焦った顔をした康二さんだったけど、世田さんの唇が耳元に近づくと彼女を意識したようで、目線は世田さんにいっていた。
康二さんは、触れ合う世田さんの体しなだれかかる腕や、めりこむ胸の感触に意識を移して、場に垂れこめた気まずさをやり過ごすことにしたらしい。

彼の中で、世田さんの体や、直前までしててこの後もするつもりの情事の方が私の存在よりウェイトが上なんだ。

「最っ低!」

壁際の棚にあった、クレーンゲーム景品っぽいぬいぐるみを投げつける。
せめて康二さんの顔面にでも当ててやりたかったけど、狙いもつかないそれは頭の上をかすっただけ。
ぼよん、と落ちて終わり。

「ヤダァ、神山さんてば、らんぼ〜う」

顎を高くして髪をかきあげる世田さんは私の怒りを煽った。

「あ……あなたっ、け……」

──あなた、研究を盗ったでしょ!? それだけで飽き足らず康二さんも? どういうつもりなの。

言ってやりたかったけど、飲み込んだ。
私の反応の全てが、彼女が略奪の悦に浸るためのスパイスになるだろうから。
ぎ、と歯を食いしばって、耐えて……耐えた。
 
堪えすぎて、手のひらに長くもない爪が食い込んだし、息も忘れてたせいで酸欠かクラっとした。
頭の中は、白なんだか赤なんだか、灼熱の色でカッカと明滅していて、物事の理解が追いつかない。

私は康二さんたちに背を向けて、吐く場所を探すみたいに、余裕なく『元』彼氏の2LDKから去った。

研究も恋人も盗られた、みじめ……哀れな敗者。