七月七日、約束の七夕の日。たまたま祝日で学校がお休みだったので、私は朝早くから準備をし、家を出た。久しぶりに叔母さんに会って、話そうと思ったから。
 ……少しだけ引っ掛かったことがある。私が叔母さんに本音を伝えたあの日。スグルは叔母さんの声が聞こえたとき、『変わってないなぁ』と呟いていた。
 あのときの疑問をそのままにしておいたけれど、いま思うとすごく不思議だ。叔母さんのことをスグルが知っているはずないから。

 「こんにちは、星奈です」

 叔母さんの家に着いてインターホンを鳴らし、挨拶を交わした。
 どうやら叔母さんは家にいたようで、すぐに私のもとへ出てきてくれた。

 「星奈ちゃん、お久しぶり! 元気にしてた?」

 「はい、おかげさまで。バッチリ元気です」

 そう言うと、叔母さんはにっこりと笑顔を浮かべた。
 その笑顔はとても無邪気で、可愛らしかった。

 「今日はどうしたの?」

 家に入ると、叔母さんがお茶とお菓子を用意してくれて、何だか昔に戻ったような感じがした。
 あのときはもう二度と叔母さんと話したくないと思っていたから、いま叔母さんと話せているのがとてもすごいと思う。全てスグルのおかげだ。

 「あの。関沢優流さんって知ってますか?」

 叔母さんは肩をビクッ、と震わせた。やっぱり私の予想は会っているのかもしれない。
 分からないけれど、何となく直感でそう感じた。

 「……知ってるわよ。優流は私の従兄弟(いとこ)だったの。少し年下だけどね」

 叔母さんの従兄弟が、スグル――関沢優流だった。私の予想は、正しかった。
 叔母さんは口を開いて、ゆっくり話し始めた。

 「優流は人懐っこくて、私のことをずっと加奈子(かなこ)お姉ちゃんって呼んでくれててね。すごく可愛くて、大好きだった」

 優流と叔母さんはきっと、とても仲が良かったんだ。だから優流さんは、叔母さんの性格を知っていた。
 私が叔母さんと話したときの、『変わってないなぁ』という台詞。やっぱりそれは、叔母さんのことを言っていたんだ。

 「でも――スグルが高校一年生だったとき、自殺したって聞いた。私が中学生になってから優流と会う機会はだんだん減っていった。だからとても後悔したの。私にできることは絶対にあったから」

 叔母さんは嗚咽を漏らしながら、涙を流していた。スグルの死は、スグルを想っている大切な人の心に残り続けているんだ。
 しばらくして叔母さんが泣き止むと、叔母さんは微笑んだ。やはり笑顔が少しスグルに似ている気がする。

 「ごめんなさいね、星奈ちゃん。みっともない姿を見せちゃって」

 「いえ、そんな。私のほうこそ話を持ち出しちゃってすみません」

 「……なぜ星奈ちゃんが優流のことを知っているかは分からないけど、久しぶりに優流のことを思い出せてよかった。ありがとう」

 叔母さんが少しでも喜んでくれたなら、それでいいと思えた。
 私は今日の夜、スグルに会いに行く。何が起こるか分からなくて不安しかないけれど、きっと大丈夫。
 ――スグルが見てくれていると、信じているから。


 午後七時。スグルとの思い出が詰まった、あの海へ来た。
 スグルと初めて流星群を見た日、スグルに想いと別れを告げたあの日。全て、この海に思い出がたくさん詰まっているんだ。

 「スグル……来たよ」

 ――会いたい。やっぱり私、会えなくなってもずっとスグルのことが好き。
 スグルは今日、どうして私をここに呼んだのだろう。何で私を招いてくれたのだろう。
 そう疑問を抱いていると、懐かしの声が聞こえてきた。

 “星奈ちゃん”

 はっ、と周りを見渡したけれど、彼の姿はどこにもなかった。
 でもハッキリと分かる。これは絶対にスグルの声だって。目に見えなくても私には分かるから。

 “来てくれてありがとう。ね、上を見て”

 すぐに上を見上げると、空いっぱいに美しい天の川が広がっていた。
 ――スグルは、これを見せるために私をここへ呼んだんだ。

 「綺麗。すごく綺麗だよ、スグル」

 “星奈ちゃん、一年に一回、ここで会おう。織姫と彦星みたいに、俺たちは会える。願っていればきっとね”

 「スグル……っ、スグル……!!」

 愛しい人の名前を呼ぶと、無数の涙が溢れてきた。その雫は海に反射している光り輝くお星さまよりも美しかった。
 一年に一度でも構わない。スグルに会うことができるならいくらでも待てる。だから――会いたい。

 “星奈ちゃんは泣き虫だね。やっぱり俺、星奈ちゃんのこと大好きなんだ”

 「私も……っ、この銀河のなかで一番、スグルのことが好きだよ」

 恥ずかしいという思いはどこにもなかった。
 ただただ、光り輝く大好きな一等星に想いを伝えたい。

 「また来年会おうね。約束だよ、スグル」

 “もちろん。約束、星奈ちゃん”

 あの日交わせなかった約束を、いまは交わすことができた。だからきっと大丈夫。また来年、大好きな人に会うことができる。この輝く星空の下で。

 「スグル、約束だからね」

 もう一度夜空を見上げると、満面の星空が広がっていた。
 夜の暗闇に照らされている輝く星は幻想的で、とても美しい。
 一つだけ、私は他の星よりも光り輝いている星を見つけることができた。
 その星はきっと、私の大好きなお星さまだ。

 ――今度は私が、きみを照らす星になれたら。