「おはよ、綾川さん!」

 「おはよう、赤塚さん」

 休日も終わって、また一週間が始まった。おととい星を見に行ってモチベーションが上がったのか、いつもより辛いとは思わない。
 赤塚さんは私に笑顔で声を掛けてくれる。どうしてこんなに優しい子が仲良くしてくれるのだろう、なんて考えている。

 「綾川さん、良ければ連絡先交換しない?」

 その言葉に「えっ」と声を出してしまった。あまり関わりたくないけれど、断るのにも勇気がいる。ていうか、断るほうが難しいし。
 私は思わず頷いてしまい、スマートフォンを取り出した。あぁ、私も自分の意見を言えたら楽なんだろうなぁ……。

 「ありがとう、綾川さん! せっかく交換したんだし、名前で呼んでもいい?」

 やっぱりそう来るか……と思う。連絡先を交換した人達が「さん付け」で呼んでいるのも確かにおかしいだろう。
 これもまた断ることが出来ず、首を縦に振った。

 「私も遥花でいいよ、星奈ちゃん!」

 「……うん。遥花ちゃん」

 けれど赤塚さん――いや、遥花ちゃんの嬉しそうな顔を見たら、断らなくて良かったなんて思った。
 私とただ連絡先を交換して名前で呼ぶのを許可しただけなのに、こんなにも嬉しがってくれるなんて思わなかったから。

 「おはよう、赤塚さん、星奈ちゃん!」

 明るい声が教室に響き渡る。スグルが登校してきて、私達に声を掛けてきた。
 スグルとは違う時間に登校するようにしている。一緒に登校したら絶対に何か言われるから。ただでさえ名前で呼び合っている、変な仲なのに。

 「おはよう、佐藤くん! 私のことも遥花でいいよ」

 「分かった、遥花ちゃんね! 俺もスグルでいいよ」

 二人のやり取りに胸がズキッ、と痛む。スグルのことを好きだと気づいてから、他の女の子と喋っているところを見ると嫉妬するようになってしまった。
 こんなのただのストーカーじゃん、なんて頭の中では分かっているけど。

 「ねね、星奈ちゃんってやっぱりさ……スグルくんのこと好きなの?」

 遥花ちゃんがスグルに聞こえないように、そっと耳に囁いた。私は隠し通すために、勢いよく首を振った。
 もし遥花ちゃんがスグルに好意を持っているのだとしたら、とんでもなく辛いから。

 「なんだ、やっぱり好きなんだね」

 「……えっ? だ、だから、私は別に好きじゃないよ!」

 そう言うと、遥花ちゃんはきょとんとした顔で私を見つめてきた。その仕草、凄く可愛いから見つめられると恥ずかしいんだけど。

 「嘘、好きなんでしょ? めちゃめちゃ顔に書いてあるよ」

 「え、えぇっ!?」

 思わず頬を触ってみるけれど、 “スグルが好き” だなんて書かれている様子はない。
 ……って、そんな馬鹿みたいなことより。どうしてスグルが好きなことが遥花ちゃんに伝わってしまったのだろうか。

 「あはは、星奈ちゃんほんとに面白いね! 大丈夫、私他の人には言わないよ。もちろん優衣にも」

 「……ごめんね。遥花ちゃんも、好きなのに……」

 遥花ちゃんは目を点にして、私のことを見つめている。だから、その仕草物凄く可愛いからやめてほしい。

 「へ? 私の好きな人、スグルくんじゃないよ?」

 「……えっ? で、でも、東間さんと話したとき、それっぽいこと言ってたから」

 「あぁ、この前のこと? あれは優衣にも星奈ちゃんにもバレたくなかったから匂わせてたの。ごめんね、ややこしくて」

 そうだったんだ、とホッと一息ついて胸を撫で下ろす。
 遥花ちゃんと好きな人が被っていたらどうしようかと不安でたまらなかった。私の勘違いだったなら本当に良かった。

 「じゃあ、遥花ちゃんの好きな人って……?」

 「それはまだ言えないかなぁ。んー、じゃあ星奈ちゃんがスグルくんと付き合えたら教えてあげる!」

 どうして私とスグルが関わってくるのだろう、なんて疑問があるけれど。私はとりあえず「分かった」と言って頷いた。
 遥花ちゃんの好きな人は気になるけど、私とスグルが付き合うことなんてきっとないと思うからそれは叶わないだろう。
 星と人間が付き合うなんて、そんなの聞いたことがないし。

 「でも嬉しいなぁ、星奈ちゃんと恋バナできて。優衣とはあんまりこういう話しないし」

 「東間さんとはあまりしないんだね。すると思ってた」

 「えぇ、しないよー! 優衣はサバサバしてるから、男友達多いんだ。だから恋愛は興味ないみたい。ほら、卓球が恋人って言ってたでしょ?」

 確かに東間さん、卓球が恋人だと言っていた。けどそれはもしかしたら、本心じゃないのかもしれない。
 私や遥花ちゃんにはまだ話せない、恋愛の秘密があるのかも。なんて直感でそう思った。

 「なになに、二人の好きな人の話!? 俺にも聞かせて!」

 「だめ、女の子のトークには男子は入れないの! ね、星奈ちゃん?」

 「うん。……スグルには、話せない」

 「わーん、星奈ちゃんってやっぱりストレートだよね」

 確かに私はストレートに言葉を言うのかもしれない。思ったことは何でも口に出してしまうんだろうな……。
 しばらくスグルがわんわん泣いている演技をし、私達がスグルの相手をしていた。子供みたいで疲れるなと心のなかで思う。ストレートに言わないように、ね。


 「星奈ちゃん、一緒に帰ろ!」

 「うん、帰ろう」

 「あ、俺も一緒に帰りたい!」

 今日は東間さんが学校を休んでいた。東間さんが休むことなんてなかったから、どうしてだろうと今朝から思っている。
 帰りはスグルと遥花ちゃんと帰ることになったから、その話題を出してみようか。

 「あのさ、遥花ちゃん。東間さんが来なくなった理由って知ってる?」

 「優衣? うーん、言っていいのかなぁ」

 遥花ちゃんは東間さんが休んでいる理由を、何か知っているんだ。
 確かに人の休んでいる理由を聞くなんて変だし、友達のことを他人に言うのはきっと難しいよね。

 「優衣ね、ストレスの加担が多いんだよね」

 ごめんね、大丈夫。そう言おうと思って口を開いたとき、遥花ちゃんが先に言葉を発してしまった。
 ……東間さん、ストレスの加担が多いの?

 「昔から些細なことでも気にしちゃって、過去の失敗とか引き摺ることが多いらしくて。たぶんそれを思い出して、今日は辛くなっちゃって休んでるんじゃないかな」

 驚いた。前に東間さんから遥花ちゃんの話を聞いたとき、東間さんは悩みなんて一つもなさそうなんて思っていたから。
 私はひどいことを思っていた。人を偏見で決めつけて、勝手に傷ついて……。

 「あっ、今日塾あるんだった! ごめん、私先帰るね!」

 いま思いついたかのように遥花ちゃんは慌ててそう言った。案の定、スグルに気が付かれないようにウインクをしてきたので、やはり私とスグルを二人きりにさせるための口実だろう。
 別にそんなことしてくれなくても、家ではずっと二人きりなんだけどね。

 「遥花ちゃん、通ってる塾の日にち忘れるなんておっちょこちょいだよね」

 「……そうだね」

 スグルに嘘を吐いてしまったことに罪悪感を覚える。でも私とスグルを二人きりにさせるために帰ったとは言えないし……!
 そんなことを考えながら隣にいるスグルを見つめてみる。身長は高くて、スタイルが良くて、可愛らしい顔。やっぱりかっこいい、かも。

 「星奈ちゃん、何でそんなに俺のこと見つめてくるのー?」

 「へっ!?いや、あはは……」

 「怪しい! あ、もしかして俺に見惚れてたとか?」

 スグルは冗談のつもりでそう言ったのだろう、けれど私は本気で言ってるのかと思い、私がスグルに好意を寄せていることが気づかれてしまったのかと心配で頭がいっぱいだった。
 私は誰が見ても分かる慌てぶりで、勢いよく首を横に振る。

 「もう、スグルはすぐ調子に乗るんだから。違います!」

 「あははっ、ごめんごめん」

 絶対悪いと思ってないでしょ……。なんて呆れながら、本当はスグルに見惚れていたのは事実だ。
 改めて考えてみるけれど、私にはきっと告白なんてできない。自分に自信を持てないし、断られたあと友達に戻れなくなってしまったら、なんて思ってしまうから。
 世の中のカップルってすごいなぁ、なんて感心してしまう。

 「星奈ちゃん、また考え事してるのー?」

 「うん、世の中のカップルってほんとすごいなって。どっちかが告白したってことでしょ。私だったら勇気が出なくて告白なんてできないから」

 「カップル? どういうこと? もしかして星奈ちゃん、好きな人ができたの?」

 「さぁ、どうでしょう」

 その好きな人は、目の前にいるあなただよ……なんて言ったら、スグルはどういう顔をするのだろうか。
 いまは告白することなんて想像できない。でもいつかは――。

 「えー、教えてよ! 星奈ちゃんのケチ!」

 「ケチ!? もう絶対教えないもんねっ」

 でもいつかは、スグルに好きという気持ちを伝えられたらいいな。それにずっとこのまま、スグルと過ごしていたい。
 青空にうっすらと浮かんでいる星を見ながらそう思った。