次の日の朝、わたくしは目が覚めた時に昨日の事が夢だったのではないかと思いました。
けれど、ベッドのサイドテーブルに置いてあるジュースの空き缶を見て、夢ではなかった事を思い出しました。
実はわたくし、あの後リサイクルボックスからあの空き缶を取り出して持って帰ったのです。
そうでもしないと、きっと次の日に想像上の出来事だったと思ってしまいそうで。

「夢じゃなかったんですね」

そう思うだけで、わたくしは朝からすごく幸せな気分で学校に登校出来たのです。



「それで、わたくしとうとう羽村さんとお友達になれたの!」

わたくしは朝一番に、親友の夏乃子ちゃんにご報告しちゃいました!
スマホの待ち受けにしたジュースの空き缶のお写真も、わたくしには何より輝く宝石のようなんです。

「やっぱりメンツというものが大事だったんですわね!」
「うーん、どっちかといえば観念した感じだけど……」
「え?」
「いや、何でも!とにかく良かったね」

それからのわたくしは嬉しさで頬が緩むのが止められず……。
あっという間に、時間は放課後になってしまったのです。

「……昨日の、今日というのは早すぎかしら?」

羽村さんが働く工事現場の近くで、わたくしはこっそり建物の影から様子をうかがっていました。粟嶋はもちろん近くで車を止めて待機してくれています。
ああ、どの方がそうなのでしょう。今日はあの赤い髪が見当たらず、見つけられません。
わたくしがオロオロしながら現場の方をうかがっていると、ポンとどなたかに肩を叩かれました。

「ああ、やっぱり昨日のお嬢ちゃんだ」

振り向いた先にいたのは、昨日の警備の男性でした。

「あっ、昨日はお世話になりました。あの後お礼も言えず帰ってすみません」
「いやいや、そんなのはいいんだよ。それよりも、あっちゃんは今日は休みだよ」
「そうなのですね!わたくしったら、昨日お聞きしておけば……」
「会いたいのなら、店の方に行ってみたらいいよ。きっといるんじゃないかな?」
「お店?」

わたくしが首をかしげると、警備の男性はご親切にもその『お店』の場所を教えて下さいました。
場所はここからそう遠くないところですので、車を駐車場に入れた粟嶋と一緒にむかってみましたの。

『はむら酒店』

そのお店は、薄暗くなってきた町の一角でいっそう賑やかに、明るい光を放っていましたわ。お店の中はたくさんの男性が楽しそうに話していて、そこにあの方の赤い髪が見えたのです。

「あっちゃん、これもう一本追加!」
「ちょ、勝(かつ)じいそれ以上は飲みすぎだって!娘呼ぶぞ」
「ええー?分かった、今日はこれで終わりにしておくよ」
「そうそう、そんで元気にまた来いよ」
「あっちゃんには敵わないなぁ」
「よっ、15代目!」
「持ち上げたって値段は変わんねぇかんな!茂男(しげお)!」

そう羽村さんが言うと、お店の中がどっと笑いに包まれましたわ。そして羽村さんが瓶を持って表へ出てきて……

「あ?美羽嬢、なんでこんなとこに」

私が警備の男性にここを教えてもらったことを伝えると、『ったくキワちゃんか』といって溜息をつかれましたの。
やはり、お家にまで押しかけるのは良くなかったですわよね?

ここ『はむら酒店』は羽村さんのご実家で、代々継がれてきた酒屋さんなのだそうです。
今はお父様が経営されているとの事ですが、羽村さんは時々お手伝いとしてお店で働かれているとの事でした。

「すみません、お聞きしたものの、やっぱりお邪魔ですよね」

そういってすぐ帰ろうとしたのですが……、

「お!お嬢ちゃん、あっちゃんの彼女かい?」
「え、マジで浮いた話の一つもないあっちゃんに、ついに彼女が!?」
「こりゃめでたい!もう一本追加!」
「俺も俺も!」

皆さんそう言って大騒ぎが始まってしまいました!どうしましょう!大変ですわ!

「っだー!みんなうるさい!それに彼女じゃねぇ!」

しまいには店から出てきてわたくしの方に寄ってこようとするおじさまたちを店の中に追いやると、羽村さんは何かを手に持ってつかつかと私の方に来てくださいました。

「ん、これ持って美羽嬢は家に帰れ」

ポンと渡されたのは昨日と同じ炭酸ジュース。
わたくしが受け取ると、羽村さんはわたくしに背を向けて言いました。

「ここはこの時間、酔っぱらいのおっさんばっかだから。お嬢は早く帰れ」
「わかりました……。ごめんなさい」

思わず謝ると、羽村さんはこっちに振り向きました。

「謝るこっちゃねーよ。ここにいてもおっさん達の酒のさかなにされるだけだからな」
「さけのさかな……?」
「あーまーそのなんだ、いい話題にされちまうって事!」
「そうなんですか?わたくしなら構いませんわ」

にっこり笑ってそういうと、羽村さんは言葉に詰まったような顔をして、ガシガシと頭をかいておられました。
そして、すっとわたくしに近付いて小さな声で言ったのです。

『嫁にされちまう前に早く帰れ』

「よ!?」

叫びかけたわたくしの口を慌てて手でふさいだ羽村さんは、そのまま『しー』と静かにするよう促してきました。わたくしはコクコクとうなずきます。
そっと手を離した彼はゆっくり息をはきだすと、ポンとわたくしの頭に触れた後、

「どうしても来たかったら、休日の昼間になら来てもいい」

と昨日のように後ろ手をヒラヒラと振りながら、お店の方に戻って行かれました。

「嫁……」

思いもよらないお言葉に、わたくしはしばらく立ちすくんでしまいました。
手の中の冷たいジュースが熱くなってしまいそうなほど、わたくしは顔が赤くなってしまうのを感じました。