「まーおちゃーん! 遅くなってごめんね!」
「姫依……ううん、私も今来たところだから、気にしないで。……それより今日の服、初めて見る。可愛い」

 約束の土曜日。背の低さが災いし、満員電車から抜け出すのに苦労したわたしを温かく迎えたくれたのは、親友の舞桜ちゃん。

 結斗くんが王子様なら、舞桜ちゃんは騎士様だ。同い年とは思えないすらっとした長身に、ショートボブの似合う中性的な顔立ちの大人びた美人さん。性格も優しくて真面目な確り者で、わたしとは正反対の、魅力的な女の子。
 こんな子と仲良くなれたのも、わたしの自慢の幸運だ。わたし自身に神様からのあらゆる加護が省かれた結果、完璧な周りの人達で補完している気がする。

「あ、ありがとう……えへへ、この間結斗くんとのデートで選んで貰ったんだ」
「……そう。悔しいけど似合う」
「悔しい?」
「私の方が、姫依の魅力を知ってるはず……私にも、服、選ばせて」
「えっ、うん……それは有難いけど……」
「じゃあ決まり」

 昨日の結斗くんといい、わたしを間にして二人はお互い意識し合っている気がする。
 背の高い舞桜ちゃんなら、結斗くんの隣に居ても良く映える。
 手を繋いで歩いていても兄妹に見られることのあるわたしと違い、お似合いの美男美女の組み合わせを想像して、勝手に胸が痛んだ。

「……姫依、今日はどこか見たい所ある?」
「えっ、うーん……本屋さん、とか?」
「本屋? わかった。じゃあ、本は重いから帰りに寄ろう」
「ありがとう! えへへ、新作の絵本楽しみ」
「姫依は本当に絵本好きだね……?」
「あはは……ごめんね、高校生にもなって、子供っぽいよね……」
「どうして謝るの? 姫依の好きなもの、私は否定したりしない」
「ま、舞桜ちゃん……!」

 優しげな微笑みと共に告げられた言葉に、先程一瞬感じた劣等感もすぐに霧散する。
 私の一番のお友達は、心の広いイケメンだ。嫉妬の対象なんかじゃなく、憧れにも近い。こんな素敵な子に仲良くして貰えて、本当に幸せだ。

 友達への大好きには引け目を感じたりしないのに、どうして結斗くんにだけは、純粋な好きだけで居られないんだろう。
 両想いで、これ以上ないくらい幸せなはずなのに、勝手に不安になったり、ネガティブになったりして、幸せの分苦しくなる。現実の恋は甘いだけじゃない。

 いろんな感情がぐるぐるとしてしまうのが嫌で、わたしは今日一日、いつもなら彼からのメッセージが気になって仕方ないスマホを鞄の奥に仕舞って、舞桜ちゃんと遊ぶのに集中することにした。

「それじゃ、行こうか」
「うん!」

 まずは先程話したお洋服選び。舞桜ちゃんの選んだ服を次々試着室に押し込まれて、もはや気分はファッションモデル。普段選ばない系統の服を着るのは、ちょっとした冒険だ。

「私の選んだ服を着てる姫依……尊い……」
「……舞桜ちゃんて、結斗くんと似てるとこあるよね……」
「どこが?」

 何を着ても褒めてくれる舞桜ちゃんを見て、つい結斗くんが浮かぶ。そのことにはっとして、慌てて首を振って次の店へ向かった。

「これおいしい!」
「私のも一口要る?」
「いいの? ありがとう!」
「……餌付け体験、楽しい」
「え?」

 三段重ねのアイスクリームを頬張りながら、至福の時間。結斗くんなら絶対バニラを選ぶよな、なんて、何をしていても彼のことがちらついてしまう。

「プリクラ?」
「うん、この前結斗くんと撮ったんだぁ」
「……私とは二枚撮ろう」
「えっ」

 撮ったプリクラは加工もばっちり。現実のわたしとは大違い。白い肌に大きな目、髪はつやつや。普段はしない落書きで、現実には似合わないティアラを描いてみた。

「……こんな女の子なら、結斗くんの隣でも堂々としていられるのかな」
「……? 姫依、東雲先輩と上手く行ってないの?」
「え!? あ、わたし、声に出してた!?」
「思いっきり」
「うわぁあ……」

 そのまま舞桜ちゃんに詰め寄られ、狭い落書きコーナーで逃げ場をなくしたわたしは観念し、シールを受け取りベンチで一休み。ジュース片手に突如恋愛相談が始まった。

「えっと、あの……上手く行ってないというか、わたしが勝手にうじうじしちゃってるだけで……結斗くんは、理想的な彼氏だし、欠点なんかないし」
「……。姫依が不安を感じてる時点で、彼氏失格。東雲先輩には何も伝えてないの?」
「言えるわけないよ……自信ない、なんて、わたしのせいでしかないのに」

 結斗くんは、何も悪くない。優しくて、格好良くて、わたしのことを大切にしてくれる、世界一素敵な王子様。
 釣り合わないと感じてしまうのは、わたしが性格含めこんなだからだ。

「自信がないって、どこら辺が?」
「えっ。ええと、全部……?」
「……姫依は、可愛い」
「え」
「無邪気な笑顔も、甘い声も、小さな背も、ふわふわの髪も、全部可愛い。存在が奇跡」
「え、あの」
「……って、東雲先輩がよく言ってる」
「!?」

 フォローの予想外な方向に、思わず目を見開く。しかし舞桜ちゃんは気にした様子もなく、スマホを操作してある画面を見せてくれた。

「……こ、これは……」
「さっきのファッションショー、自慢してやった」

 わたしがスマホを封印してる間に彼氏と美人の親友がメッセージのやり取りをしているのも中々ショッキングなのだが、それ以上に、その内容に衝撃を受ける。

『天使か??』
『何で俺この場に居ないんだ、ワープ技術の進歩はよ』
『まっ、え、むり、姫依しか勝たん……』
「……わ、わたしの強火オタクだ……」
「私も負けない」

 過去のメッセージを遡っても、二人の会話はほとんどわたしに関する内容だ。浮気の心配は皆無だった。

「……こんなのを見ても、まだ釣り合わないとか気にする? 私達の想いより、周りの目が気になる?」
「……、ううん、ありがとう、舞桜ちゃん」
「また何かあれば言って。私は、姫依の味方。東雲先輩くらい、秒でぶちのめす」
「ぶちのめしちゃダメだよ!?」

 大切に想われているのも、二人が本心からわたしを可愛がってくれているのを改めて理解して、じんわりと心が温かくなる。
 その後は予定通り本屋に寄って、気になっていた絵本を買って、舞桜ちゃんと駅で別れ帰路に着いた。

 しかし、家まで待ちきれずについ電車の中で袋から取り出した絵本の表紙を眺めていると、近くに居た同じ年頃の子達にくすくすと笑われて、恥ずかしくなってすぐにしまう。
 きっと、絵本なんて子供っぽいと笑われたのだろう。好きなものをまっすぐ好きでいることすら難しいこの世界で、わたしなんかを大切にしてくれる結斗くんと舞桜ちゃんの強さを、改めて理解した。

 家に帰りつき、子供の頃から変わらない子供っぽい部屋に戻ると、わたしは溜め息混じりにベッドに飛び込み、改めて戦利品を広げて、ぱらぱらと捲る。今日買った絵本はどれも、可愛いお姫様が出てくるハッピーエンドのお話ばかりだ。

「あなたは、幸せ? 愛してくれる王子様と結ばれて、……ねえ、その後は?」

 ありもしない最後のページの向こう側を見ようとして、わたしは裏表紙を撫でる。
 キラキラとしたお姫様と王子様の笑顔。愛されて、大切にされて、幸せで満たされて。でも、それがずっとだなんて保証はどこにもないのだ。

 今彼から向けられている愛情を疑う訳じゃない。舞桜ちゃんの言葉も、とっても嬉しかった。結斗くんの気持ちは、ちゃんと受け止めているつもり。

 けれど、そんな熱量でずっと居られる訳がないのだ。

 一体いつ飽きられる? 全肯定されるからと調子に乗ったら最後、何か嫌なことをしてしまわない?

 好感度が高ければ高い程、幸せであればある程、失くした時の落差は大きいものだ。そんな見えない未来を想像して、不安になる。

「……こんなわたし、大嫌い」

 与えられる愛情と幸せを、先の不安に駆られて素直に満喫できない、可愛くないわたし。
 相談に乗って貰えて、慰めて貰えて、それでもひとりでぐるぐるしてしまう、救いようのない子。
 はじめから、こんなわたしがお姫様になりたいなんて分不相応だったのだ。


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