俺は海の家に入った。俺はほっとした。女性が近くにいる。青春の香りがした。女性は汗をかいていて、肌が美しく光っていた。
 「どうぞ、座ってください」
 と、女性はいった。
 「でも、椅子が濡れてしまう」
 「いいですよ」
 「ああ、ありがとう」
 俺は椅子に座った。俺は、海を見た。海は雨の中荒れていた。じっと眺め続けた。
 ふと見ると、女性が俺を見ていた。俺は照れた。
 「あのう」
 と、女性。俺は女性のやさしい声に心がとろけるような気がした。
 「え」
 「ここ、座っていいですか」
 と、女性は優しくいった。俺はどきどきした。
 「あ、ああ」
 と俺は生返事した。女性は俺の隣に座った。青春の香りが漂った。俺はどきどきした。俺は海の方をじっと眺め続けた。女性の視線を感じた。俺のことをじっと見ているようだ。まじ。俺は緊張した。
 「あのう」
 と、女性。俺は女性を見た。どきどきした。
 「え」
 「私、滝谷めぐみっていいます」
 「そ、そうなんだ。俺は、松村勇作っていうんだ」
 「そうなんですか」
 俺は女性の顔をまじまじと見た。とてもかわいい。
 「あのう、失礼ですが、何をされてるんですか」
 「ああ、ネット作家やってる」
 「ええ、すごいじゃないですか」
 「ああ、たいしたことないよ。全然売れてないし」
 「あのう差し支えなければ、どこで書かれてるかお教えいただけませんか」
 「ああ、ウルフちゃん小説投稿サイトってとこ」
 「ええええええええええええ」
 と女性はびっくりした。
 「それって、女性中高生に人気のサイトじゃないですかあ。私もそこに登録してるんですけどお」
 「へえ、そうなんだ」
 「そこ、有名な作家さん多いですよね、橋本かこ先生とか、アイル先生とか、あ、すみません。存じてなくて」
 女性は申し訳ない顔をした。
 「いいよ、俺、全然売れてねえし。俺独り、なんかテイスト違うし」
 「いえ、今度拝読しておきます」
 「いいよ。面白くねえし」
 「そんなこと言わなくとも」
 とてもやさしい。なんていいこだろう。
 「ウルフちゃんの利用者ってことは、結構若いのかなあ。女子高生とか」
 と、俺はいった。
 「そんな。そんなに幼いですか、私。女子大生なんですけどお」
 「へえ、そうなんだ。幼いとかじゃなくて、若いよな」
 「そうですか」
 「うん」
 女子大生か。幼いわけじゃないが、肌が若くみずみずしかった。女性はいったん口をつぐんだ。
 「松村さんは好きなこととかあります?」
 好きなこと?俺は、やる気のない憂鬱な毎日を過ごしてきた。特に好きなこととかなかった。俺は悩んだ。女性は俺をまじまじと見てくる。え、と思った。
 「え、あのう」
 「なんか、好きなことあります」
 めぐみというこの顔をまじまじと見た。かわいい。
 「好きなことかあ」
 俺は考えた。
 「しいて言えば、ストロベリースロープ0かなあ」
 と俺はいった。ストロベリースロープ0とは、最近はやってる女性アイドルグループだ。女性は笑顔になった。
 「私もです」
 「へえ、そうなんだ」
 「ええ」
 「テレビとかで、見ますか」
 と、めぐみというこはつづけた。
 「ああ、「ストロベリー食事中」というやつ」
 「ストロベリー食事中」というのはストロベリースロープ0の番組で、深夜にやっている。ストロベリースロープ0のメンバーがトークをしたりする番組だ。俺はたまに見ていた。
 「へえ、そうなんだあ。私もたまに見ます」
 「へえ」
 「あと、ストロベリーのこと調べたりします」
 「うーん」
 俺は考えた。
 「図書館で雑誌とか読むかな」
 俺は地域の大学附属図書館に学外利用の登録していた。たまに行くと、「経済人類学娯楽」という雑誌があって、その雑誌にストロベリースロープの記事があった。それをよく閲覧していた。
 「そうなんだあ」
 「好きな曲とかあります?」
 と、めぐみというこが続けた。
 「うーん」
 俺は考えた。
 「「最終のタイトスカート」かなあ」
 ときどきYouTubeで見たりするのだ。
 「そうなんだあ」
 すずしい声だった。いいなあ、と俺は思った。
 「他はなんかあります?」
 「孤独パラダイスかなあ」
 これは最近出たストロベリースロープ0の新曲だった。
 「ああ、新曲ですね」
 俺は微笑んだ。自分の趣味に合わせてくれるのがすごくよかった。好感触だった。
 しばし沈黙が流れた。
 「松村さんは、ストロベリーで、誰がお好きですか」
 「うーん」
 俺は考えた。
 「駒田れいかなあ」
 ストロベリー1期生。もう卒業したが、ボーイッシュなこだった。
 「ああ、駒田れいですね。子供のころ知ってました」
 そんな前だったろうか。
 しばし沈黙。
 「他は誰ですか」
 と、めぐみというこはきいてきた。
 「うーん」
 俺は考えた。
 「井川なぎさかなあ」
 「え、井川なぎさ?」
 どうやら知らないようだ。
 「5期生で、最近入ったこさあ」
 「そうなんですか背が高いこですか」
 「背は高くない。でも大人っぽいな。年の割に」
 井川なぎさは、女子高生だったと思う。女子高生にしては大人びたこだった。
 「へえ」
 沈黙が流れる。
 「白鳥麻衣子も卒業しましたよね」
 白鳥麻衣子とは、ストロベリーで、一番人気があったこだった。
 「ああ」
 俺は生返事した。
 また沈黙が流れた。
 「あのう。お茶でもいれましょうか?」
 「ああ、いいよ。お金ないし」
 「いえ、お金はいいです。私の好意なんで」
 「え、あ、そうなんだ。じゃあ、いただこうかなあ」
 「はい」
 と、めぐみというこはいって、場を離れた。めぐみというこは、店の奥へ行った。