「行き先としては、美璃ちゃんが前に……、ああ」

 そのあと颯士は、具体的な行き場所を挙げかけたようだったが、そこで少し言葉を切る。

 なんだろう、と美璃が顔を上げて颯士のほうを見たときには、颯士がふっと微笑んでいた。

「予行演習なら、それらしく呼ばないといけないね。……美璃」

 今度は頬が燃えるかと思った。

 きっと真っ赤になっただろう。

 やわらかな響きの低音が、まるで大切なものを口に出すように、自分の名前を呼んでくれる。

 遅れて、ドッドッと鼓動が強く鳴りはじめた。

「美璃も『大義兄さん』じゃない呼び方で、呼んでくれ」

 おまけにその声でそう要求されるものだから、美璃はもう、「……はい」と受け入れるしかない。

 颯士のことは、「大義兄さん」だけではなく、たまに「颯士さん」とも呼んでいたので、あまりためらいはしないだろう、と思う。

 でも『義兄の兄』としてではなく、名前で呼ぶのは初めてだ。

 どうしても意識してしまう。

 今だけであろうとも、本当に恋人関係なのだと、遅ればせながら思い知らされた美璃だった。