デート練習最終日の水曜日。
最後は四季坂部長との練習。
今日の待ち合わせ場所は正門じゃなく、部室。

「お疲れ様です……」
「やあ、銀城さん」

私が小さな声で挨拶しながら部室の扉を開くと、部長はすでに来ていた。

「夏央や冬羽悟と練習してみて、どうだった?」
「そうですね……色々と勉強になったような、そうでもないような……」
「はっきりしないな! まぁいい。今日は僕とのデートを楽しみたまえ!」

練習なのに、楽しんでいいの?

「これを見よ! これが今日のデートプランだ。受け取りたまえ」

部長はズボンのウエストに差していた扇子を開き、突き出して見せてきた。
わ! 無地の白扇子に、達筆で何やらたくさん書いてある。
私は扇子を部長の手からとり、書いてある文字を読み上げる。

「えーっと、何々……
『ドキドキ★花水木中学校七不思議ツアー!
①体育館脇にある女子トイレの一番奥の個室にいるという、花子さんに会いにいこう☆
②体育館では夜中、体育教師の霊がボールをついているらしいよ! 本当かな?
③夜になると理科室の人体模型が動き出して、校舎を徘徊(はいかい)するんだって☆
④美術室にはってあるモナリザの目が光るらしいんだけど……それって画ビョウな気がする!
⑤図書室のどこかにミイラが隠されているらしいから、探してみよう!
⑥深夜、誰もいない音楽室からピアノを弾く音が聞こえてくるらしいけど、今日は特別に僕がピアノを弾くね!
⑦全部知ると呪われるらしいので、ツアーは六ヶ所見学して終了☆
⑧ボーナスステージも用意してあるから、お楽しみに!』」

これ、全部部長が考えて書いたの?
……この人なら上機嫌で書きそう、というか書くな。
短いつきあいだけど、すごく納得できてしまう。
それにしても、花水木中学校七不思議ツアーか……。いいね!
私、怖い話好きだし、学校の七不思議とか超興味あるし!



何やらご機嫌な部長と一緒に部室を出て、まずは体育館脇のトイレへ向かった。

「花子さんはいるかい? いたら僕にも紹介してくれたまえよ」

女子トイレだから入れない部長が、トイレ入り口に立ち、中にいる私へ話しかけてくる。

「いないので、紹介できませんね」

今、私はドキドキワクワクしている。
だけどそれを態度にだすのが恥ずかしくて、興味ないですって感じで、無愛想に返事をした。

「おや、それは残念」
「次行きましょう」

私は足早にトイレから出る。
古くて日当たりも悪く、利用者も少ない体育館脇のトイレ。
怖い話好きだし、もう中二だし、本当に花子さんがいるなんて思ってない。
でもこのトイレ、不気味だから……長居したくないっ。

「怖いなら、僕と手をつなぐかい?」

トイレから出てきた私に、部長は握手を求めるみたいに、手を差し出してきた。
少しだけだけど怖じ気づいたの、見抜かれた?
それともただのデートテクニック?

「結構です」

私は部長の手を無視し、次の場所へと足を向けた。



二番目は、『体育教師の霊が夜中にボールをついている』というウワサのある、体育館。

「今夕方だけど、壁にそってぐるっと一周歩いてみる?」

部長の提案にしたがい、歩いてみたら――

「お、四季坂じゃん。こんなとこにデートに来るなんて、場所のチョイス間違えてんぞー」
「四季坂先輩見れるなんて超幸せ〜! 同じクラスの人、毎日見れてうらやましい〜!」
「なぁなぁ天詩、今度練習試合があるんだけど、助っ人してくんね?」
「天詩先輩の横の子誰?――え、デート練習部の新入部員?! 女子も入部できるんだ?!」

部長は数歩進むごとに話しかけられたり、キャーキャー騒がれたり、遠くからたくさんの人に話題にされたり……。
その有名人っぷりと人気者っぷりに、私は唖然とするしかなかった。
最初に森さんたちから、「四季坂先輩は男女両方から人気だよ」と、聞いている。
入部しろと押しかけられていた時に、いつでもどこでも注目度が高い人だとは思っていた。
でもそれはあくまで伝聞だったし、私は逃げるのに必死だったし。
夏央先輩も鐵くんもキャーキャー騒がれていたけど、その比じゃない。
変わり者だけど、すごい人なんだな、部長って……。



部長の人気っぷりに、私がひそかに動揺した体育館の後は、理科室の人体模型を見学に行った。
その次は美術室。
扇子に書いてあった予想通り、モナリザの目には金の画ビョウが刺さっていて、部長と二人で笑ってしまった。
図書室のどこかに隠されているミイラも、二人で適当に探してみた。
でもぼっち気味の私は、図書室には用事がない放課後に、よく行っているの。
だからどこの棚も本がみっちりで、ミイラなんて大きな物を隠す場所がないことは、知ってたんだけどね。

七不思議ツアーの最後は、『深夜、誰もいないのにピアノを弾く音が聞こえてくる音楽室』。

「ピアノ、得意なんですか?」

音楽室のシンボルのようなグランドピアノ。
そのすぐ横に私は立つ。

「これから弾くから、それはキミの耳で確かめたまえ。曲のリクエストはあるかい?」

今日は特別に弾いてくれるという部長が、ピアノ用のイスに座り、鍵盤の上へ指を乗せる。

「じゃあカノン! 弾けますか?」
「もちろんだとも」

部長は不敵な笑みを浮かべた後、静かに深呼吸。
あ、これって本気の気配……!
ぴんと張った空気に私は圧され、その発生源である部長を見つめてしまう。
彼の白く長い指は、迷いなく正確に白と黒のキーの上を動き、美しい音色が部屋中に広がる。
――そうして最初から最後まで私の視線を釘付けにしたまま、彼は最後の音を押し、そっと両手を膝の上に置いた。

「どうだった?」

能天気っぽい部長の声にはっと我に返り、私は慌てて力一杯拍手する。

「す、すごい! すっごい良かったです!」
「そうだろう、そうだろう! 楽しんでもらえたようで、僕も嬉しいよ。そしてもっと誉めてくれてもいいんだよ!」

部長は得意気な顔で、『猫踏んじゃった』をゆったりテンポでを弾きはじめた。

「部長は依頼者と、いつもこんな遊び心あふれるデートをしてるんですか?」
「まさか。相手のことをちゃんと知らないとできないから」

ん?
『相手のことをちゃんと知らないと』ってことは、部長は私のことを『ちゃんと知ってる』ってこと?
部長はいつ私のことを、『ちゃんと知った』の?

「……私、部長にホラーが好きって話、しましたっけ?」
「いいや。事前調査で知ってたから」

事前調査?! 何それ?!

「あの、四季坂部長――事前調査、とは?」

問えば、ピアノを弾く部長の指が一瞬止まる。

「私の事前調査なんて、いつしたんですか?」

再開された『猫踏んじゃった』は、テンポが早くなっていて、どこかぎこちない。
動揺しているということは、後ろ暗いような調査をしたってこと?!

「たぶん怒らないので、教えて下さい」

部長が鍵盤から手を下ろし、音楽室内が静かになる。

「絶対に怒らないかい?」
「……たぶん」
「スカウトしに会いに行く前にキミのこと、色々調べさせてもらったのだよ。スカウトってそもそもそういうものだけど……ストーカーみたい、キモい! って思ってる?」
「キモいというか、怖い、ですかね……」

確かに考えてみれば、スカウトする前に相手のことを調べるのは、当たり前だよね。
だけど、知らないうちに自分のことを調べられてるって……何だか嫌だし、怖いなって。

「うちの部ってさ、教師ににらまれてて、問題が起これば即解散なデリケートな部だろ。だからヤバイ奴は入部させられない。よってキミの評判や行動をね、少々調べさせてもらった」
「……そうでしたか。私のホラー好きを知ったのは、私が図書室でよく怖い話の本を借りていたからですか?」
「その通り! 銀城さん、ご明察だね!」

部長は一瞬テンションを上げて私を見たけど、すぐに「ごめんネ」とうつ向いた。

「尾行されてたの、まったく気がつきませんでした」
「そこは、『さすが僕』ってことだね!」

うつ向いたままだけど、その声は得意気で。
この人、すぐ調子に乗るな……。
でも同時に、慎重な人でもあるみたい。
ノリと勢いだけで生きている人だと思っていたけど、実はそうでもないんだね。

「でも調べたのは学内と帰り道だけで、それ以上のプライベートには、踏み込んでいないと誓う」

部長が顔を上げ、「許してくれるかい?」と弱々しく聞いてきた。
私は十秒くらい考えるふりをした後、「今回だけですよ」と答えた。
先生たちににらまれ、毎週生徒会へ活動報告書を提出するという面倒があるのに、私と同じコミュ障である鐵くんのため、部長は部の存続を頑張っているんだもん。
だから今回は特別に、不問としてあげます。

「四季坂部長。お楽しみのボーナスステージはどこですか?」