同じ頃。
牢の中では手足を縛られたフィルが、食事を運んできた兵と押し問答を繰り広げていた。

「だから、どうやって食べろって言うんだよ?」
「そんなこと言われても…」
「両手を背中で縛られてるんだぞ?それなのにフォークを差し出されて、どうやって受け取るんだよ」
「それは、その…。口にくわえるとか」
「アホか。フォークを口にくわえて、そのあとどうやって食べるんだ?やってみろよ」
「た、確かに。ではどうすれば…」
「簡単だよ。俺のロープを切ればいいんだ」
「そ、そんなことはできん!」
「なんだ。そこはアホじゃなかったな」

上手く乗ってくれれば良かったのに、とフィルはひとりごちる。

「じゃあさ、せめて手を前で縛り直してくれ。そうすれば自分で食べられる」
「ダメだ。一旦ロープを切った隙に、何をされるか分からないからな」
「へえ、やっぱりお前、アホじゃないな」
「当然だ!」

体格の良い大柄な兵は、得意げに胸を反らす。

「それなら仕方ない。お前が俺に食べさせてくれ」
「…は?」
「は?じゃないよ。聞こえなかったのか?あーんって、食べさせてくれ」
「バ、バカな!そんなことできる訳が…」
「じゃあロープを切るか?」
「それは…、いかん」
「だったらこれしかない。ほら、あーん」

フィルは兵が自分の口元に手を持ってきた瞬間、その手に噛みついてひるませ、一気に体当たりするつもりだった。

大きく口を開けて待っていると、兵は仕方なくフォークを手に取り、マッシュポテトを掬ってフィルの口に運ぶ。

「あーん…」

その時だった。

「フィル!」

クリスティーナが牢の外から体当たりして、大きく扉が開いた。

ようやく会えたフィルとクリスティーナは、互いに見つめ合う。

そして…

「ギャーーー!!」

二人同時に絶叫した。

「何やってるのよ!この、浮気者!」

クリスティーナはズカズカと近づくと大柄な兵を引っぺがし、フィルの胸元を掴み上げる。

「ちょ、待て!クリスティーナ。違うったら!」
「何が違うのよ!私がどれだけ心配して駆けつけたと思ってるの?それなのに仲良く、あーん、なんて見せつけられて。タダで済むと思ったら大間違いよ!」
「落ち着け、クリス!そっちこそなんて格好してるんだ?!俺以外の男の前でそんな綺麗な足見せるとか、許さん!今すぐ隠せ!」
「はあ?誰の為にこんなことになったと思ってるのよ!必死に助けに来たって言うのに、呑気にラブラブしてるなんて。しかもこんなおっさんと?!趣味悪すぎ!」
「何をバカなことを!」
「バカとは何よ?フィルのアホ!もう大っ嫌い!」
「クリス!」

フィルは縛られた両足を踏ん張って起き上がると、そのままクリスティーナに口づけた。

勢い余って、クリスティーナの背中は壁に押しつけられる。

目を見開いたままフィルのキスを受け止めていたクリスティーナは、やがてゆっくりと身体を起したフィルに、切なげに瞳を覗き込まれた。

「無事で良かった。…愛してる、ティーナ」

そう言って優しく微笑むフィルに、クリスティーナの目から涙がこぼれ落ちた。

「フィル、フィル…。助かったのね、良かった。本当に良かった」

背伸びをしてギュッとフィルに抱きつき、クリスティーナはとめどなく涙を溢れさせる。

「君のおかげだよ、ティーナ。俺の最愛の女性、そして最強のパートナー。君以外の人なんて、誰も目に入らない」
「私も、フィルが誰よりも大好きよ」

クリスティーナは顔を上げると、今度は自分からフィルに口づけた。

「ティーナ、あとでゆっくり抱きしめてあげるからね。今は、ほら」
「あ、そうか。今ロープを切るわね」

フィルが縛られていることをようやく思い出したクリスティーナが、短剣でフィルのロープを切ろうとした時だった。

それまで呆然と事の成り行きを見ていた大柄な兵が、ハッと我に返ってクリスティーナに背後から殴りかかる。

「クリス、伏せて!」

サッと身をよけたクリスティーナの横で、フィルが兵に頭突きをくらわせる。

ウグッと兵がうめいて床に膝をつき、すかさずクリスティーナがロープで後ろ手に縛り上げた。

そしてフィルの手足のロープを切る。

「フィル!」
「クリスティーナ!」

二人はようやく互いにしっかりと抱き合った。

「続きはあとでね、ティーナ」

そう言ってフィルはチュッとクリスティーナにキスをする。

「まだ敵は大勢いるぞ」
「分かってるわ。油断は…」

「禁物!」

二人で声を揃えると、一気に牢の外へと走り出した。