保健室に戻り、持っていた本を読んで時間を潰していると、梓を荷物のように担いだ保健室の先生が戻って来た。


「…内山、すまん。こいつ、ここしか連れてくる場所無い」
「まぁ…そうですよね」


意識を失ったままの梓。
そんな彼女を、先生は放り投げるようにベッドに置いた。


「…はぁ。内山、大丈夫か?」
「あ、私は…はい。…どうにか」
「なら良かった…」


先生は机に置いてあるチョコレートを手に取る。

「ほら、内山」
「あ」

そのチョコレートが、ふわっと弧を描いて私の元へ飛んできた。

「疲れただろ、糖分摂取」
「…ありがとうございます」

一口サイズの、個包装されたチョコレート。
貰ったチョコレートを口に入れると、優しい甘さが広がり…思わず涙が零れた。

「……内山…泣くな…」
「すみません、すぐ止めます」


何で涙が出ているのか、直接的な理由は分からない。

けれど、胸にある沢山の複雑な思い。
それら全てが混ざり合い、今の涙に繋がっているのだろうというのは、何となく推測できた。


「…なぁ内山、向井じゃなくて…俺ならお前を泣かせねぇよ…」
「…………?」
「俺でも、良くない?」
「……」

先生の言っている意味が全然理解できなくて、脳がフリーズする。

「…………」


どういうこと?

何も言えないまま黙り込んでいると、保健室の扉の方から怒った声が聞こえてきた。



郡司(ぐんじ)先生、殴りますよ」



その声の主。
少しだけ息を切らせた、向井先輩だ…。


「美久ちゃんをサポートしてくれたのはありがとうございます。けど、その言葉は容認できません。殴りますよ」


そう言いながら大きく振りかぶる先輩。
先生は両手を前に出して、首を振っていた。


「いや、待て待て…冗談だって…」
「冗談で言って良いと思っているのですか。そんなの、やっていることは山寺梓と同じです。これ以上、美久ちゃんを傷つける人は許しません。それが例え、郡司先生でも」


保健室の先生…郡司先生って言うのか。

そんなこと思いつつ、今目の前で起きている状況がまた理解できない。


「俺でも良くないかっていうのは、冗談だ。ただ、俺なら内山を泣かせないという思いは、紛れもない本心。泣いている内山を俺が守りた……」
「駄目です、駄目。美久ちゃんは、俺のだから。大体、もう美久ちゃんは泣かないし、泣かせない」


向井先輩は私の横に来て、優しく抱きしめてくれた。


そして、先生の方を見ながら言葉を継ぐ。


「俺も美久ちゃんも、一緒に居れば…雨はもう降らない。郡司先生の入る隙なんて、1ミリもありませんから」


強くそう言い放った先輩。
そのまま私と目を合わせ、先生に見せつけるように、そっと…キスをした。