真夏の、青々と風にそよぐ稲や、水田で反射する光の煌めき、草むした空気を吸いながら見上げた青空を思い出す。

あそこにいたいな。
ああいう蒼い空気を肺までぞんぶんに吸って、切り取った青空で体の中身ぜんぶ満たした気分になれたら。
 
──なりたい。

私を縛ってた職は投げちゃったことだし?
私がこの街にこだわる理由も、今住んでるアパートだって、いる必要がない。

私は、もう自由だった。
自由。
だったら、いけばいい、どこへでも。

決心した私は通話アプリの表示をお母さんに合わせ、タップする。
のんびりとした表情で動画で応じたお母さんに、私は音声だけで要件から入った。

「おばあちゃんの趣味用の別宅、扱いに悩んでるって言ってたよね。まだそのままだったら、私しばらく使いたいんだけど」
「帆夏ちゃん? ……別宅なら置いてるからいいけど……、どうしたの?」
「いろいろ、ね。このあとそっちいくから、鍵用意しておいて。お願い」
 
我ながら、なんてわがまま。
このあとお母さんに退職だとか、今の生活を手放して遠ざかりたいとか話して、おばあちゃんの田舎に行く理解をもらわなきゃ。
面倒だし、恋人を寝取られて研究も……とか話せない、適度にかいつまむ手間もある。
 
けど、心の底の方がふつふつしてる。
まだこんな気力が私にあったんだ? 
クローゼットから買ったはいいけど研究所に着ていくのは派手すぎる、と遠慮していた上着を引っ張り出して羽織る。
さっぱり明るい、淡いライムグリーン。
 
新しい風をつかんで、いっしょに飛んでいくみたい。
私は確かに傷んでいた、でもこれから、もっと知らないものをつかみにいけそうな、予感に突き動かされていく。