あんなに目立つバインダーも、試験用に調合した試料も、なんの形跡もなく消えている。

私がしていた研究だって、証明できるものは、なにひとつ残っていない。
もちろん、論文は先に世に出した者が絶対の勝者。後出しで口を挟む余地はない。
研究資料があったって私では先行の証明はしきれなかっただろう。
でも。これで偶然研究内容が被ったとかじゃなくて、私から盗んだんだって、はっきりした。
 
そんな人と、これからも同僚としてやっていける?
気持ちがしんどすぎる。
いっぱいいっぱいの私は、残業後に彼氏である康二さんの部屋に向かう。
彼に、話を聞いてほしくて、なにか慰めがほしくて。

康二さんは、職場恋愛から交際に発展した、付き合って半年の、先輩。

所属の分野は違うけど、研究者だから、もしかしたら、いいアドバイスもくれるかもしれない。
こういう時、同じ業界の彼氏は助かる。
彼なら、私の悔しさも、やるせなさも、痛いほどわかって共感してくれるはず。

コンクリ階段を登って、大手賃貸らしさあふれるドア前に来た。
康二さんは在宅中は施錠しないから、ドアノブを回してみる。
抵抗なく開いた。康二さん今家にいるんだって、中へ進む。
 
なにか、おかしい。
違和感が背中でサワサワする。
いるはずなのに、照明が落ちていて玄関は真っ暗、でも奥にほんのりスタンドランプの明かりがみえる?

キッチンと一緒になった短い廊下を進んで、室内の全てを見た私は絶句した。