「ほう、3秒で息の根を止める劇薬を口にしながら、まだ息があるとは。さすがはコルティア国王太子。普段から毒に身体を慣らしていたのだな?」

冷たい口調の執事に、クリスティーナはワナワナと震え出す。

「あなた一体、フィルに何を飲ませたの?!どうしてこんな…」

込み上げてくる涙をこらえ、フィルを胸に抱きしめながら、懸命に口を開いた。

「助けて!フィルを死なせないで!」
「そうおっしゃられてもねえ。私だって並々ならぬ覚悟で、こんなことをしたのですから」
「どうしてよ?フィルがあなたに何をしたって言うの?一体、何が目的なのよ!」
「目的ですか?強いて申し上げるなら、これまで虐げられてきた己を救う為、でしょうか」

クリスティーナは、訳が分からないとばかりに首を振る。

「いいから、早く!フィルを助けて!お願い、フィルを死なせないで…。何でもするから、フィルの命だけは…お願い」

涙を溢れさせながら、胸にフィルをかき抱いてクリスティーナは懇願する。

「これは美しい夫婦愛ですな。なるほど、分かりました。王太子を死なせるより、苦しませる方が見ものだ。この場は助けましょう」

クリスティーナはパッと顔を上げる。

「本当に?」
「ええ。ですがその代わり、あなたが囚われの身となるのです。それで良ければ、これを差し上げますよ」

そう言って、懐から小さな瓶を取り出した。

「解毒剤です」

差し出された小瓶を、クリスティーナはすぐさま奪い取る。

蓋を開けると、胸に抱いたフィルの口に持っていった。

「フィル、飲んで」

フィルは苦しそうに顔を歪めながら、首を振る。

「どうして?これを飲めば助かるのよ。さあ、飲んで」
「ダメだ…、代わりに、君が…囚われる」

息も絶え絶えに呟くフィルに、クリスティーナは語気を強める。

「私のことはいいから!お願い、フィル。飲んで。ね?」
「ダメだ…」

フィルはかすかに目を開けると、クリスティーナを見つめた。

「行かないで…ティーナ」

苦しそうに、切なそうにささやくフィルに、クリスティーナはとめどなく涙を溢れさせる。

「ずるい…。こんな時に、そんな呼び方…」

だがグッと唇を噛みしめると、クリスティーナは手にした小瓶を自らの口に当て、一気に中身をあおった。

「何を?!」

執事が驚く中、クリスティーナはフィルを抱きしめ、深く口づける。

「…んっ」

フィルが身をよじるが、クリスティーナはギュッと強くフィルを抱きしめ、更に深くキスをした。

やがて、コクンとフィルの喉が動き、クリスティーナはゆっくりと身体を起こす。

しばらくじっと様子を見守っていると、ほんのわずかだが、フィルの呼吸が静まってきた。