六月六日。遥花ちゃんと優衣ちゃんが言っていた、流星群が見られる日がついに訪れた。
 午前八時、いまは少し曇っているけれど、どうやら午後は晴天になるらしい。大雨じゃなくて本当に良かった、とほっとする。

 「おはよう、星奈ちゃん!」

 「おはよ、星奈」

 「おはよう、遥花ちゃん、優衣ちゃん。二人とも早いね」

 そんな他愛もない会話をしようと心がけているけれど、やっぱり物凄く怖い。スグルに会えるかという不安と、上手く伝えられるかという心配が重なってしまう。
 また胸騒ぎがする。これはただ緊張しているだけ……? そう思いたい。

 「きょ、今日、数学小テストだっけ? あまり勉強してこなかったな……! ふ、二人はどう?」

 だめだ。体の声が震えて、上手く言葉を発すことができていない。
 叔母さんや遥花ちゃんと優衣ちゃんに会いに行くときは、こんなに緊張しなかった。きっとそれは、スグルが傍にいてくれたから。
 でもいまは隣にはいない。だからすごく怖いんだ。

 「星奈ちゃん、無理して話さなくていいんだよ」

 「……すごく、怖い。いままではスグルが隣にいてくれたけど、もういない。だから不安になっちゃうの」

 上手く表現できないけれど、胸のあたりがざわざわして、恐怖に呑み込まれてしまいそうな感じがする。
 私はきっとスグルに甘えていたんだ。自分一人ではできないことが、スグルと一緒ならできた。スグルが私を助けてくれたから。
 だからこそ、私一人じゃ何もできない……。

 「星奈、大丈夫。不安なのは分かるよ、私だったら逃げ出しちゃうかもしれない。でもきっと星奈ならできる」

 「うんうん、星奈ちゃんなら大丈夫。だって私たちがいるもん! 直接できることはないけど、星奈ちゃんを応援することはいくらでもできるから!」

 ――私は、一人じゃないんだ。遥花ちゃんと優衣ちゃんがここにいる。私を応援してくれている仲間がいる。
 スグルが私を助けてくれたように、今度は私がスグルを助けたい。そして『好き』だって、直接伝えたい。

 「ありがとう、二人がいれば私何でもできそう」

 曇り空だけど、私の心は少しだけ晴れてきた。それはきっと、二人が応援してくれているから。
 だから……不安と恐怖で押し潰されそうになるけど、絶対に大丈夫。
 ――スグル、待っててね。


 けれど。最悪な事態が、私を招いていた。
 予報していた天気は外れて、晴天だったはずが……大雨が降ってきた。
 ――大雨じゃ、だめなのに。

 「星奈ちゃん、大雨は明日の朝まで降るらしいよ」

 「ほんと……?」

 信じられない。あの胸騒ぎは、この最悪な事態を予測するものだったのだろうか。
 せっかく二人が応援してくれて、あとは私が勇気を出せば良いのに……。
 大雨じゃ星が見れない。そしたらきっとスグルは来てくれないだろう。

 「星奈、どうする?」

 「……っ」

 何か口に出そうと思ったけれど、喉の奥に詰まって何も言えなかった。
 何だかもう疲れてしまった。たった一つの恋のために動くのは、何のためなのか。よく分からなくなってしまった。

 「星奈ちゃん、まだ諦めないで!」

 「そうそう、もしかしたら星は見れるかもしれない。だから――」

 「もう、いいの。いままで頑張ってきたのが全部、意味分からなくなっちゃったから」

 ただただ必死に藻掻いて(もがいて)、ここまで来た。それに私にスグルのことが好きだという気持ちがあることも、自分が一番分かっている。
 でも、たった一つの恋だ。この先何年も生きていったら、きっと忘れてしまうと思う。だからいま頑張らなくても、いつかは終わりが来る。
 いま行動するべきことはない。そう考えてしまった。

 「それで、星奈ちゃんはいいの?」

 「……うん。もう、いいんだ。ごめんね、二人ともせっかく応援してくれてたのに。忘れてほしい」

 「そんなの、星奈ちゃんじゃないよ!」

 遥花ちゃんが少し声を大きくして、そう言った。遥花ちゃんの肩が小刻みに震えているのが分かる。
 ――もしかして、私に怒ってるの?

 「星奈ちゃんはそんな子じゃないよ。確かに大人しくて、誰とも関わりたくなくて、暗い顔してるかもしれないけど。でも、そうやって諦める子じゃない……!」

 遥花ちゃんの言葉が、心に重く強く響く。……自分でも分かっている。
 本当は、スグルのことを諦めたくない。だってこんなにも大好きなのだから。
 ――でも、でも。どう足掻いても無理なんだよ……。

 「遥花、ちょっと深呼吸して。星奈は星奈なりに考えがあるんでしょ」

 「分かってるよ、私は怒ってるつもりはないの。でも、私が思っている星奈ちゃんとは違うの。星奈ちゃんはお星さまみたいに輝いてて、すごく可愛くて一生懸命で……っ」

 ――私が、お星さまみたいに輝いていた……?
 スグルと海へ出かけて、星を見ていたときの思い出が、鮮明にフラッシュバックする。
 私に『星奈ちゃんは人間の中で一番好きだから!』と言ってくれた。あのときのスグルはすごく輝いていた。
 今度は――私も一緒に輝きたい。もう一度あの場所で、星を見ながらスグルと一緒に。

 「遥花ちゃん、優衣ちゃんありがとう。そうだよね、いまの私は私じゃなかった。私、頑張ってみる」

 「うん……! 星奈ちゃんならきっとできるよ! 私たち待ってるから。星奈ちゃんのこと、好きだから!」

 「ありがとう。私も遥花ちゃんのこと、大好きだよ」

 そう言うと、遥花ちゃんは「そういうことじゃないんだけどな」とボソッと小声で呟いた。
 ――知ってるよ。最初は、遥花ちゃんの好きな人がスグルだと思っていた。けれど遥花ちゃんは、好きな人はスグルじゃないって言ってたよね。
 他の男の子もたくさんいるから、きっと隠しているんだろうなってずっと思ってた。でも、遥花ちゃんと話しているうちに分かってきたんだ。

 「星奈ちゃん、一つだけ聞きたいの。人が人を好きになる理由ってあるのかな?」

 「――気がついたら、好きになってるよね。私もそうだから分かるよ。だから、遥花ちゃんはそのまま好きでいていいんだよ。人が人を好きになるのは自由なんだから」

 「……ありがとう、星奈ちゃんっ」

 そう、人が人を好きになるのに理由なんていらない。気がついたらその人のことを目で追っていて、その人のことばかり考えて、好きになっているのだから。
 だから、すごく嬉しいんだ。好きになってもらえるということは当たり前じゃないから。
 ――ごめんね。でもありがとう、遥花ちゃん。私のことを好きになってくれて。


 私は学校が終わってすぐに、学校を出た。雨は土砂降りで、肩にかけているスクールバッグや制服が濡れてしまった。
 でもそんなこと考えている暇はない。今すぐにあの場所へ向かうんだ。スグルと流星群を見た、思い出のあの場所へ――。

 満員電車に揺られながら、私は海辺へ向かった。電車に乗っている間、心臓の鼓動がとても早くなっていった。
 いまのところまだ雨は降っていて、空に星は見えていない。でもきっとスグルなら笑って会いに来てくれると思う。そう信じている。

 数時間経って、ようやく海へ着いた。ビニール傘を使っていたからか、傘が壊れてしまった。
 私は傘を差さないで雨に打たれながら、海の砂浜へ駆けていった。
 夜空を見上げると――やっぱり星は見えない。そりゃあ雨が降っているのだから、当たり前だけど。

 でも私はきっと見つけられる。輝く一等星のことを。

 「……スグル……っ!」

 この夜という暗闇の中で、何よりも光り輝いている一等星。

 私が星の中で一番大好きな、一等星。

 「星奈ちゃん、やっと会えたね」

 「スグルっ……!!」

 ――待っててくれてありがとう、スグル。

 私が涙が零れると同時に、スグルが強くぎゅーっと抱きしめてくれた。
 夜空には、空いっぱいの星空が広がっている。とても美しくて、スグルと流星群を見た、あの日が懐かしくなる。

 「わぁ……綺麗」

 どうしてか分からないけれど、いつの間にかあの土砂降りだった雨が止んでいた。私の制服は雨のせいで濡れているけれど。
 ――スグルがもしかしたら、雨を止めてくれたのかもしれない。

 「それで星奈ちゃんは、俺に話があるからここに来たんだよね?」

 「……うん。スグルには伝えなきゃいけない気持ちがあるから」

 そう言うと、スグルはいつもと同じような、無邪気で明るい笑顔を私に見せた。
 その笑顔を見るとほっ、と安心できる。

 「分かった、聞くよ。星奈ちゃんの気持ち――聞かせて」

 きっと叶わない、この恋の気持ち。それを伝えるためにここまで会いに来たんだ。
 ――私ならできる。スグルにありのままの『好き』という想いを伝えよう。