夕日で照らされている帰り道。私は少し赤くなった目を擦って、何度もまばたきをした。それでもまだ涙が出てきそうになる。
今日、自分がしたことがまだ夢みたいに思っている。あれほど拒否していた叔母さんに本音を伝えられて、仲を戻せたのだから。
「星奈ちゃん、まだ目赤いねー。ていうか、星奈ちゃんが泣いてるところ初めて見た」
「なに、私だって普通に泣くよ。普段は別に泣かないだけで」
何だか恥ずかしくなって、ムキになってしまった。いまの私、反抗している子供みたい……。
スグルは空を見上げながら、静かに口を開いた。
「俺の前では我慢しなくていいよ。星奈ちゃんが泣きたいと思ったら泣いていいし、嬉しいと思ったら存分に嬉しがってほしい」
「そんなの、もうしてるし」
「えっ? そうなの?」
「……そうなの! スグルといたら、悲しいことなんて忘れちゃうんだから」
そう言うとスグルは目を輝かせながら私の瞳を見つめた。
再び恥ずかしくなった私は「とにかく!」と続けた。
「私は、スグルといたら楽しいの! だから泣きたくないの!」
「星奈ちゃんは……人間で言う、ツンデレってやつなのかな?」
普段は冷たい態度を取っているけれど、二人きりになったときや、時々甘えた顔を見せること……それがツンデレ、だよね。
私ってツンデレなのかな……? 確かに、普段は甘えたことが一切ないけど。
「あはは、星奈ちゃん真剣に考えててかわいい!」
「はぁ、スグルはほんと、私のことからかうの好きだよね」
「……からかってないよ」
思わずえっ、と言葉を発してしまった。スグルの真剣な声に何も言えなくなる。
でも私のことかわいいだなんて言うのは絶対にからかっている気がするのだけれど。
「あ、もしかして今のも私のことからかったの?」
「……うん、そう! あーあ、星奈ちゃんも騙されなくなっちゃったな」
もともと別に、スグルの言葉に騙されてなんかないし……そう言おうと思ったけれど、私がしたことを認めていない子供みたいになるからやめておいた。
スグルといると、全部の感情を曝け出してしまう。こんなのスグルだけだ。
「まぁ、星奈ちゃん! お疲れ様だよ!」
「ありがと。でもまだ終わってないよ」
「……本当に行くんだね、分かった」
そう。叔母さんにはもう言いたいことを言うことができた。だけど私にはあと二人、思いを伝えたい人がいる。
だから今から、その人たちに会いに行くんだ。
「二人は一緒にいるの?」
「うん、今日遊んでたみたい。もう帰るって言ってたから、時間取ってもらったんだ」
「すごいね……星奈ちゃん」
確かに自分でも自分のことを、すごいなぁと思っている。以前の私だったらこんなに自分から行動することなんてなかったから。
それに最初は、二人とは絶対に関わりたくないと思っていた。でも最近はだんだん二人の良さが分かってきて、好きだなって思ったんだ。
だから――私の思いを伝えたい。
「じゃあ行ってくるね、スグル」
「うん、頑張ってね! ずっとずっと、応援しているから!」
「はいはい、ありがとう」
叔母さんにも言えたのだから、きっと大丈夫。それにスグルが私のことを一番に応援してくれているから。
……頑張ろう。
待ち合わせしている公園に着いて、私は辺りをキョロキョロ見回した。
ブランコにゆらゆらと揺られている二人の姿が見えたので、小走りで向かっていった。
「――遥花ちゃん、東間さん!」
「あっ、星奈ちゃん! やっほー!」
「待たせちゃってごめんね」
いつも通りテンションが高くて、にこにこと笑顔を浮かべている遥花ちゃん。私のことを心配そうに見つめてくる、優しくて思いやりのある東間さん。
二人に私の過去のことと、いまの思いを伝えるんだ――。
「で、話ってどうしたの?」
「星奈が自分のことを話すなんて珍しいよね。何かあったの?」
「……うん。正直、二人に話すのは怖くて、上手く話せないかもしれない。それでも聞いてくれる?」
二人は黙って、真剣な顔で頷いてくれた。うん、きっと二人なら私のことを認めてくれると思った。
不安と恐怖で胸がいっぱいになるけれど、きっと大丈夫だ。
「あのね――私、両親がいないの。事故で亡くしたんだ」
話を切り出すと、二人は何と言っていいか分からないような、曖昧な表情をした。
私は呼吸を整えて、また口を開いた。
「学校では可哀想って言われて、いじめられて。叔母さんが私を引き取ってくれたんだけど、その叔母さんからも可哀想って言われて。転校先でもそう言われ続けていた」
二人が息を呑み込んだのが分かる。確かにこんな話をされてしまったら、どう言えばいいか、いつ返事をすればいいか、分からないだろう。
けれどいまは私の話を、気持ちを聞いてほしい。二人にはその思いがきっと伝わっているんだ。
「私は可哀想な人間なんだって。みんなとは違うんだって、そう思い始めたの。そのときからもう人を信用することができなかった。もう人と関わるのはやめよう、って思ったの。けどそんなとき、二人に出会った」
登校中に初めて話した遥花ちゃん。その遥花ちゃんが紹介してくれた東間さん。
二人はとてもいい子だけど、絶対に関わりたくなかった。また可哀想だと言われるのがすごく怖かったから。
「最初は関わりたくないと思ってた。でも……話しているうちに、遥花ちゃんは明るくて可愛くて、東間さんは面倒見が良くて優しくて――。すごく素敵な人たちだな、って思うようになったの」
そう言うと、二人の表情がガラッと一気に変わった。
驚いた表情で、でもすごく嬉しそうな顔をした。
「本当は私も……二人ともっと話したいんだ、二人の友達になりたいんだって思ってたんだ。けど怖いの。私はみんなとは違うから、また可哀想だと言われるのが。二人はそんなこと言わないってわかってるのに、でも、でも……っ」
胸の奥がズキズキと痛む。本当は本当は、分かってる。遥花ちゃんと東間さんは私のことを “可哀想” だなんて言わないことは。
頭では分かっているけれど、心では分かっていない。どうしても、どうしても可哀想と言っていた人のことを思い出してしまうから。
「星奈ちゃん、話してくれてありがとう。でも、ほんと馬鹿だよ」
「……えっ?」
「私達、もう友達だよ」
二人が私のことを優しく抱きしめてくれた。その途端に溜まっていた涙が溢れ出てきた。
遥花ちゃんや東間さんは……こんな私のことを、友達だと思ってくれていた。私のことを変わり者だなんて思っていなかったんだ。
「ごめ……ごめんなさい、遥花ちゃん、東間さん」
「なんで星奈が謝るの。星奈は何も悪くないよ」
「うんうん、私も優衣と同意見! ていうか、私も星奈ちゃんと似た状況だったし。友達が離れていったことあるから、少しは気持ち分かってあげられると思うよ」
そっか、遥花ちゃんも人気者だったけど、あまり学校に行ってなかったことで友達が離れていっちゃったんだっけ……。
私と似たような辛い思いをした人たちは、この世にたくさんいるんだ。それもこんな身近に。
「星奈だけが辛い思いをすることない。私達にもいつでも相談してほしい」
「ありがとう、東間さん」
「まずその東間さん呼びじゃなくて、優衣呼びにしてほしい」
「……優衣、ちゃん」
どうして……どうしてこんなに遥花ちゃんや優衣ちゃんはとても優しいのに、私は信じていなかったのだろう。
改めて思い返してみると、遥花ちゃんや優衣ちゃんを信用していれば良かった、なんて後悔することばかり。
「それにしても、星奈ちゃんのこと可哀想だなんて言った叔母さんとクラスメイトの人たち許せない! 今すぐ殴ってやりたい!」
「は、遥花ちゃん、落ち着いて。叔母さんにはさっき話してきたんだ。私が誤解していたみたいで」
「星奈、叔母さんにももう話してきたの!? すごいじゃん、ちゃんと行動できてる」
私の行動に拍手している遥花ちゃんと、頭を撫でてくれる優衣ちゃん。二人と一緒にいると、すごく心強いし、安心感がある。
――私、二人を信じてみる。
「ありがとう、遥花ちゃん、優衣ちゃん。これからも……仲良くしてくれたら嬉しいです」
「うん、もちろん! 星奈ちゃんのこと大好きだから!」
「私も。星奈のことが大好き」
もうすっかり暗くなってしまった空を見上げると、満面の星空が輝いていた。
その中でもとても美しい一等星を、私はずっと見つめていた。
今日、自分がしたことがまだ夢みたいに思っている。あれほど拒否していた叔母さんに本音を伝えられて、仲を戻せたのだから。
「星奈ちゃん、まだ目赤いねー。ていうか、星奈ちゃんが泣いてるところ初めて見た」
「なに、私だって普通に泣くよ。普段は別に泣かないだけで」
何だか恥ずかしくなって、ムキになってしまった。いまの私、反抗している子供みたい……。
スグルは空を見上げながら、静かに口を開いた。
「俺の前では我慢しなくていいよ。星奈ちゃんが泣きたいと思ったら泣いていいし、嬉しいと思ったら存分に嬉しがってほしい」
「そんなの、もうしてるし」
「えっ? そうなの?」
「……そうなの! スグルといたら、悲しいことなんて忘れちゃうんだから」
そう言うとスグルは目を輝かせながら私の瞳を見つめた。
再び恥ずかしくなった私は「とにかく!」と続けた。
「私は、スグルといたら楽しいの! だから泣きたくないの!」
「星奈ちゃんは……人間で言う、ツンデレってやつなのかな?」
普段は冷たい態度を取っているけれど、二人きりになったときや、時々甘えた顔を見せること……それがツンデレ、だよね。
私ってツンデレなのかな……? 確かに、普段は甘えたことが一切ないけど。
「あはは、星奈ちゃん真剣に考えててかわいい!」
「はぁ、スグルはほんと、私のことからかうの好きだよね」
「……からかってないよ」
思わずえっ、と言葉を発してしまった。スグルの真剣な声に何も言えなくなる。
でも私のことかわいいだなんて言うのは絶対にからかっている気がするのだけれど。
「あ、もしかして今のも私のことからかったの?」
「……うん、そう! あーあ、星奈ちゃんも騙されなくなっちゃったな」
もともと別に、スグルの言葉に騙されてなんかないし……そう言おうと思ったけれど、私がしたことを認めていない子供みたいになるからやめておいた。
スグルといると、全部の感情を曝け出してしまう。こんなのスグルだけだ。
「まぁ、星奈ちゃん! お疲れ様だよ!」
「ありがと。でもまだ終わってないよ」
「……本当に行くんだね、分かった」
そう。叔母さんにはもう言いたいことを言うことができた。だけど私にはあと二人、思いを伝えたい人がいる。
だから今から、その人たちに会いに行くんだ。
「二人は一緒にいるの?」
「うん、今日遊んでたみたい。もう帰るって言ってたから、時間取ってもらったんだ」
「すごいね……星奈ちゃん」
確かに自分でも自分のことを、すごいなぁと思っている。以前の私だったらこんなに自分から行動することなんてなかったから。
それに最初は、二人とは絶対に関わりたくないと思っていた。でも最近はだんだん二人の良さが分かってきて、好きだなって思ったんだ。
だから――私の思いを伝えたい。
「じゃあ行ってくるね、スグル」
「うん、頑張ってね! ずっとずっと、応援しているから!」
「はいはい、ありがとう」
叔母さんにも言えたのだから、きっと大丈夫。それにスグルが私のことを一番に応援してくれているから。
……頑張ろう。
待ち合わせしている公園に着いて、私は辺りをキョロキョロ見回した。
ブランコにゆらゆらと揺られている二人の姿が見えたので、小走りで向かっていった。
「――遥花ちゃん、東間さん!」
「あっ、星奈ちゃん! やっほー!」
「待たせちゃってごめんね」
いつも通りテンションが高くて、にこにこと笑顔を浮かべている遥花ちゃん。私のことを心配そうに見つめてくる、優しくて思いやりのある東間さん。
二人に私の過去のことと、いまの思いを伝えるんだ――。
「で、話ってどうしたの?」
「星奈が自分のことを話すなんて珍しいよね。何かあったの?」
「……うん。正直、二人に話すのは怖くて、上手く話せないかもしれない。それでも聞いてくれる?」
二人は黙って、真剣な顔で頷いてくれた。うん、きっと二人なら私のことを認めてくれると思った。
不安と恐怖で胸がいっぱいになるけれど、きっと大丈夫だ。
「あのね――私、両親がいないの。事故で亡くしたんだ」
話を切り出すと、二人は何と言っていいか分からないような、曖昧な表情をした。
私は呼吸を整えて、また口を開いた。
「学校では可哀想って言われて、いじめられて。叔母さんが私を引き取ってくれたんだけど、その叔母さんからも可哀想って言われて。転校先でもそう言われ続けていた」
二人が息を呑み込んだのが分かる。確かにこんな話をされてしまったら、どう言えばいいか、いつ返事をすればいいか、分からないだろう。
けれどいまは私の話を、気持ちを聞いてほしい。二人にはその思いがきっと伝わっているんだ。
「私は可哀想な人間なんだって。みんなとは違うんだって、そう思い始めたの。そのときからもう人を信用することができなかった。もう人と関わるのはやめよう、って思ったの。けどそんなとき、二人に出会った」
登校中に初めて話した遥花ちゃん。その遥花ちゃんが紹介してくれた東間さん。
二人はとてもいい子だけど、絶対に関わりたくなかった。また可哀想だと言われるのがすごく怖かったから。
「最初は関わりたくないと思ってた。でも……話しているうちに、遥花ちゃんは明るくて可愛くて、東間さんは面倒見が良くて優しくて――。すごく素敵な人たちだな、って思うようになったの」
そう言うと、二人の表情がガラッと一気に変わった。
驚いた表情で、でもすごく嬉しそうな顔をした。
「本当は私も……二人ともっと話したいんだ、二人の友達になりたいんだって思ってたんだ。けど怖いの。私はみんなとは違うから、また可哀想だと言われるのが。二人はそんなこと言わないってわかってるのに、でも、でも……っ」
胸の奥がズキズキと痛む。本当は本当は、分かってる。遥花ちゃんと東間さんは私のことを “可哀想” だなんて言わないことは。
頭では分かっているけれど、心では分かっていない。どうしても、どうしても可哀想と言っていた人のことを思い出してしまうから。
「星奈ちゃん、話してくれてありがとう。でも、ほんと馬鹿だよ」
「……えっ?」
「私達、もう友達だよ」
二人が私のことを優しく抱きしめてくれた。その途端に溜まっていた涙が溢れ出てきた。
遥花ちゃんや東間さんは……こんな私のことを、友達だと思ってくれていた。私のことを変わり者だなんて思っていなかったんだ。
「ごめ……ごめんなさい、遥花ちゃん、東間さん」
「なんで星奈が謝るの。星奈は何も悪くないよ」
「うんうん、私も優衣と同意見! ていうか、私も星奈ちゃんと似た状況だったし。友達が離れていったことあるから、少しは気持ち分かってあげられると思うよ」
そっか、遥花ちゃんも人気者だったけど、あまり学校に行ってなかったことで友達が離れていっちゃったんだっけ……。
私と似たような辛い思いをした人たちは、この世にたくさんいるんだ。それもこんな身近に。
「星奈だけが辛い思いをすることない。私達にもいつでも相談してほしい」
「ありがとう、東間さん」
「まずその東間さん呼びじゃなくて、優衣呼びにしてほしい」
「……優衣、ちゃん」
どうして……どうしてこんなに遥花ちゃんや優衣ちゃんはとても優しいのに、私は信じていなかったのだろう。
改めて思い返してみると、遥花ちゃんや優衣ちゃんを信用していれば良かった、なんて後悔することばかり。
「それにしても、星奈ちゃんのこと可哀想だなんて言った叔母さんとクラスメイトの人たち許せない! 今すぐ殴ってやりたい!」
「は、遥花ちゃん、落ち着いて。叔母さんにはさっき話してきたんだ。私が誤解していたみたいで」
「星奈、叔母さんにももう話してきたの!? すごいじゃん、ちゃんと行動できてる」
私の行動に拍手している遥花ちゃんと、頭を撫でてくれる優衣ちゃん。二人と一緒にいると、すごく心強いし、安心感がある。
――私、二人を信じてみる。
「ありがとう、遥花ちゃん、優衣ちゃん。これからも……仲良くしてくれたら嬉しいです」
「うん、もちろん! 星奈ちゃんのこと大好きだから!」
「私も。星奈のことが大好き」
もうすっかり暗くなってしまった空を見上げると、満面の星空が輝いていた。
その中でもとても美しい一等星を、私はずっと見つめていた。