舞踏会が終わり、部屋に戻ってソファで休憩していると、ノックの音がした。

「はい、どうぞ」
「失礼いたします」

入ってきたのは、いつもの年配の男性執事だった。

「お疲れのところ恐れ入ります。こちらは本日ご署名頂きました、平和友好条約でございます。どうぞ大切に祖国に持ち帰られますように」
「ありがとう」

フィルが受け取ると、執事は後ろに控えていたケイティの持つトレイから、ワイングラスを二つ取り上げた。

「それからこちらは、明日お二人がお帰りになる際にお持ち帰り頂く予定のワインなのですが。2種類のうち、どちらを差し上げようか迷っておりまして。よろしければテイスティングして頂けませんか?」
「いえ、そんな。お気遣いなく」

明るくフィルが断ると、執事は一歩前に踏み出してきた。

「そうおっしゃらずに、どうかひとくちだけでもお試しくださいませ。せっかく差し上げるのですから、お好みの物を選んで頂きたいのです」

穏やかな笑顔を向けられて、仕方なくフィルとクリスティーナはグラスを受け取った。

深みのある赤ワインのかぐわしい香りが鼻孔をくすぐる。

フィルがゆっくりとグラスに口をつけるのを見て、クリスティーナもグラスを傾けた。

次の瞬間ーーー

フィルが大きく目を見開いたかと思うと、「飲むな!」と叫んでクリスティーナの手からグラスを払い落とす。

パリンと床でグラスが割れる音がした刹那、フィルがその場に一気に崩折れた。

「フィル!」

クリスティーナが慌てて手を伸ばしてフィルを抱きしめるが、勢い余ってそのまま二人でソファに倒れ込んだ。

「フィル、フィル?どうしたの?フィル!」

ぐったりと目を閉じ、荒い息をくり返しているフィルに、クリスティーナは必死で呼びかける。

フィルの顔色はみるみるうちに青ざめ、額には大粒の汗が滲み出ていた。

「どうしてこんな…。フィル!お願い、返事をして」

するとフィルがほんの少し目を開けた。

「…毒だ」

ハッとクリスティーナは息を呑む。

恐る恐る顔を上げると、ニヤリと不気味にほくそ笑む執事がこちらを見下ろしていた。