引き下がらない場合はそうくるだろうな、と予想してた。
お客さんは拒めないから。
ずるい。それくらいでないとグループ会社の専務は務まらないから、当たり前か。

「案内は? 好きな席に座っても?」
「あ、はい。空いているので、お好きな場所をどうぞ……」
 
真ん中のテーブルに座った北園さんは、店内をぐるりと見回して眉を寄せていた。気に入らない、という様子が不安を湧かせる。

「コーヒーを一杯、ブラックで」
「はい」

何に不満を持たれているか観察しておきたいけど、注文だからコーヒーを用意しなきゃ。
キッチンに急いで、たった一人のお客さんのために湯を沸かす。
御曹司だろうと特別視したくないのに。
淹れたコーヒーを持つ手が細かく震え、カップとソーサーに音を立てさせた。

届けたコーヒーは洗練された指先でカップの取っ手をつままれた。やわらかそうな唇が白磁に接触する。
彼の所作の美しさに惹きつけられ、すべてがスローモーションにみえる。
私の淹れたコーヒーを口に含んで、飲みこむ。
普通の動作が妙に色気を放っていて、ドギマギ見守ってしまった。
 
見つめてたのを、感想を求めていると思われてしまったらしい。優美な北園さんの口がひらく。

「まずいコーヒーだ」