四季坂先輩は、今しがた私が記入した入部届を四つにたたみ、胸ポケットへ入れる。

「では、部室へ行こうじゃないか」
「え?」
「ほらほら立って。カバン持った? よし、ついておいで!」

私はうながされるまま、先輩の後について空き教室を出て、廊下を歩く。
押しかけられるようになってから実感していることだけど、四季坂天詩という人は、本当に有名人だし目立つ。
今もほら、すれ違った一年生男子が、「あっ」という目で先輩を見た。
女子とすれ違った場合、結構な確率で、キラキラした眼差しを向けられているし。
コミュ障陰キャの私としては、ただ先輩の側にいるだけで、いたたまれない気分になる。

「毎週金曜日が、デート練習部部員全員出席必須の、定例会の日なんだ。よって金曜日だけは、デート練習はなし」
「はぁ、そうなんですね」
「面倒くさ! という気持ちを隠さない銀城さん、イイね!」

何が面白いのか、先輩はハハハと愉快そうに笑う。

「あ、そうだ! 僕のことは四季坂部長でも、天詩部長でも、シキテン部長でも、好きに呼んでくれて構わないから」
「では四季坂部長。デート練習部の部室って、どこにあるんです?」

移動教室などでも行かない方向へ進んでいくので、ちょっと不安になる。

「生徒会室の隣」

生徒会室がどこにあるかを、まず知らないんですが。

「何故そんなところに部室があるかというと、うちの部に信用がないからなんだよねぇ。先生たちは生徒会に、うちの部を監視させたいってワケ」
「か、監視?!」

衝撃的すぎる言葉が返ってきたんだけど?!
学校に認められていない非公式な部だけど、四季坂部長は先生たちに好かれているから――というようなことを、森さんたちが言ってた気がするんですけど?! 違うの?!

「僕は生徒会の役員たちとも親交があるし、そんなことしてもムダなんだけどね」

部長がやれやれといった様子で、肩をすくめる。

「デートの練習するだけの部なのに、先生たちが文句つけてきてさー。破廉恥だとか不純異性交遊がどうとか……ヒドイと思わない?」

うわぁ、どうしよう。
よりにもよって、先生たちににらまれている部に入ってしまったよ……。

「だから非公認の部だし、強制的に生徒会室の隣だし、金曜日に定例会して『一週間問題をおこしませんでした』の書類、提出しなきゃいけないんだよね。困った困った!」

少しも困った様子じゃなく、またハハハと部長が笑う。
さっき書いた入部届、無効にならないかな……。



「じゃーん! ここがデート練習部の部室だぞぅ」

重い足取りでたどり着いた先は、事務室からほど近い一階のすみっこの、辺鄙(へんぴ)な場所だった。
部室の扉は教室のような引き戸ではなく開き戸で、銀色のドアノブがついていた。
隣の部屋の扉の上には、『生徒会室』とプレートが掲げられている。

「ここ、元は物置だからせまいんだけど、気にしないように。――ただいまー! 新入部員の銀城秋良さんをつれてきたぞー」

しゃべりながら四季坂部長がノブを回し、扉を開ける。
思っていたよりは広かった室内には、すでに残り二人の部員がいた。

「おせーよ」

不機嫌な声でそう言ったのは、部屋奥にある窓の、すぐ横に立つ男の子。
とても背が高くて、短く青い髪に、水色のするどい瞳。
制服を着崩していて、両耳に銀のピアスをしている。
どう見ても不良! という容姿と雰囲気なので、この彼が一年生の鐵冬羽悟くんだろう。

「まぁまぁ。色々と仕方ないですから」

部屋中央に置いてある長机に腰かけていたのは、葉月夏央先輩。
ハーフアップにしたワインレッドの髪は、うらやましいほどにつややか。
私へと向けられる微笑みには品があって、三人の中で一番落ち着いているように見える。

「さぁ銀城さん、入った入った!」
「……失礼します」

イケメンしかいない部屋へ、恐る恐る入る。

「もうウワサで知っていそうだけど、銀城さんにうちの部員を紹介しよう!」
「は、はい」
「彼が副部長の葉月夏央。僕と同じ中学三年生。ちなみに僕と同じクラスで、席は僕の右隣!」

四季坂部長は葉月先輩に近寄り、親しげに肩を組む。
そういえば、二人は親友なんだっけ。

「よろしくお願いしますね、銀城ちゃん。俺のことは葉月先輩じゃなく、夏央先輩って呼んでくれると嬉しいです」

おおっと! いきなり名前呼びをリクエストとはっ!
あ、森さんが夏央先輩は「無類の女好きともウワサされてるけどね」と、言ってたな。
なるほど……。

「そして窓の近くにいる身長百八十三センチが、鐵冬羽悟。無駄にデカイけど、まだ一年生」
「『無駄にデカい』は余計だろ」

森さんたちから昨日聞いた、追加情報を思い出す。
鐵くんは今年の四月に花水木市に引っ越してきて、花水木中学に入学した、私と同じ新参者であるらしい。
……チャラいタイプの不良じゃなく、硬派な感じの彼が、何故『デート練習部』なんていう軟派な部に入ったんだろう?
間違いなくイケメンだから、デートしたい需要があるのは分かるんだけど。

「ということで、銀城さんも挨拶して」
「は、はいっ。二年A組、銀城秋良です。よろしくお願いします」

私は早口で自己紹介した後、ぺこりと素早く頭を下げた。
あぁもう、自己紹介って何度やっても慣れない。本当に苦手。

「銀城さん、何か質問ある? 今なら何でも答えてあげよう」
「ええと、今のところは特に……」

聞かなきゃいけないことは色々ある気がする。
だけど急に聞かれても、ぱっと思いつけないよ!

「そう? まぁ困ったことがあったら、いつでも聞いてくれたまえ」

部長はにこーっと人懐っこい笑みを浮かべ、私へ左手を差し出してきた。

「あらためて、これからよろしくね。少しずつ仲良くなっていけたらと思ってるよ!」
「こ、こちらこそ……」

私は差し出された手を、そっと握り返す。
無表情を装っているけど、実はかなり緊張していたり。
だって男子の手を握るのなんて、小学生ぶりくらいなんだもん。
部長の手……大きいし、意外に皮膚固くてゴツゴツしてて……。
あああ! 手汗めっちゃかく! 恥ずかしい!

「では自己紹介も終わったことだし、ボランティアしに行こうか!」

部長は私と握手し終えた手で、パンと机を叩いて言った。

「ボランティア、ですか?」

デート練習部が、何でボランティア活動?

「入部して早々にすみません。うちの部って、先生たちからにらまれてるでしょう。だから信頼度と好感度を上げるため、金曜日はボランティア活動をすることになっているんです」

夏央先輩が苦笑し、腰かけていた長机から下りる。

「一週間の報告をする、定例会をやるんじゃなかったんですか?」
「大丈夫大丈夫、ボランティアしながら僕が聞き取り調査して、報告書をまとめるから」
「入部していきなりボランティアとか、そりゃ驚くわな」

へらへら笑いながら答える部長へ、鐵くんがあきれた様子の視線を送る。

「そんなわけだから、銀城さんにも軍手と火バサミとゴミ袋渡すね。今日は学校近くの広場のゴミ拾いをするんだけど、ガチらず気楽にやればいいから」
「あ、はい……」

部長が戸棚やロッカーを開け、新品のそれらを私へ次々手渡してくる。

「最後にこれも」

軍手をはめた私の手の上に、縦十センチ横二十センチくらいのピンク色の布が置かれた。

「これは?」
「うちの部の腕章。活動する時はつける決まりだから、なくさないように」
「デート練習の時、これをつけておかないと誤解されるおそれがありますし、ボランティアの時は『デート練習部イイコトしてますよ』って、アピールできますから」

いつの間にか私の隣に来ていた夏央先輩が、補足して教えてくれる。
ピンクの布をつまみ上げると輪になっていて、『デート練習部』という文字が、金色の糸で刺繍されていた。
「なるほど」と私が納得すると、鐵くんが「行くぞ」と部室の扉を大きく開けた。



学校から徒歩五分の場所にある、そこそこ大きい広場が、今日のボランティア場所だった。

「学校近くにこんな場所があったんだ……」

私は今年の四月に転校してきたばかり。
ただの広場でも物珍しく感じて、キョロキョロしてしまう。

「夏央ー! デート練習部のボランティアー?」

わっ!
広場を囲む金網の外に、緑のリボンをつけた三年生の女子の先輩がいる!

「そうですよー」
「熱中症にならない程度に頑張ってねー!」
「ありがとうございますー」
「今度デート練習しようね!」
「はい、申し込み待ってますねー」

ギャルっぽい二人組が夏央先輩に大きく手をふり、キャイキャイ騒ぎながら去って行く。

うわ、よく見たら広場の外に女の子たちが結構いて、こっちを見てるんですけど!
あの子たちってたぶん、部長や葉月先輩や鐵くんのファンだよね。
「あの女が例のスカウトされたって奴か……」と、思われてそう……。
――ん? 何で彼女たちは、広場の中に入ってこないんだろう?

「部ができたばかりのころは、部員以外でもやりたい人は誰でも、ボランティア参加オッケーにしてたんだけどね」

すぐ近くにいた部長が、私の頭の中の疑問を読み取ったかのように言う。

「少々面倒臭いことが起きたから、金曜日のボランティアは部員以外、参加禁止になったのだよ」

部長は火バサミで空き缶を拾い上げると、持っていたゴミ袋へポイと入れた。
面倒臭いことって、イケメン部員をめぐる、ファン同士のいざこざな気がする……。

「そんなことがあったんですか」
「マジうぜー」

いつの間にか私の後ろにいた鐵くんが、吐き捨てるように言う。
ううーん……押しに負けて入部してしまったけど、絶対に負けてはいけなかったのでは?
私これから、イジメにあったりするのかなぁ?
憂鬱すぎる。



ゴミ拾い開始から三十分くらいたったころ、急に小雨が降りだした。

「雨強くなりそうだから、本日のボランティア活動は終わり!」

そう言って部長が走りだしたから、急いであとを追いかけて、学校に戻った。
昇降口で各自、ハンカチやタオルで濡れてしまった身体をふく。

「銀城さん、風邪ひかないようにね。傘持ってきてる?」
「はい」

夕方から雨が降るかも、という天気予報を朝見たから、ちゃんと傘を持ってきてあるよ。

「天詩部長こそ、持ってきてるのかよ?」
「部室に置き傘があるから大丈夫。置き傘は何本かあるから、持ってきてないようなら、冬羽悟もそれを使うといい」
「じゃあ一本貸せ。人のことばっか心配してないで、天詩部長も風邪ひくなよな」

鐵くんて年下なのに、部長のことを苗字じゃなく、名前で呼ぶんだね。
部長も鐵くんのことを名前で呼ぶし、二人は仲良しっぽい?

「はいはい、分かってますよって」
「天詩って意外に結構、風邪引きやすいんだから、本当に気をつけるんですよ。もちろん銀城ちゃんもね。油断大敵です」

夏央先輩の言葉に、私はうなずいて返す。
あまりそうは見えないけど、部長って身体が弱かったりするのかな?
当たり前だけど、分からないことばっかりだ。

この後全員で部室へ戻り、部のグループSNSに私が渋々参加させられた後、やっと部活初日が終わった。