「今日は二人とも、本当にありがとう」

 「ううん、私たちこそ、星奈ちゃんの気持ちを聞けて良かったよ!」

 「話してくれてありがとね」

 遥花ちゃんと優衣ちゃんに「またね」と別れを告げて、一人寂しく帰り道を歩いた。
 心臓の鼓動がとても速くなったのが分かる。……何だろう、この胸騒ぎ。何だかとても嫌な予感がする。
 無事に家に到着し、家に入った。けれど家の中はいつもみたいに電気がついていなくて、真っ暗闇だった。

 「ただいま」

 いつもは「おかえり!」と元気いっぱいに聞こえてくるスグルの声が、今日は聞こえなかった。
 もしかしたら疲れて寝ちゃっているのかな。そう思って色々なところをくまなく探したけれど、スグルはどこにもいなかった。

 「スグル、どこにいるの……っ」

 もしかして、家に帰る途中に誘拐されたり、事故や事件が起きたとか……?
 ううん、そんなはずない。だってもし起きたとしても、お星さまならきっと大丈夫なはずだ。
 スグルなら絶対に戻ってくる。気長に待っていよう、そう思った。
 だけど私の予想は外れて、この日からスグルが消えてしまったんだ。


 六月に入り、梅雨の季節がやってきた。まだスグルはあの日から消えたままだ。
 それに学校にはここ一、ニ週間、行けていない。風邪で体調不良ということにしている。
 スグルがいた頃の家での楽しさは、あっけなく消えてしまった。
 どうしてスグルが消えてしまったのだろう。何も言わずにどこへ行ってしまったのだろう。そんなことを考える日々が続いている。

 「スグル……っ」

 スグルという名前を口にしたら、急に泣きそうになった。何とか堪えていると、家のインターホンが鳴り響いた。
 はい、と自分でも驚くような弱々しい返事をし、玄関を開けた。

 「やっほー、星奈ちゃん!」

 「星奈、急に来てごめん。体調はどう?」

 遥花ちゃんと優衣ちゃんがスポーツドリンクやアイスクリームなどの差し入れを持って、お見舞いに来てくれた。住所は担任から聞いたらしい。
 その瞬間、少しだけ涙を流してしまった。スグルがいないことの寂しさと二人の優しさを同時に思うと、何とも言えない感情になったから。

 「星奈ちゃん、相当疲れてるみたいだね」

 「星奈は頑張りすぎちゃうとこもあるから」

 「確かに! 優衣は私よりも、星奈ちゃんのこと分かってるんだなぁ」

 二人は私のことを認めてくれる。友達ってこんなに暖かいものだったっけ。ううん、きっと二人がとてつもなく優しいんだ。
 話してみよう。このままスグルのことを隠すのも、良くないのかもしれない。

 「二人とも、お見舞いありがとう。少しお話したいことがあるんだけどいい? たぶん、信じられないと思う。私も夢かと思ったくらい」

 そう言うと、二人は真剣に頷いてくれた。あの日もそうだった。私の過去のことを、何も言わずに真剣に聞いてくれていた。
 私は口を開いて、スグルとの出会い、日常、全て話した。“お星さま” だと言ったら驚くかと思っていたけれど、案外驚いていなかった。
 話し終わったあと、二人はにこっ、と笑顔を浮かべていた。

 「話してくれてありがとう、星奈ちゃん! まさかスグルくんが星だったとはね〜」

 「星が人間にね……。興味深いかも。あっ、ごめん、スグルくんが何で消えたのか一緒に考えよっか」

 「うんうん、そうだね!」

 二人の会話に私はついていけなかった。
 嫌とかそういう訳ではなくて、ただ単に疑問を持ったから。
 私のファンタジーの世界のような話をどうして信じてくれるのか、という疑問が。

 「……信じて、くれるの?」

 「えっ、当たり前じゃん!」

 「どうして? だってこんな作り話みたいな話……普通、信じることができないと思う」

 私が遥花ちゃんと優衣ちゃんの立場だったら、きっと苦笑いで終わらせていた。
 星と人間だなんて面倒なことに関わりたくないし、作り話だと思うから。
 
 「んー私たちは普通じゃないんだよ。なんかね、星奈ちゃんの話は気持ちに嘘がないと思うの。だから作り話じゃないって、言われなくても分かるよ」

 「うん、私も同じ。普通の人だったら確かに信じないだろうね。私たちは変わり者ってことかな」

 私の話は、気持ちに嘘がない……。きっと私は、思った感情をありのまま伝えているからだ。
 私の気持ち、二人にちゃんと伝わっている。そのことが本当に安心だ。

 「……ありがとう。二人とも」

 「もちろんだよ。星奈ちゃんが悲しんでるなら、私たちも一緒にスグルさん失踪の理由を調べるよ!」

 「そうだね。星奈、一緒に調べよう」

 本当にありがとう。そう言うと、また涙が零れ落ちた。私はすごく泣き虫なのかもしれない。
 たぶん私一人だったら、調べることは無理だった。でもこの二人と一緒ならきっとできる。
 ――待ってて、スグル。絶対にスグルが消えた理由を探してみせるから。


 それからまた更に数日、私はやっと学校へ行けて、遥花ちゃんや優衣ちゃんと一緒にスグルが消えた理由を考えていた。
 だけど全く思いつかなかった。事前に何か聞いておけば良かったけれど、急に消えてしまったから。

 「ねぇ、星奈ちゃんに前に話したんだけどさ。十年前の自殺事件がどうしても引っ掛かるんだよね」

 「あぁ、私も知ってる。関沢優流って人でしょ」

 そういえば――あまり考えないようにしていたけど、確かに十年前の事件が引っ掛かるかもしれない。
 当時高校一年生だった優流さんは、いまの私たちと同い年ということになる。
 スグルと出会ったときも、確かに私と同い年だなと思った。
 もし優流さんとスグルが同一人物なら、その自殺事件が関わっていて、私を助けるために会いに来たってこと……?

 「私ね、その事件が本当に気になっちゃってて。優流さんの自殺理由とか、調べたけど何も載っていなくて。でも一つ分かったの。優流さんが自殺したのは、ちょうど十年前のスグルくんが消えてしまった日だった」

 私が叔母さんや遥花ちゃん、優衣ちゃんに自分の思いを伝えた日だ。
 やっぱり、優流さんとスグルは、同一人物な気がする。理由は分からないけれど、何だか直感でそう思う。

 「でも優流さんが住んでいたのは、ここら辺じゃないんだよね?」

 「そうなんだよね。全然違う県の、知らない町だった。だから違う人なのかなぁ……」

 確かに、優流さんが住んでいたところはこの町じゃない、違うところだ。
 スグルと優流さんが同一人物なら、どうしてスグルは知らないこの町に人間になって現れて、私を助けようとしていたの……?
 ――待って。助ける……?

 冷静に考える。スグルは出会った頃 “私を助けるために人間の世界に来た” と言っていた。
 私の人間不信を直すために、私を助けるために、お星さまから人間になって来たという意味だろう。

 私が信じることができなかった人は、叔母さんや旦那さん、それに遥花ちゃんや優衣ちゃんだ。
 叔母さんの『可哀想』という言葉がずっと心に重く残っていた。それで遥花ちゃんや優衣ちゃんはすごくいい人だと分かっていたけれど、やはり関わりたくないと思っていた。

 でも、でも。スグルが消え去ったあの日、私は叔母さんや遥花ちゃん、優衣ちゃんに本音を伝えた。
 そして、また人を信じることができるようになった。人間不信が少しだけ克服できたと、頑張れたと自分でも思っていた。


 「もしかして、スグルは私を助けるっていう責務を全うしたから、約束通り消えてしまったの……?」


 独り言のように呟くと、遥花ちゃんと優衣ちゃんが不思議そうに見つめていた。
 スグルは、私の人間不信を直すためにここに来た。それを達成しても消えてしまうとは思っていなかった。考えもしなかった。
 ――私が三人に本音を伝えて人間不信を克服したから。だからスグルは消えちゃった……?

 「星奈ちゃん、落ち着いて」

 「星奈、大丈夫だから――」

 「落ち着けるわけないよ!! 私はまだ、スグルにちゃんと本音を伝えられてない。まだ、まだありがとうを言えてない。私はスグルのことが……っ」

 好き。スグルのことが、とてつもなく好き。
 言葉が溢れ出してしまうほど、スグルのことを想っているんだ。

 まだスグルには伝えられていないのに……。このまま想いを伝えられないままなんて、絶対に嫌だ。
 きっとまだ、会える方法があるはず。

 「星奈ちゃん、聞いて。絶対ではないけど、もしかしたらスグルくんに会えるかもしれない」

 「……うん」

 「六月六日、流星群が見られるらしいの。けどいまのところ、天気予報では大雨になってる。でももし星を見ることができたら……スグルくんが会いに来てくれるかもしれない」

 遥花ちゃんと優衣ちゃんから、悲しくて悔しい、という気持ちが伝わってくる。
 もしその日が晴れで、流星群を見ることができたら、スグルが私に会いに来てくれるかも知らない。ううん、スグルのことだからきっと来てくれる。

 「――分かった。私、絶対にスグルと会って気持ちを伝えてくる」

 本当にありがとう。そう言葉に出すと、二人はまたぎゅーっと優しく、抱きしめてくれた。
 スグルに会える、最後のチャンスかもしれない。だから絶対に会いに行く。
 ……待っててね。スグルに伝えたいことがあるんだから。