涙で前がよく見えない。

 メイクが落ちてしまうのも構わずに、美璃(みり)はぐいっと目元を拭う。

 もう右手も頬も、涙で濡れ切っている。

 それなのに、目からはまだぼろぼろと雫が落ち続けた。

 こんな、泣きながらとぼとぼ歩いているなんて子どもみたいだ、と思いながらもどうにもできない。

 数時間前に起こった出来事を考えると、まっすぐ歩けているだけで奇跡と言えた。

 夏の終わり、夜は少し涼しい空気の中、住宅街を力なく歩く美璃こと、佐上(さがみ) 美璃は、会社帰りの姿。

 焦げ茶色のロングヘアをクリップでまとめて、ジャケットに膝丈スカートという普通のオフィスカジュアルだ。

 どこからどう見ても普通の会社員の美璃だが、今、活き活きした眼差しが素敵だとよく褒められる目元はぐしゃぐしゃだ。

 メイクも崩れ切っているだろう。

 力ない足取りだったが、やがて美璃は目的地へ辿り着いた。

 駅から歩いて五分ほどの一軒家だ。

 玄関先には明かりがついていて、家のひとは居るようであった。

 本当は連絡したほうが良かったけど、と美璃はせめてもともう一度目元を拭い、その家へ近付く。

 連絡するのも思いつかないくらい余裕がなかったのだ、と思い知ってしまう。

 それでも、居るなら構わないだろう。身内なのだし。

 家の前に立ち、インターホンを押した。

 ピンポーン、という音が小さく響く。