期末テストが終わった、金曜日の夜。
部のグループSNSに、四季坂部長からのメッセージが投稿された。

【期末テストお疲れ様
週明け月曜日から部活再開です
ですが再開から最初の三日間は、銀城さんのデート練習にあてます
スケジュールは以下の通りです

・(月) 夏央が先生役で練習
・(火) 冬羽悟が先生役で練習
・(水) 四季坂が先生役で練習

練習する時は腕章つけるのを忘れないように!
みんなヨロシクね〜】

メッセージを読んだ後、私は右手で両目をおおい、無言で天井を仰いだ。
逃げられないのか……。



七月の第二月曜日の放課後。
私はデート練習部のピンクの腕章をつけ、学校の正門前で夏央先輩を待っていた。
使えない奴すぎて、即クビになると思ってたのになぁ。
まさか今日から三日間、デート練習の指導をされることになるとは……。
夏本番の灼熱の日差しに、私は枯れたヒマワリみたいに下を向く。

「お待たせしてしまいすみません、銀城ちゃん」

美声と共に、強烈な太陽光線がすっとさえぎられた。

「あ……夏央先輩」

顔を上げると、本日の先生役である夏央先輩が、すぐ側に立っていた。
白い日傘を私へとかたむけて。
え? 日傘?

「使って下さい」

夏央先輩が、目をぱちくりさせている私に、日傘の柄を握らせる。

「でもこれ、夏央先輩の……」
「銀城ちゃんに使って欲しいな、と思って持ってきたんです」
「えっと」
「レースがついた白くて可愛い日傘は、俺には似合わないですし」

察しの悪い私だけど、ここまで言われたら断る方が失礼ということは分かる。

「……ありがとうございます」
「気にしないで下さい。俺が自己満足で持ってきただけですから」

夏央先輩が優美に微笑む。
うわー! 初手から『女子人気ナンバーワン!』がすぎる!
横を通りすぎていく女の子たちも、夏央先輩を見てキャァキャァ黄色い声をあげているし。
デ、デート練習部ってここまでしないといけないの……!?
気がきかない私には、一生無理ですっ。

「先輩、それは?」

夏央先輩の右腕には部の腕章の下に、緑地に『指導中』と白抜きされた腕章がつけられていた。

「今朝、天詩から渡されたんです。万が一にも誤解をうまないようにって」
「誤解をうまないようにするの、確かにすごく大事ですね!」

勘違いからの逆恨み……なんて、まっぴらごめんだもん。

「一見無茶苦茶な奴に思えるかもしれませんが、天詩ってわりと気遣いができる奴なんですよ。――それでは、今日は楽しく俺とデートしましょうね」

あのー! 『練習』っていう大事な単語が抜けてます!
これも依頼者を満足させるテクニック、だったりするのかな?
だけど笑顔で言われたら……絶対本気にしちゃう子いるよ。危険!

「今日はよろしくお願いします」

と私が頭を下げ、並んで歩き出してから一分もたたないうちに、夏央先輩が『さすが!』なことを言った。

「カバン重くないですか? 俺、持ちますよ」

二人の間で揺れていた私のカバンへ、夏央先輩が手を伸ばす。

「い、いえ! 自分で持てます! 大丈夫です!」

私は慌ててカバンを抱きかかえる。

「そうですか? では、日傘もあるし持ちにくいかも? と思ったら、いつでも教えて下さいね。持ちますから」

非モテには刺激が強すぎて、日傘をさしてるのに、熱中症になりそうなんですが!

「銀城さん、行きたい場所ってあります?」
「特には……」
「こうも暑いと、冷たいの飲みたくなりません?」

いたずらっぽく笑んだ夏央先輩が私をつれて向かった先は、コーヒーチェーン店だった。

「今日から一週間だけ全品百円引きだと、同じクラスの人が教えてくれたんです」

夏央先輩は店の扉を開け、日傘をたたむ私を先に店内へ通してくれる。
ハァー……エアコンの冷気が気持ちいいー。

「学校帰りにこんな場所へ寄り道するの、はじめてです」

小学生時代は寄り道なんて言語道断! て感じだったし、中学生になってからは一緒に寄るような友達がいないし。
だからといってはじめてが、こんなイケメン先輩とになるなんて。
人生、何が起こるか分からない。

「ふふ。銀城ちゃんのはじめてにご一緒できるなんて、俺はラッキーですね」
「わ、私のはじめてなんて、全ッ然たいしたことないですよっ」

あああ甘いー! 言葉が甘いー!

「銀城ちゃんは何にしますか?」
「そうですね……上にアイスがのってる、コーヒーフロートにします」

夏央先輩は「昨日、臨時収入があったから」と、大変ありがたいことに私の飲み物代も払ってくれた。
注文したものを店員さんから受け取り、席を探す。
店内は混んでいたけど、運良く窓際のカウンター席があいていたから、私たちはそこへ並んで座った。
さっそくストローに口をつけ、バニラアイスが浮かぶコーヒーを吸う。

「冷たくて美味しい! 夏央先輩、ありがとうございます」

キンと冷えた美味しい飲み物に、暑さで削られた体力が一気に回復した気がした。

「お礼の言葉は先ほどもいただきましたし、もう十分ですよ。――ねぇ銀城ちゃん。もっと他に、俺に言いたいことや聞きたいこと、ないですか?」

うーん……「花水木中学の女子全員の顔と名前、覚えてるって本当ですか?」とは聞きずらいな。実はずっと気になっているんだけど。
あ、そうだ!

「四季坂部長とは、いつから仲良しなんですか?」
「天詩とは中一の時同じクラスになって以降、ずっとつるんでますね。不思議と気があうんです」
「へー。デート練習部は部長が作ったと聞いているんですが、何故こんな部活を作ったのか、夏央先輩はご存じですか?」

大抵の人は、イケメンとデート練習できたら嬉しいだろうから、需要があるのは分かる。
でもイケメンが、その需要にこたえるメリットが分からない。

「ノブレスオブリージュの精神、らしいですよ」
「ノブレス……何ですか、それ?」
「『高貴たるものの義務』という意味です。あくまで慈善活動的部活なんです」
「まだちょっと意味が……」
「イケメンとデートしたい子は多いのだから、その期待に応えましょう――ということです。もちろん、下心なく、デレデレすることもなく」
「何それ。――あっ」

ヤバイ! つい批判的なこと言っちゃった!
私は急いで手で口をおおうも、今さらすぎる。
だけど夏央先輩は気分を害した様子もなく、「そういう反応になりますよね」と笑った。

「チャラくてナルシストで上から目線! と思う人もいると、分かっていますよ。実際、面と向かって言われたこともありますしね」

うわ、直に言われるとかしんどい!

「優しいですね。そんな顔をしてくれるなんて」

思わず眉間にシワを寄せた私を見て、夏央先輩が言う。

「女の子と話すの、俺は普通に好きなんですよ。男同士ではしない会話ができて、楽しいんです」
「夏央先輩ならデート練習部に入らなくても、女の子とお話しし放題なのでは?」
「そうかもしれませんね。でも、完全個人で予定を組んで、色んな子とデートをすると……問題が起こることが多いんです」
「あ、それはそうかも……」

ワタシイガイトデートシナイデー! などなど……起こりそうなトラブルが容易に想像できる。

「だけど間に部活をはさむと、仕事感が強くなるせいか、感情の粘着力が弱まっていいんですよ。だから部活動としてデートする方が楽だな、というのが俺の感想です」

うーむ……とりあえず夏央先輩は、今好きな人がいないってことは分かった。
でもそれは私含めて、部員全員そうか。
片思い相手がいたら、こんな部になんて入ってられないよね。

「あとは、普段縁がないような子ともデートできるのがいいなって。デート練習部ができる前は、『デートしよ!』と誘ってくるのは、言えちゃうタイプの活発な子ばかりでしたから」

なるほど。
本人と対面しないで申し込めるメールフォームは、大人しい子がモテる先輩にデートをお願いするのには、いいシステムだよね。

「男子とデートするのも楽しいのかもしれないのですが、男性からの申し込みはまだ誰も受けたことがないので、どう感じるかは未知ですね」
「女子しか申し込めないと誤解されいてる、と部長が言ってましたね」
「うん。同性でも全然話したことない相手っていますから、そういう人としゃべってみたいんですけどね」

もしかしたら夏央先輩って『無類の女好き』じゃなく、男女問わず密なコミュニケーションをとるのが、好きなだけの人なのでは?

「銀城ちゃんは、デート練習部の活動嫌いですか?」
「それは、その……」

はい、好きじゃないです。
私は初対面の知らない人と話すのが苦手な、人見知りだから。

「天詩が強引に入部させたようですが、嫌なら言って下さい。俺が何とかしますから」

いいんですか?!――と言いそうになったけど、迷う。
夏央先輩経由で退部したいと伝えるのって、あり?

「嫌というか……私、人見知りなんです。部長には、『デート練習をすることでコミュ障を治していこう!』と、言われましたけど」
「あはは! 天詩ったら荒療治なこと言いますね!」
「はい、本当に……」
「銀城ちゃんが退部を望んでいること、俺が天詩に伝えましょうか?」

お願いしたいけど、直談判せずに夏央先輩に頼むのは、ズルイ気がした。

「いいえ。退部する時は、自分で部長に言います」
「そうですか、偉いですね。今後、困ったことがあったら言って下さい。俺は銀城ちゃんの味方ですから」
「ありがとうございます」

夏央先輩って、ヤバイ。
話上手かつ聞き上手なイケメンな上に、こんなにも他人を優しく気遣えるなんて、そりゃあモテるに決まってる!



私たちはコーヒーを飲みながら小一時間ほど楽しくしゃべり、店を出た。

「少しは参考にできそうなデート、俺はできたでしょうか?」

店前で解散とはならず、夏央先輩は私を自宅前まで送ってくれた。

「高度すぎて真似できるかあやしいですが、楽しかったです。今日はありがとうございました」

借りていた日傘をたたみ、夏央先輩へ差し出す。

先輩は「どういたしまして」と言い――日傘の柄じゃなく、日傘を持つ私の手にふれた。

「またデートしましょうね。銀城ちゃんさえよければ、部活関係なく」

夏央先輩の手が私の手にふれていたのは、ほんの数秒。
私の手から日傘の柄へと、先輩は手をすべらせて移動させ、日傘を取り戻す。

「次に会えるのは、金曜日のボランティアになりますかね。それでは、また」

ほんの数秒のことなどなかったような顔で夏央先輩は笑み、去って行く。
「部活関係なく」って何?!
ウルトラプレイボーイが私相手に本気出しすぎというか、反則技使いすぎでは?!