「はい、席についてください」
担任が手をぱちぱちと叩き、すぐさまクラスメイトは席に着いた。もうすぐホームルームの時間だが、担任が何か言いたげな顔をしている。
何か叱られるのかなぁ、なんて声が周りから聞こえてきた。
「――転校生を紹介します。入ってきてください」
いきなりクラスがざわめいた。そりゃあそうだ、こんな四月の後半だというのに転校生だなんてあまりにも不思議だから。
男か女か、という話題が上がっている。私は転校生なんて興味ないし関わる気はないから、どうでもいいけれど。
そう思っていた次の瞬間、思わぬ人物が教室に入ってきた。
「はじめまして、佐藤スグルといいます。日本とアメリカのハーフです。よろしくね!」
苗字とかハーフということはよく分からないけれど、間違いなくスグルだ。うん、何度も確認したけど絶対にスグル。
どうして、スグルが転校生としてここに来たの? そんな疑問が出てきて頭の中が真っ白だ。
「あっ、星奈ちゃーん!」
……げっ。何であいつ、こんなに大勢の人がいる前でさぞ私と知り合いかのように名前を呼ぶのかなぁ。
どうしよう、と心がざわざわして心臓の鼓動が早くなる。
「綾川さん、佐藤くんと知り合いなの?」
「え、えっと、遠い親戚なの。ほ、ほら、この前話した人だよ」
「あー! スグルって言ってた子ね」
赤塚さんに適当な嘘を吐いておいて良かった、と内心ホッとする。嘘を吐くことは駄目なことだと分かっているけれど、この場合仕方がない。
仮にスグルが星だとみんなに知られたら、大変なことになるのだから。
「じゃあ綾川さんの隣の席空いてるから、佐藤くんはそこで。綾川さん、佐藤くんに学校案内してあげてね」
「は、はい……」
先生は空気を読んでくれたようにウキウキしながらそう言っているけど、私としては大迷惑……!
はぁ、どうしてスグルはここに転校してきたのだろう。それにたまたま同じクラスだなんてことあるのだろうか。
そんなことを考えていると、隣の席からスグルが私の顔を覗き込んできた。
「な、なに?」
「ううん、星奈ちゃんが隣で良かったなって。よろしくね!」
スグルはにっこりとしたいつもの無邪気な笑顔を浮かべた。そんなに真っ直ぐ言われたら誰だって恥ずかしいんだけど。
……私、きっと押しに弱いんだろうな。スグルの笑顔を見たら不安や悩みがどこかへ消えていく。魔法のようなものだ。
「ねぇねぇ星奈ちゃん、人間ってこんな難しいことを毎日やらなきゃいけないの?」
「当たり前でしょ。学生は勉強が仕事なんだから」
「えぇー、俺こんなのやるなんて知らなかった。勉強なんてしたくないなぁ」
「……星なのに人間のこと観察してないんだね」
スグルは嫌だと言っているけれど、実際は少し楽しんでいるような気もする。初めて人間の学校に来たのだから確かに楽しめるとは思うけれど。
今は得意な国語の時間だから、勉強嫌いな私だけど少しだけ楽しい。
「星奈ちゃん、家帰ったら教えて」
「分かった分かった。ていうか、大声でそんなこと言わないでね。一緒に住んでるなんて知れ渡ったら困るのは私なんだから」
「はーい、気をつけます!」
こうやって授業中、先生にバレないように会話をするのが夢だった。何て小さい夢なんだ、とは自分でも思う。
隣にいるスグルを見ると、真剣な表情をしている。まつ毛が長くて、髪はサラサラしていて、男女問わず人気そうな、意外とイケメンだ。
「……星奈ちゃん、あんまり見つめないでくれる?」
スグルが頬を膨らましてそう言った。私がスグルのことをずっと見ていたのが本人に伝わってしまった……。
私がスグルを好きみたいになってるよね。変な誤解をされたら本当に困る。
「ごめん、スグル。別に見惚れてた訳では――」
そう言いかけた途端はっ、とした。スグルの顔が少し赤く染まっていたことに気がついたから。
……もしかして、だけど。いまスグル、私が見つめていたから照れているのだろうか?
またわざとらしく、私はスグルのことをじっと見つめてみる。
「星奈ちゃん、俺のことからかってんの?」
「だって、スグルが面白いから」
「じゃあ次は俺ね」
今度はスグルが私の目を見つめてくる。スグルの薄茶色のビー玉のような瞳には、私が映っている。きっと私の瞳にも、スグルが映っているだろう。
今だけ時計の針が止まったかのように、二人だけの世界に包まれている気がした。綺麗な表現はできないけれど。
「星奈ちゃん?」
「……へっ、な、何?」
「星奈ちゃん、いま照れたでしょ。いくら俺がかっこよくて可愛いからって、そんな見惚れちゃだめだよ!」
「は、はぁ!? 別に見惚れてなんかないし。勝手に勘違いしないでっ」
「綾川さん、佐藤くん! 学校のことを話すのはいいけど、それ以外の話はしないでください!」
担任に注意されてしまい、私達は黙って再びノートを書き出す。けれど今はそんなことなんて気にしていられない。
――それ以上に、ドキドキしている。胸がぎゅーっと締め付けられて心臓の鼓動が聞こえてくる。
この気持ちは、何なの……?
「それは恋でしょ!」
「うんうん。今回は珍しく遥花と同意見だね」
「今回はってなに、今回はって!」
私はもしかして、相談する相手を間違えたのだろうか。でも本人には聞けないし相談する友達なんていないから、赤塚さんと東間さんに聞くしかなかった。
……関わりたくないって思っておいて自分から関わりにいってるのは何故だろうか。本当は仲良くなりたくなんてないのに。
「胸が締め付けられてドキドキするでしょ? それは完全に恋だと思うけどな」
「うんうん、私もそう思う。私もいま――」
赤塚さんがはっとした顔で慌てて口を抑えた。いま何を言いかけたのだろうか、と考える。
……私もいま、好きな人がいるから。なんて言いそうだなと思う。何となく、だけど。
「なになに、遥花の好きな人誰?」
「あぁー、もう! 何で言っちゃったんだろ、私」
やはり赤塚さんにも好きな人がいるらしい。親友の東間さんは分かるのが当たり前だけど、知り合って間もない私が赤塚さんの言葉に気付けるのは結構凄いことだよね。
って、私のことだけど。私、ほんの少しだけスグルのことが気になっていたりするのだろうか。
「星奈の好きな人は誰? どういう人?」
「……好きだとは決まってないけどね。うーん、子供っぽくてわがままで、俗に言う犬系男子かな。でも優しくてたまにかっこよくなる……感じ」
何だか自分ではなくてスグルのことを言っているだけなのに、恥ずかしくなってしまった。好きだとは決まってないけどね! 好きだとは!
今度は赤塚さんが手を真っ直ぐ上げて、口を開いた。
「私も好きだとは決まってないんだけど、気になるなぁって」
「えー誰? あんたに好きな人か……転校生の佐藤とか?」
東間さんの言葉に私はびくっ、と体を震わせる。スグルの話題はいま出さないでほしかったのに〜……!
というかもし、赤塚さんがスグルのことを好きだったら? そしたら私は一緒に住んでいていいの? それがバレたら私だけでなくスグルは?
そんな数え切れない疑問が脳裏に浮かぶ。いまは考えるのをやめよう。
「えぇー、言いません。でも佐藤くんかもしれないよ?」
「うわその言い方、絶対佐藤じゃん。ね、星奈はどう思う?」
「あはは……かも、ね」
適当で曖昧な返事をしたら、東間さんが「だよね!」と嬉しそうにしている。今度は胸の奥がズキンと痛む。
……信じたくない、けど。私もしかしてスグルのことが好きな赤塚さんに嫉妬してる?
「まぁ私のことは置いといて! 優衣は好きな人いないの?」
「私は恋愛なんて興味ないからね。卓球が恋人みたいなものだし」
「うわー、確かに優衣は卓球が恋人って感じ」
二人の会話についていけなくなり、口を閉ざしたままになってしまう。
奇数でいると絶対に誰かは一人ぼっちになる気がするから……こうやって三人で話すのはやはり苦手だし、二人ともあまり関わりたくない。
「……ほんと、好きかもなぁ」
赤塚さんはふいにそう言った。切なくて悲しい声だけど、でも恋をしている女の子のような表情を浮かべている。
私も――赤塚さんのように、可愛く眩しく、輝けるようになりたい。
担任が手をぱちぱちと叩き、すぐさまクラスメイトは席に着いた。もうすぐホームルームの時間だが、担任が何か言いたげな顔をしている。
何か叱られるのかなぁ、なんて声が周りから聞こえてきた。
「――転校生を紹介します。入ってきてください」
いきなりクラスがざわめいた。そりゃあそうだ、こんな四月の後半だというのに転校生だなんてあまりにも不思議だから。
男か女か、という話題が上がっている。私は転校生なんて興味ないし関わる気はないから、どうでもいいけれど。
そう思っていた次の瞬間、思わぬ人物が教室に入ってきた。
「はじめまして、佐藤スグルといいます。日本とアメリカのハーフです。よろしくね!」
苗字とかハーフということはよく分からないけれど、間違いなくスグルだ。うん、何度も確認したけど絶対にスグル。
どうして、スグルが転校生としてここに来たの? そんな疑問が出てきて頭の中が真っ白だ。
「あっ、星奈ちゃーん!」
……げっ。何であいつ、こんなに大勢の人がいる前でさぞ私と知り合いかのように名前を呼ぶのかなぁ。
どうしよう、と心がざわざわして心臓の鼓動が早くなる。
「綾川さん、佐藤くんと知り合いなの?」
「え、えっと、遠い親戚なの。ほ、ほら、この前話した人だよ」
「あー! スグルって言ってた子ね」
赤塚さんに適当な嘘を吐いておいて良かった、と内心ホッとする。嘘を吐くことは駄目なことだと分かっているけれど、この場合仕方がない。
仮にスグルが星だとみんなに知られたら、大変なことになるのだから。
「じゃあ綾川さんの隣の席空いてるから、佐藤くんはそこで。綾川さん、佐藤くんに学校案内してあげてね」
「は、はい……」
先生は空気を読んでくれたようにウキウキしながらそう言っているけど、私としては大迷惑……!
はぁ、どうしてスグルはここに転校してきたのだろう。それにたまたま同じクラスだなんてことあるのだろうか。
そんなことを考えていると、隣の席からスグルが私の顔を覗き込んできた。
「な、なに?」
「ううん、星奈ちゃんが隣で良かったなって。よろしくね!」
スグルはにっこりとしたいつもの無邪気な笑顔を浮かべた。そんなに真っ直ぐ言われたら誰だって恥ずかしいんだけど。
……私、きっと押しに弱いんだろうな。スグルの笑顔を見たら不安や悩みがどこかへ消えていく。魔法のようなものだ。
「ねぇねぇ星奈ちゃん、人間ってこんな難しいことを毎日やらなきゃいけないの?」
「当たり前でしょ。学生は勉強が仕事なんだから」
「えぇー、俺こんなのやるなんて知らなかった。勉強なんてしたくないなぁ」
「……星なのに人間のこと観察してないんだね」
スグルは嫌だと言っているけれど、実際は少し楽しんでいるような気もする。初めて人間の学校に来たのだから確かに楽しめるとは思うけれど。
今は得意な国語の時間だから、勉強嫌いな私だけど少しだけ楽しい。
「星奈ちゃん、家帰ったら教えて」
「分かった分かった。ていうか、大声でそんなこと言わないでね。一緒に住んでるなんて知れ渡ったら困るのは私なんだから」
「はーい、気をつけます!」
こうやって授業中、先生にバレないように会話をするのが夢だった。何て小さい夢なんだ、とは自分でも思う。
隣にいるスグルを見ると、真剣な表情をしている。まつ毛が長くて、髪はサラサラしていて、男女問わず人気そうな、意外とイケメンだ。
「……星奈ちゃん、あんまり見つめないでくれる?」
スグルが頬を膨らましてそう言った。私がスグルのことをずっと見ていたのが本人に伝わってしまった……。
私がスグルを好きみたいになってるよね。変な誤解をされたら本当に困る。
「ごめん、スグル。別に見惚れてた訳では――」
そう言いかけた途端はっ、とした。スグルの顔が少し赤く染まっていたことに気がついたから。
……もしかして、だけど。いまスグル、私が見つめていたから照れているのだろうか?
またわざとらしく、私はスグルのことをじっと見つめてみる。
「星奈ちゃん、俺のことからかってんの?」
「だって、スグルが面白いから」
「じゃあ次は俺ね」
今度はスグルが私の目を見つめてくる。スグルの薄茶色のビー玉のような瞳には、私が映っている。きっと私の瞳にも、スグルが映っているだろう。
今だけ時計の針が止まったかのように、二人だけの世界に包まれている気がした。綺麗な表現はできないけれど。
「星奈ちゃん?」
「……へっ、な、何?」
「星奈ちゃん、いま照れたでしょ。いくら俺がかっこよくて可愛いからって、そんな見惚れちゃだめだよ!」
「は、はぁ!? 別に見惚れてなんかないし。勝手に勘違いしないでっ」
「綾川さん、佐藤くん! 学校のことを話すのはいいけど、それ以外の話はしないでください!」
担任に注意されてしまい、私達は黙って再びノートを書き出す。けれど今はそんなことなんて気にしていられない。
――それ以上に、ドキドキしている。胸がぎゅーっと締め付けられて心臓の鼓動が聞こえてくる。
この気持ちは、何なの……?
「それは恋でしょ!」
「うんうん。今回は珍しく遥花と同意見だね」
「今回はってなに、今回はって!」
私はもしかして、相談する相手を間違えたのだろうか。でも本人には聞けないし相談する友達なんていないから、赤塚さんと東間さんに聞くしかなかった。
……関わりたくないって思っておいて自分から関わりにいってるのは何故だろうか。本当は仲良くなりたくなんてないのに。
「胸が締め付けられてドキドキするでしょ? それは完全に恋だと思うけどな」
「うんうん、私もそう思う。私もいま――」
赤塚さんがはっとした顔で慌てて口を抑えた。いま何を言いかけたのだろうか、と考える。
……私もいま、好きな人がいるから。なんて言いそうだなと思う。何となく、だけど。
「なになに、遥花の好きな人誰?」
「あぁー、もう! 何で言っちゃったんだろ、私」
やはり赤塚さんにも好きな人がいるらしい。親友の東間さんは分かるのが当たり前だけど、知り合って間もない私が赤塚さんの言葉に気付けるのは結構凄いことだよね。
って、私のことだけど。私、ほんの少しだけスグルのことが気になっていたりするのだろうか。
「星奈の好きな人は誰? どういう人?」
「……好きだとは決まってないけどね。うーん、子供っぽくてわがままで、俗に言う犬系男子かな。でも優しくてたまにかっこよくなる……感じ」
何だか自分ではなくてスグルのことを言っているだけなのに、恥ずかしくなってしまった。好きだとは決まってないけどね! 好きだとは!
今度は赤塚さんが手を真っ直ぐ上げて、口を開いた。
「私も好きだとは決まってないんだけど、気になるなぁって」
「えー誰? あんたに好きな人か……転校生の佐藤とか?」
東間さんの言葉に私はびくっ、と体を震わせる。スグルの話題はいま出さないでほしかったのに〜……!
というかもし、赤塚さんがスグルのことを好きだったら? そしたら私は一緒に住んでいていいの? それがバレたら私だけでなくスグルは?
そんな数え切れない疑問が脳裏に浮かぶ。いまは考えるのをやめよう。
「えぇー、言いません。でも佐藤くんかもしれないよ?」
「うわその言い方、絶対佐藤じゃん。ね、星奈はどう思う?」
「あはは……かも、ね」
適当で曖昧な返事をしたら、東間さんが「だよね!」と嬉しそうにしている。今度は胸の奥がズキンと痛む。
……信じたくない、けど。私もしかしてスグルのことが好きな赤塚さんに嫉妬してる?
「まぁ私のことは置いといて! 優衣は好きな人いないの?」
「私は恋愛なんて興味ないからね。卓球が恋人みたいなものだし」
「うわー、確かに優衣は卓球が恋人って感じ」
二人の会話についていけなくなり、口を閉ざしたままになってしまう。
奇数でいると絶対に誰かは一人ぼっちになる気がするから……こうやって三人で話すのはやはり苦手だし、二人ともあまり関わりたくない。
「……ほんと、好きかもなぁ」
赤塚さんはふいにそう言った。切なくて悲しい声だけど、でも恋をしている女の子のような表情を浮かべている。
私も――赤塚さんのように、可愛く眩しく、輝けるようになりたい。