夏央先輩に家まで送ってもらった翌日、火曜日。
本日の放課後は、イケメンで不良な、鐵冬羽悟くんとのデート練習。
「……こんちはっス、銀城先輩」
鐵くんは私より先に、待ち合わせ場所である正門前にいた。
昨日の夏央先輩と同じく、彼もピンクと緑の腕章を左腕につけている。
かたわらに自転車が停めてあるということは、鐵くんの家は学校から遠いのか。
家から学校まで一定以上の距離がないと、自転車通学は許されていないから。
「こ、こんにちは、鐵くん。手間かけさせて申し訳ないんだけど、今日はよろしくね」
昨日の夏央先輩ほどじゃないけど、女の子たちが遠巻きに、羨望の視線を向けてくるのを感じる。
「……ウス」
「うん……」
会話がっ、会話が続かない!
私以外にもう一人いるコミュ障部員は、鐵くんで確定です!
「……」
「……」
沈黙がツラい! 練習投げ出して帰りたい!
でもそんなこと出来ないし!
頑張れ私! 昨日の夏央先輩とのデート練習を思い出せ!
「えっと、その……鐵くんが行きたい場所ってあったりする?」
「……コンビニ行っていい?」
「もちろん!」
「でもオレが行きたいコンビニ行くと、十分ちょっとくらいかかるぜ?」
「全然平気。どこのコンビニ?」
「ミルク缶ロゴの青いコンビニ」
「そっか。じゃあそこへ行きましょう」
そう言って歩きだして、たぶん五分くらいたった現在。
自転車を押して歩く鐵くんと、地面を見ながら歩く私の間には、また沈黙があった。
天気と気温の話は開始二分で終わったし、次は何を話せばいいの?!
コミュ障同士の組み合わせって、マジで地獄だね!
「……気にすんなよな」
「な、何をかな?!」
脳内で必死に話題を探す私に、鐵くんがふいに話しかけてきた。
「デート練習した相手からの苦情、オレにも来てるから」
「そうなの?」
信じられない、といったニュアンスで返事をしたけど、鐵くんもコミュ障なんだから、そりゃそうなるか。
苦情きてたの、私だけじゃなかったんだ……よかった。
「もう分かってると思うけど、私ってコミュ障なんだよね。だから全然ダメで」
へへへ、と苦笑いしながらカミングアウト。
「銀城先輩もコミュ障なのか?!」
私がデート練習をすることになった原因を、鐵くんは知らなかったみたいで、驚いている。
「え、ええ。恥ずかしながら……」
「ふーん……クールで孤独を愛する人系だと思ってたから、すげぇ意外。……先輩は嬉しくないだろうけど、同類発見でオレは少し嬉しいかも」
不器用にはにかむ鐵くん、可愛いかも。
たぶんこれ、ギャップ萌えっていうのだ。
「実はうちの部って、天詩くんがオレのために作ってくれた部なんスよ」
「え、そうなの?」
昨日夏央先輩は、『高貴たるものの義務』という理由で作った、と言っていたけど?
「あ! 天詩くんじゃなくて、天詩部長!――オレ、部長とはちっちぇころからのダチなんスけど、学校でそういうとこナァナァにするのは、良くねぇと思うから」
そういうところで上下関係を気にするのは、さすが不良って感じだ。
「創立理由は、イケメンのノブレスオブ何とかがどうの、と聞いていたんだけど?」
「それは建前」
鐵くんは警戒するように周囲をキョロキョロ見渡し、声と眉をひそめて言う。
「部員以外の奴には言わないで欲しいんだけど……オレ、花水木中に入るために、ド田舎から引っ越してきたんスよ。マジでド田舎もド田舎な、小さな離島から」
「そうなの? あまりそんな風には見えないけど?」
鐵くんに洗練されたオシャレさはない。
でも彼がコンプレックスを持っていると思われる、田舎っぽさも感じない。
「そりゃ田舎者と舐められないために、頑張ってるからだよ! これでもな!」
否定的なこと言ってないのに、何故か鐵くんににらまれた。怖い……。
「オレが今年の三月までいたのは、小学生と中学生あわせても十人もいなくて、高校行くためには船に乗る必要があるような島でな。両親が『このままじゃ子供たちにいい教育を受けさせられないから』と言って、この春に島を出て、都会に引っ越してきた」
花水木市はすごく都会というわけではないけれど、一応政令指定都市。
鐵くんの出身地である島と比べたら、十分に都会だろう。
鐵くんと四季坂部長が幼なじみということは、部長も元々は離島出身なのかな?
あ、でも大病院の跡取り息子なんだっけ。うーん?
「昔から、色んなものがある都会に憧れてた。だから不安はあっても、引っ越すことに文句はなかったんだけどよ……」
「うん」
「赤ん坊のころから知ってる、少数の人間とだけ生活してた環境と違いすぎるし、島には年の近い女子なんていなかったら、同級生女子と何話せばいいかマジ分からん! しかもオレはコミュ障ときてる……」
鐵くんは唇を噛み、ひたいの汗を手の甲でぬぐった。
「話をまとめると、『デート練習部は、女子との接し方が分からない、鐵くんのために作られた』と……」
「女子に限らず、オレが人間全般にもっと慣れて、脱コミュ障するためだ。現状、女子からしか申し込みきてねーけどな」
デート練習部創設の真実は、『練習』するのは依頼者じゃなく、部員の方だったとは! びっくりだよ!
けどまぁそれはコミュ障の私と鐵くんの話であって、部長と夏央先輩はコミュ強だから、建前通りちゃんと依頼者が練習できるんだけど。
「な、なるほど……」
コミュ障を治すためのやり方としては、斜め上もいいところな方法だと思う。
でも自分にもすごく負担がかかるのに、幼なじみの鐵くんのためにわざわざ部活を立ち上げた部長って――優しくていい人だったりするのかな?
だけどなぁ……あの部長だしなぁ……。
「面白そうだから」程度の気持ちでも、作りそうだよね。
どっちだろう? と、考えている間に、目的のコンビニへ到着。
お店の前に自転車をとめ、鐵くんとコンビニへ入る。
「鐵くんはデート練習して、コミュ障治ってきてる気配する?」
「島から出てきてすぐよりは、断然マシになってる……と思う。銀城先輩ともこうして話せてるし。話せる話題、しゃべりつくしちゃうと詰みっスけど」
「それ、すごく分かる」
私は大きく深くうなずく。
今はお互いの共通点である、部活とコミュニケーション難について話してるから、会話が続けられてる感じ。
「何買うの?」
「買うってゆーか、対象商品三つ買って『もらう』んだ」
鐵くんは「コレを」と、レジ近くにある商品を指差す。
「え、それ?!」
本当に純粋な驚きからだったんだけど、批判的にも聞こえる声を発してしまった。
だって鐵くんが指差したのが、イケメンがたくさん登場する、女子人気の高いアニメのクリアファイルだったんだもん。
「ち、違う! オレが好きで買うんじゃない! 妹に頼まれただけだ! 誤解すんな!」
鐵くんが顔を赤くし、早口で怒ったように弁解してくる。
よく考えてみれば、そのアニメの原作は少年マンガだから、鐵くんが好きでも驚くことじゃないんだよね。
全面的に私が悪いです。ごめんなさい。
「私もこのアニメ見てるし、原作も読んでるよ。――鐵くん、妹さんがいるんだ? 何歳なの?」
うかつな自分の発言を反省しながら、批判じゃないと遠回しにフォローし、話題を変える。
「オ、オレも妹が見るから見てる。……妹は今小三。妹の下にもう一人、小一の弟もいる」
「じゃあ鐵くんは三人きょうだいの、一番上なんだね」
見た目不良な鐵くんだけど、家では面倒見のいいお兄ちゃんしてそうな気がする。
「四百二十二円になりまーす」
対象商品を三つ買い、妹さん希望のキャラクターのファイルをゲットし、コンビニを出る。
鐵くんは自転車のカゴへ荷物を放り込み、スタンドをガチャンと足で払って、サドルへまたがる。
ここで解散するのがいいかな?
「歩いて帰ると時間かかって暑いから、乗れよ」
「え」
鐵くんが左手で自転車の荷台を叩く。
ま、まさか二人乗りしようって言われてる?!
「でも私、デカくて重いから……」
私の身長は百六十八センチもあるからね……。
「平気っスよ。オレもデカいし。てゆかオレからしたら、銀城先輩くらいがちょうどいいっていうか」
ちょうどいい?! 何が?!
「だから気にせず乗れって。あっという間に家まで送り届けるからよ」
「何がちょうどいいの?」と、コミュ障の私が追及したら、ドツボにハマる気がした。
それにもう、これから何を話せばいいか分からなくなってしまった。
「……重かったら言ってね」
そんなわけで私は、鐵くんの自転車の荷台に座る。
自転車の二人乗りだなんて、すごく青春でキュンでキラキラじゃん。
素で誘ってきたっぽい鐵くん、キミは本当にコミュ障ですか?
本日の放課後は、イケメンで不良な、鐵冬羽悟くんとのデート練習。
「……こんちはっス、銀城先輩」
鐵くんは私より先に、待ち合わせ場所である正門前にいた。
昨日の夏央先輩と同じく、彼もピンクと緑の腕章を左腕につけている。
かたわらに自転車が停めてあるということは、鐵くんの家は学校から遠いのか。
家から学校まで一定以上の距離がないと、自転車通学は許されていないから。
「こ、こんにちは、鐵くん。手間かけさせて申し訳ないんだけど、今日はよろしくね」
昨日の夏央先輩ほどじゃないけど、女の子たちが遠巻きに、羨望の視線を向けてくるのを感じる。
「……ウス」
「うん……」
会話がっ、会話が続かない!
私以外にもう一人いるコミュ障部員は、鐵くんで確定です!
「……」
「……」
沈黙がツラい! 練習投げ出して帰りたい!
でもそんなこと出来ないし!
頑張れ私! 昨日の夏央先輩とのデート練習を思い出せ!
「えっと、その……鐵くんが行きたい場所ってあったりする?」
「……コンビニ行っていい?」
「もちろん!」
「でもオレが行きたいコンビニ行くと、十分ちょっとくらいかかるぜ?」
「全然平気。どこのコンビニ?」
「ミルク缶ロゴの青いコンビニ」
「そっか。じゃあそこへ行きましょう」
そう言って歩きだして、たぶん五分くらいたった現在。
自転車を押して歩く鐵くんと、地面を見ながら歩く私の間には、また沈黙があった。
天気と気温の話は開始二分で終わったし、次は何を話せばいいの?!
コミュ障同士の組み合わせって、マジで地獄だね!
「……気にすんなよな」
「な、何をかな?!」
脳内で必死に話題を探す私に、鐵くんがふいに話しかけてきた。
「デート練習した相手からの苦情、オレにも来てるから」
「そうなの?」
信じられない、といったニュアンスで返事をしたけど、鐵くんもコミュ障なんだから、そりゃそうなるか。
苦情きてたの、私だけじゃなかったんだ……よかった。
「もう分かってると思うけど、私ってコミュ障なんだよね。だから全然ダメで」
へへへ、と苦笑いしながらカミングアウト。
「銀城先輩もコミュ障なのか?!」
私がデート練習をすることになった原因を、鐵くんは知らなかったみたいで、驚いている。
「え、ええ。恥ずかしながら……」
「ふーん……クールで孤独を愛する人系だと思ってたから、すげぇ意外。……先輩は嬉しくないだろうけど、同類発見でオレは少し嬉しいかも」
不器用にはにかむ鐵くん、可愛いかも。
たぶんこれ、ギャップ萌えっていうのだ。
「実はうちの部って、天詩くんがオレのために作ってくれた部なんスよ」
「え、そうなの?」
昨日夏央先輩は、『高貴たるものの義務』という理由で作った、と言っていたけど?
「あ! 天詩くんじゃなくて、天詩部長!――オレ、部長とはちっちぇころからのダチなんスけど、学校でそういうとこナァナァにするのは、良くねぇと思うから」
そういうところで上下関係を気にするのは、さすが不良って感じだ。
「創立理由は、イケメンのノブレスオブ何とかがどうの、と聞いていたんだけど?」
「それは建前」
鐵くんは警戒するように周囲をキョロキョロ見渡し、声と眉をひそめて言う。
「部員以外の奴には言わないで欲しいんだけど……オレ、花水木中に入るために、ド田舎から引っ越してきたんスよ。マジでド田舎もド田舎な、小さな離島から」
「そうなの? あまりそんな風には見えないけど?」
鐵くんに洗練されたオシャレさはない。
でも彼がコンプレックスを持っていると思われる、田舎っぽさも感じない。
「そりゃ田舎者と舐められないために、頑張ってるからだよ! これでもな!」
否定的なこと言ってないのに、何故か鐵くんににらまれた。怖い……。
「オレが今年の三月までいたのは、小学生と中学生あわせても十人もいなくて、高校行くためには船に乗る必要があるような島でな。両親が『このままじゃ子供たちにいい教育を受けさせられないから』と言って、この春に島を出て、都会に引っ越してきた」
花水木市はすごく都会というわけではないけれど、一応政令指定都市。
鐵くんの出身地である島と比べたら、十分に都会だろう。
鐵くんと四季坂部長が幼なじみということは、部長も元々は離島出身なのかな?
あ、でも大病院の跡取り息子なんだっけ。うーん?
「昔から、色んなものがある都会に憧れてた。だから不安はあっても、引っ越すことに文句はなかったんだけどよ……」
「うん」
「赤ん坊のころから知ってる、少数の人間とだけ生活してた環境と違いすぎるし、島には年の近い女子なんていなかったら、同級生女子と何話せばいいかマジ分からん! しかもオレはコミュ障ときてる……」
鐵くんは唇を噛み、ひたいの汗を手の甲でぬぐった。
「話をまとめると、『デート練習部は、女子との接し方が分からない、鐵くんのために作られた』と……」
「女子に限らず、オレが人間全般にもっと慣れて、脱コミュ障するためだ。現状、女子からしか申し込みきてねーけどな」
デート練習部創設の真実は、『練習』するのは依頼者じゃなく、部員の方だったとは! びっくりだよ!
けどまぁそれはコミュ障の私と鐵くんの話であって、部長と夏央先輩はコミュ強だから、建前通りちゃんと依頼者が練習できるんだけど。
「な、なるほど……」
コミュ障を治すためのやり方としては、斜め上もいいところな方法だと思う。
でも自分にもすごく負担がかかるのに、幼なじみの鐵くんのためにわざわざ部活を立ち上げた部長って――優しくていい人だったりするのかな?
だけどなぁ……あの部長だしなぁ……。
「面白そうだから」程度の気持ちでも、作りそうだよね。
どっちだろう? と、考えている間に、目的のコンビニへ到着。
お店の前に自転車をとめ、鐵くんとコンビニへ入る。
「鐵くんはデート練習して、コミュ障治ってきてる気配する?」
「島から出てきてすぐよりは、断然マシになってる……と思う。銀城先輩ともこうして話せてるし。話せる話題、しゃべりつくしちゃうと詰みっスけど」
「それ、すごく分かる」
私は大きく深くうなずく。
今はお互いの共通点である、部活とコミュニケーション難について話してるから、会話が続けられてる感じ。
「何買うの?」
「買うってゆーか、対象商品三つ買って『もらう』んだ」
鐵くんは「コレを」と、レジ近くにある商品を指差す。
「え、それ?!」
本当に純粋な驚きからだったんだけど、批判的にも聞こえる声を発してしまった。
だって鐵くんが指差したのが、イケメンがたくさん登場する、女子人気の高いアニメのクリアファイルだったんだもん。
「ち、違う! オレが好きで買うんじゃない! 妹に頼まれただけだ! 誤解すんな!」
鐵くんが顔を赤くし、早口で怒ったように弁解してくる。
よく考えてみれば、そのアニメの原作は少年マンガだから、鐵くんが好きでも驚くことじゃないんだよね。
全面的に私が悪いです。ごめんなさい。
「私もこのアニメ見てるし、原作も読んでるよ。――鐵くん、妹さんがいるんだ? 何歳なの?」
うかつな自分の発言を反省しながら、批判じゃないと遠回しにフォローし、話題を変える。
「オ、オレも妹が見るから見てる。……妹は今小三。妹の下にもう一人、小一の弟もいる」
「じゃあ鐵くんは三人きょうだいの、一番上なんだね」
見た目不良な鐵くんだけど、家では面倒見のいいお兄ちゃんしてそうな気がする。
「四百二十二円になりまーす」
対象商品を三つ買い、妹さん希望のキャラクターのファイルをゲットし、コンビニを出る。
鐵くんは自転車のカゴへ荷物を放り込み、スタンドをガチャンと足で払って、サドルへまたがる。
ここで解散するのがいいかな?
「歩いて帰ると時間かかって暑いから、乗れよ」
「え」
鐵くんが左手で自転車の荷台を叩く。
ま、まさか二人乗りしようって言われてる?!
「でも私、デカくて重いから……」
私の身長は百六十八センチもあるからね……。
「平気っスよ。オレもデカいし。てゆかオレからしたら、銀城先輩くらいがちょうどいいっていうか」
ちょうどいい?! 何が?!
「だから気にせず乗れって。あっという間に家まで送り届けるからよ」
「何がちょうどいいの?」と、コミュ障の私が追及したら、ドツボにハマる気がした。
それにもう、これから何を話せばいいか分からなくなってしまった。
「……重かったら言ってね」
そんなわけで私は、鐵くんの自転車の荷台に座る。
自転車の二人乗りだなんて、すごく青春でキュンでキラキラじゃん。
素で誘ってきたっぽい鐵くん、キミは本当にコミュ障ですか?