夏とはいえ、もう十七時半すぎ。
あたりはまだ明るいけれど、夕方模様な空の下。
私と四季坂部長は、私の自宅と学校の中間くらいにある、神社の階段を上っていた。

「デート練習部存続のため、不真面目な奴は入部お断りなんだけど、この理由を抜いても、元々僕は真面目な子が好きなんだ」

私の先を行く部長が言う。

「不良ぶってる冬羽悟も、女好きといわれてる夏央も、芯は真面目でいい奴らなんだ」

返事できないほどしんどいわけじゃないけど、この長い石段、結構つらい。

「だから推薦を受けて調べて、銀城さんが真面目な人だと分かって、『やったね!』と思った」
「ほとんどの人は、私程度には真面目だと思いますよ」
「そうかな? たぶん銀城さんが思っているより、キミは真面目ないい人だよ――っと、到着!」
「そうでしょうか?――はぁ、やっと一番上までこれた……」

自分のことを悪人だとは思っていないけど、絶対に善人でもない。
だから『真面目でいい人』だなんて言われると、背中がムズムズする。

「どうしてこの神社が、『お楽しみのボーナスステージ』なんです?」

拝殿へと続く参道の端を、部長と並んで歩く。

「ご利益があるって、有名で評判だから。銀城さんはこの四月に転校してきたばかりだし、知らないんじゃないかと思って」
「確かに初耳です」
「やっぱりね!」

部長は腰に両手をあて、得意気に胸をそらす。

「この神社って、何のご利益で有名なんですか?」

拝殿にたどり着いた私たちは財布を取り出し、賽銭箱に硬貨を投げ入れる。

「一番は良縁成就だけど、お願いしたいことを祈ればいいと思うよ」

二回お辞儀をし、二回柏手を打ち、もう一度お辞儀。心の中で願い事をとなえる。

「何をお願いしたか、聞いていいかい?」

三回くり返し願って目を開ければ、隣に立つ部長に聞かれた。

「……『父が駄々をこねませんように』」

素直に言うか迷った私の言葉に、部長は当然、首をかしげた。

「何年も前から約束してはいるんですけどね。念のため」
「うーん、ちょっと分からないな。銀城さんのお父上は頻繁(ひんぱん)に駄々をこねる、困った大人なのかい?」
「家族愛が強くて、家族と一緒にいたいから、単身赴任するのを嫌がる父親なんです」
「ふむ?」
「私は小学一年生の時からずっと、毎年四月に転入して三月に転校する、転校しまくり人間なんですよ」
「それって、一年ごとに転校してるってことであってる?」

部長の問いに、私はうなずく。

「だから、高校生になったら転校することが絶対にありませんように、とお願いしたんです。アハハ、変なお願いですよね」
「そんなことはない。銀城さんの真剣な願いなんだろう?」

臆病な私が引いた予防線に、部長は引っかからなかった。
私の胸の中で、『茶化さないでくれて嬉しい』っていう花が、ぽんと咲く。
そして同時に思った。
私という存在のデメリットを説明しなきゃ、と。

「はい。――だからですね、四季坂部長」
「うん、何だい?」
「みんなからたくさんデート練習のイロハを教えてもらっても、私は一年きりで退部することになるんです。その労力、もったいなくないですか?」

もしかしたら嫌味っぽく聞こえたかもしれない、私のこの言葉。
だけど部長は間髪あけず、返事をよこしてきた。

「もし銀城さんが明日転校するとしても、僕は今日無駄なことをしたとは、絶対に思わない。むしろ逆に、依頼者から推薦されなければ知りあわなかっただろうキミと、今こうして一緒にいられることを嬉しいと思う」
「えっ……」
「銀城さんは複数人から推薦があった人であり、僕がぜひ部員に欲しいと思った人物なのだよ。自信を持ちたまえ!」

部長は親指を立てた右手を、私へぐっとつきだす。
また心の中で新たに、『嬉しい』の花が咲いた。

「自信って……どんな種類の自信を持てっていうんです?」
「そりゃぁキミが他人からデートをしたいと思われるくらい、魅力的な人物っていう自信だよ」
「いまだにそれ、信じられないです」
「銀城さんにはデート練習以外に、そっちも指導が必要なのかな?」
「うーん、分かりません」
「話を戻すが、今回もまた来年三月に転校するとは、まだ決まっていないのだろう? そんな先のことなんて、今考えなくていいと思うぞ。 ――あ」
「どうかしましたか?」

部長は財布を取り出すと、また賽銭箱へ硬貨を投げ入れ、手を合わせた。

「今年度は銀城さんが転校せずにすみますよーに!」
「――なっ」

カケラほども予想していなかった、部長の言葉。

「キミは有望で大事な部員だからな!」

部長がウィンクしてきて、そのキラキラ感に目がくらんだ私は、一歩後ずさる。

「さて、そろそろ帰ろう」

部長は勢いよく(きびす)を返し、大股で来た道を戻って行くから、私も急いで追いかける。

「おっ! 見たまえ銀城さん、あそこに虹が出ているぞっ!」
「本当だ! きれいですね」
「これはきっと願いが叶う気がするな!」
「適当すぎません?!」

夕焼け空にうっすらとかかる七色の虹。
本当に願いが叶うかはともかく、ちょっとくらいはイイコトが起こりそうかも?

「今日の記念に、これをあげよう」

前を歩いていた部長が立ち止まってふり返り、本日のデート練習のメニューを書いた扇子を、ひょいと投げてきた。
私、見事にキャッチ!

「ありがたくもらってあげます」

ニヤッと笑い、軽口を叩く。
虹並みに根拠なんてないけど、ラッキーアイテムって感じがした。



部員たちと連続でデート練習をした私は、その後三回依頼をこなしたんだ。
そしたら、「中々悪くないっぽいから、この調子で頑張ってくれたまえ」と、いう言葉を部長からもらうことができました!

だからってわけじゃないんだけど――転校するまでは部員でいてあげてもいいかな、なんて思っていたりして。
荒療治だけど、コミュ障を治すいい機会だと思わなくもないし。
幸いなことにまだ、「イケメンに囲まれて調子のってんじゃねーよ!」という文句も、言われてないしね。

そうそう! なんと長谷川さんがデート練習を申し込んでくれたの!
その時に、夏休みになったら森さんも含めて三人で、プールと夏祭りに行く約束をしてしまった……!
転校したらすぐに友達じゃなくなってしまうことが嫌で、クラスメイトたちと距離をとっていたけど……やっぱり友達とワイワイ過ごすのって楽しいな。