリッと奥歯を噛みしめるが、気持ちを落ち着かせてゆったりと座り直した。

二人に逃げられたことは、国王達に知られる訳にはいかない。

「なあに、すぐに見つけてまた牢屋にぶち込めばいいだけの話だ。今度こそ鎖でがんじがらめにしてな」

焦ってはいけない。
この日の為に何年も我慢してきたのだ。

今こそ国王にふさわしい威厳と落ち着きを持って対処しなければ。

グラハム2世は、鋭い視線で宙を睨みつけながら、作戦を練り始めた。
「いたか?」
「ダメだ。そっちもか?」
「ああ。今度は西の庭園を見てくる」
「分かった。俺達は城の中をもう一度探す」

兵達が大勢行き交い、互いに短く言葉をかけてまた走り出す。

その様子を柱の影から見ていたフィルとクリスティーナは、一旦顔を引っ込めて小声で話し出す。

「これからどうする?どこに向かうの?」

クリスティーナの問いに、フィルは、そうだなーと軽く答える。

「とりあえず国王陛下達の居住スペース辺りを片っ端から見て回ろう。見つけたら保護する。先にグラハム2世にバッタリ会っちゃったら戦う」
「それだけ?」
「それだけ」

クリスティーナは、はあ…とため息をつく。

「単純明快で分かりやすいこと」
「なに?単細胞って言った?」
「言ってないわ。思っただけよ」

オブラートに包んで言い換えたが、フィルにはお見通しだったらしい。

「考えたって思い通りになんて行く訳ないさ」
「確かにそうね。予想外の展開になって焦るよりは、行き当たりばったりの方が性に合ってるかも」
「だろ?さ、行こう」
「ええ」

二人はもう一度そっと顔を覗かせて辺りの様子をうかがってから、一気に走り出して城の階段を駆け上がる。

3階まで行き、最初の夜に晩餐会に招かれたダイニングルームを目指した。
曲がり角まで来て顔だけ出したフィルが、廊下の先の見張り役を見て、ビンゴ!とクリスティーナを振り返る。

「恐らく一家四人ともあそこに軟禁されてるな」
「入り口の見張りは二人…。中にもいるでしょうね」
「ああ。何人いるかは入ってからのお楽しみ。行くぞ」

どこまでも軽い口調のフィルに半分呆れてから、クリスティーナもすぐあとを追う。

「ヘイ!」

フィルが素早く入り口に駆け寄り、こちらを振り向いた見張りの兵に、ポケットに入れてあった鍵の束を投げる。

咄嗟に鍵を受け取った兵に、フィルは一気に体当たりした。

「ねえ、フィル。今のダジャレ?」

もう一人の兵が慌てて剣を構え、クリスティーナはそれに応戦しながらフィルに尋ねる。

「何が?」

フィルは、倒した兵を縛り上げながら聞き返した。

「だから、さっきのオヤジギャグ。兵に向かってヘイ!って」
「はっ?違うわ!それに俺はオヤジじゃないぞ」
「オヤジでしょ?だって父親なんだから」

クリスティーナは、兵と剣を交えつつ淡々と答える。
フィルは呆れ気味にクリスティーナを見た。

「クリス、真面目に戦え。舌噛むぞ」
「確かに。油断は禁物よね。そろそろキメさせて頂くわ」

キン!と敵の剣を頭上で受け止めると、即座にクリスティーナは身を屈めた。
相手に背中を向けたと思いきや、その勢いのままクルリと回り、右足を高く上げて踵で敵の頭を蹴り飛ばす。

グエッと兵が妙な声で倒れ込むのと、フィルが、あーー!!と叫ぶのが同時だった。

「びっくりしたー。なあに?」

床にうつ伏せに倒れた兵の手を背中に回して縛りながら、クリスティーナが怪訝な面持ちでフィルを見る。

「なあに?じゃない!そんな格好で回し蹴りするな!見えるだろ?」
「何が?」
「な、何が?って、それは、その…」

フィルが赤い顔でアタフタしていると、ガチャリと扉が開いて、ダイニングルームの中から兵が現れた。

「どうした?騒がしいな。お、お前は!コルティアの王太子?!どうしてここに…」
「知るかよ!それより、見るんじゃないぞ!」

フィルは、クリスティーナがまたミニスカートを翻して戦うのを回避しようと、さっさと敵を倒しにかかる。

「このこのー!見るんじゃなーい!」

何事かと、続々と部屋から出てくる敵を、フィルは目にも止まらぬ速さで仕留めていく。

「すごーい!さすがね、フィル」

フィルは敵の剣を弾き飛ばしては、みぞおちを肘で打ち、次々と兵を倒していく。
その傍らで、クリスティーナはせっせと兵を縛り上げていった。
「国王陛下、ご無事ですか?」

全ての兵を縛って廊下に転がすと、フィルとクリスティーナはダイニングルームに駆け込んだ。

「おお、これは王太子殿。ご無事でしたか」
「はい。私も妃も無事です」
「良かった…。あなた方の身を案じていました。この度は、我がスナイデルのクーデターに巻き込んでしまい、本当に申し訳ない」
「お話は後ほど。今はとにかく、皆様を安全な場所までお連れします。行きましょう」

フィルとクリスティーナは、国王と王妃、そして二人の王子を外へと促した。

その時…

「おやおや、皆様お揃いでしたか。探し回る手間が省けて何より」

不気味な低い声と共に、グラハム2世がゆらりと扉から姿を現した。

フィルは左手を横に伸ばしてクリスティーナ達をかばい、右手で剣を構える。

クリスティーナは国王達四人を守って、部屋の片隅に誘導した。

「ここに伏せていてください」

そう言い残してフィルのもとに戻り、クリスティーナも隣で剣を構える。

「とっとと逃げればいいものを。愚かな王太子夫妻だ。私に刃向かった事を後悔するが良い」

グラハム2世がニヤリと笑うと、大勢の兵が一気に部屋になだれ込んできた。

これはさすがに多勢に無勢だと、クリスティーナは顔をしかめる。

チラリとフィルを横目で見ると、神経が研ぎ澄まされたように集中しているのが分かった。

(やるしかないのよね)

クリスティーナも覚悟を決めて、両手で剣を握り直した。
「かかれ!」

グラハム2世のかけ声を合図に、兵達が一斉にフィルとクリスティーナに向かって来た。

キン!と振り下ろされる剣を払いのけては、また別の兵と相まみえる。

先が見えないが、今はとにかくやり過ごしてチャンスを待つしかない。

ひたすら剣をさばいていると、やがてクリスティーナの剣が刃こぼれし始めた。

「なんてもろい剣なのよ。どういう工程で作ってるのかしら、この不良品!」
「ちょっ、クリス。国王陛下に聞こえるってば」
「だってこれじゃあ、ろくに戦えないもの。勝手に拝借しておいて文句は言えないけれど」
「充分言ってるよ!」

国王に聞かれないかヒヤヒヤしながら戦っていると、フィルの剣もガツンという衝撃と共に真ん中まで刃が欠けた。

「あー、こりゃダメだ」
「でしょう?」

クリスティーナは、いつも身に着けているコルティアの短剣を使いながらフィルを振り返る。

「フィル、他に武器はあるの?」
「んー、俺の剣は取られちゃってない」

そう言うと、フィルは素早く部屋の中に視線を走らせ、壁に掛けられていた何やら豪華な鞘の剣を見つけた。

「国王陛下。この剣をお借りしても?」

フィルがスナイデル国王に声をかけると、戸惑うような声が返ってきた。

「あ、ああ。使えるなら構わないんだが…」

フィルは剣を交えながら後ずさると、思い切り敵の剣を振り払ってから、壁の剣を手に取る。

アンティークのように古い剣だが、グリップも握りやすく、鞘から引き抜いてみると、ブレードはカッティングやエッジも見事なまでに美しい。

一瞬見とれてから、間髪をいれずに襲ってくる敵の剣を受け止めた。

「おっ、何だこれ?」

フィルは思わずまじまじと剣を眺める。

敵の剣を受け止めた時の衝撃が、驚くほど手に伝わりにくく、かつ安定している。

それに重さはしっかりあるのに、とても扱いやすい。

まるでずっと探していた相棒に巡り会えたような感覚になるほど、その剣はフィルの手に馴染んだ。

これならいけると、フィルは確証に似た感覚を覚え、兵を軽々とかわしながら一気にグラハム2世に詰め寄った。