「遅くまで悪かったな」

 向かいに座っていた颯士が静かに言う。

 颯太はもちろん首を振った。

「いいや、兄さんこそ、忙しい中、うちまで来てくれてありがとう」

 それで話と用事は一段落したようだった。

 次に、颯士の視線は美璃に向く。

 美璃の心臓は、小さくどきっと跳ねた。

 あのあたたかい体温と、シトラスのほの甘い香りを思い出してしまったのだ。

 しかしそんな反応を出すわけにはいかない。

 なんとか心を落ち着けようとした。

 そんな美璃に向かって、颯士は弟と似ている容姿でありながらも、こちらは硬めに固めた黒の短髪と、すっと涼しい一重の目元で口を開く。

「美璃ちゃん、もう帰る? 良かったら送っていこうか」

 提案されて、美璃はきょとんとした。

 意外な申し出だ。