次の日、わたくしは蘭海高校に行くことは出来ませんでした。
それは、羽村さんのあの背中がずっと脳裏に残っていたから。
拒絶。
背中がそれを物語っていましたから。さすがのわたくしも、落ち込まざるをえません。
「ふぅ」
何かといえばため息が出るばかり。
心ここにあらず。昨日のまんまです。
「ねぇねぇ、美羽ちゃんってば」
「え?あ、夏乃子ちゃんどうしました?」
「どうしました?じゃないよ。美羽ちゃんが一番どうしたの?って感じだよ」
「そ、それもそうですわね……ご心配をおかけして……」
「そうじゃなくてー」
そこで言葉を切った夏乃子ちゃんは、わたくしの顔をぎゅっと両手で包んで自分の方に向かせ、ごちんと額を合わせてきました。
「理由、聞かせて?」
それはわたくし達が小さな頃から続く、相談タイムの合図です。わたくし達はお互いに、どちらかが悩んでいるとこうして話を聞いてきました。
わたくしは観念することにしました。
放課後、校庭の片隅にあるおおきな桜の木のしたにティータイム用のテーブルがあって、わたくしたちはそれぞれの執事にお茶を入れてもらい、お話をすることになりました。
「……で、羽村さんに追い返されてしまいましたの」
昨日の出来事を詳細に話すと、夏乃子ちゃんも『はー』と大きな溜息をつかれました。
そうですわよね、やはりそういう反応になりますわよね。
「やっぱり突然すぎですわね。お友達になりたいだなんて」
「まぁ、それもあるけど……そういう話なら、まず一人の時に話した方がいいんじゃない?」
「そう、なのですか?」
「うん。玲ちゃんもよく言ってるけど、男の子ってメンツ?とかあるみたいだし。大勢の前じゃまずかったのかも」
「なるほど……」
面子(メンツ)、確かにそうですわね。不良学校の頭を張られてるぐらいですもの、あんなに手下がたくさんいる場所に、普通の女子であるわたくしが急に飛び込んだのがよくないのですわね。
きっと、羽村さんはお気を悪くされたのですわ……。
そう考えると、ますますわたくしは気分が落ち込んでいくのを感じました。
―――けれど、わたくしのこの気持ちは一晩で消えるようなものではありませんでしたわ!
わたくし、あの孤独を感じさせる後ろ姿に、いっそう好きな気持ちが高まってしまったのですもの!
「わたくし、もう一度チャレンジしてみますわ!」
「あ、美羽ちゃん元気になってきたね!」
「ええ!ありがとうございます!明日にでも、もう一度頑張ってみますわね!」
そう言って、わたくし達はお茶を飲み終えて、それぞれ解散しましたの。
その帰り道でした。
「おや、こちらの道は工事中のようですね。美羽お嬢様すみません、他の道へ行きますね」
「わかりました……」
そう返答しかけたわたくしの目に、目立つ赤い髪が目に入りましたの。
「粟嶋、車を止めて!」
そういって、車が止まるや否や、わたくしは車を飛び出ましたの。
「近くの邪魔にならないところに止めてまいります」
粟嶋の言葉に軽くうなずいたわたくしは、工事現場へと走りました。
近付くと、そこには確かにヘルメットの隙間から見える赤い髪の男性が、汗を流して動いているのが見えました。
「羽村さん!」
叫ぶと、彼はキョロキョロと辺りを見回し、私を見つけ、しかめっ面になった後、どこかへ行ってしまいました。
「羽村さん……」
「お嬢ちゃん、あっちゃんの友達かい?」
わたくしに話しかけて下さったのは、工事現場の入口で警備をしている男性でした。
「『あっちゃん』?」
「ああ、羽村 彰宏だろ?だからあっちゃん」
「ああ!よくわかりました。ありがとうございます」
「いやいや、そんなことより、あっちゃんに会いたいのなら呼んできてやろうか?」
「まぁ!よいのですか?」
「ちょっとぐらいなら、大丈夫だろ。少し待ってな」
そういうと、警備の男性は半ば引きずるように羽村さんを連れてきて下さいました。
「あっちゃんに女の子の友達がいるなんてな!あっちゃんも隅におけないねぇ!」
「ばっ、友達じゃねぇ!」
「まぁまぁ、ちょっと休憩がてら話してきな!親方には言っとくから!」
男性はわたくしに向けてにっこり笑いかけると、現場の中に戻っていかれました。
取り残された羽村さんは大きく溜息をつき、ヘルメットを脱ぎましたの。
「あの調子じゃ今戻っても入れてもらえねぇ。お嬢……美羽か、少し休憩に付き合ってくれ」
わたくしは羽村さんが休憩に誘ってくださった事、それからわたくしの名前を覚えていて下さった事に驚きを隠せませんでした。
ですので、『行くぞ』と言われてついていかない選択肢は無かったのです。