今日から夏服へ衣替えな、六月最初の月曜日。
花水木中学校の女子の夏服は、(えり)に一本紺ラインが入った白いブラウスと、チェックのライトグレーのプリーツスカート。
私は転校しまくっているから、制服も色々着てきたけれど、結構可愛い制服だと思う。
夏冬共有の、学年ごとに色が違う胸元の青いリボン以外は新品なせいもあって、気分はよりアガる。

私は機嫌良く一日をすごし、吹奏楽部が奏でる音を遠くに聞きながら、一人で帰宅する。
どうせ一年で辞めることになるから、部活には入っていないんだ。
でも高校生になったら、転勤について行かなくてよくなるから、部活に入る予定。
何の部活に入ろうかな?
それこそ吹奏楽部にする? 楽器扱えるってカッコいいよね。
家庭部もいいかも。
学校でクッキーとか作れちゃうし、それを友達や片思い相手にあげちゃったり……なーんてね!

楽しい未来を妄想しつつ、学校の正門を出てからたぶん五分くらいたったころ。
後ろからすごい勢いで走ってきた男子生徒が、私を追い抜かした。
でも彼は十メートルくらい先で急ブレーキをかけ、立ち止まった。
どうしたんだろう?
私が不思議に思っていると、その人はくるりとふり返り、逆走してきた。
あっ!
先週の金曜日、女子トイレの窓から見た金髪のイケメン、四季坂先輩じゃない!

「やぁやぁこんにちは! 二年A組の銀城秋良さん!」

四季坂先輩は私の約三メートル手前くらいで足を止め、大声で元気よく話しかけてきた。
何でうちの学校の有名人が、私の名前やクラスを知ってるの?

「こ、こんにちは……?」

つられて立ち止まった私は半歩下がる。
(モブ)なんかにいったい何の用なんだろう?

「僕は三年C組、デート練習部部長の四季坂天詩という者だ! はじめまして!」

近距離真正面から見ると、本当にさわやかでカッコいい人だな。
襟に紺ラインが入った半袖ワイシャツに、三年生だということを示す緑色のネクタイ、チェックのライトグレーのズボンという、男子夏制服をモデルのように着こなしている。

「はじめまして……」

状況がよく理解できないまま、とりあえず私は小さく頭を下げた。
すると四季坂先輩はずんずん歩いてきて、私との距離を一気に一メートルにまで縮めてきた。近いよ!

「ボーイッシュ系かと思っていたんだが――長く美しい黒髪に、長身。そして凜としたたたずまい……孤高の美少女……なるほどなるほど……」

四季坂先輩はアゴに手をあて、私をじろじろ見ながらブツブツつぶやき――叫んだ。

「合格ッ!」
「何が?!」

反射的に聞き返せば、四季坂先輩はとんでもないことを言ってきた。

「銀城秋良さん、キミのデート練習部への入部を認めよう!」
「で、デート練習部に入部?! 私が?! 何で?!」
「フム、一応うちの部のことは知っているみたいだね。まぁ今一番ホットで、日々校内の話題をかっさらっている部活だから、当然か」

とてつもなく自信満々だな、この人。

「そういうことだから、うちの部へ入りたまえよ、銀城さん」

『そういういうこと』とは?!
話がつながらなすぎですよ?!

「な、何故ですか……? それに私、女なんですけど」
「現在男子部員しかいないためよく勘違いされるのだが、デート練習部は部員も利用者も、性別を問わないのだよ」
「あ、そうなんですね。すみません、勘違いしてました」

今どうでもいいことだけど、四季坂先輩って話し方が少々古風だな。

「気にすることはない。次に、キミを勧誘している理由だが――うちの部の利用者からリクエストが来てね」
「リクエスト?」
「そう。『カッコいい女の子とデートしたーい』『男の子とデートする前に、女の子と練習デートしたーい』という、リクエスト」

あ、嫌な予感。

「『具体的には誰と?』と僕が利用者に尋ねたところ、キミの名前が複数人から出たから、こうしてスカウトしに来たってわけだ!」

四季坂先輩が、人差し指でびしりと私をさす。

「キミ、『クールで孤高で大人っぽくて物静かで素敵!』と、評判だよ」

え、そんな素敵な勘違いをしてくれている人がいるんだ?
ありがたや――ではなく!

「遠慮します」
「それはデート練習部への入部を、ということかい?」
「はい」
「うちは他の部とかけ持ちでも、全然構わないよ」

私は首を横にふる。
すると四季坂先輩は、子供のように唇をとがらせた。

「ええー? 何故かな?」
「私コミュ障なので、いきなりよく知らない人とデートは無理かなって……」

嘘偽りのない、本心からの理由。

「大丈夫、気にすることはない。何故なら、コミュ障の部員はすでに一人いるからな!」
「え?!」

その人、よく入部したな!?
というか誰?
絶対に、今目の前にいる四季坂先輩ではない。
森さんたちから受けた説明的に、葉月先輩でもないと思う。
そうすると一年生の鐵くんが、私と同じくコミュ障なのかな?
もしそうなら、不良らしいけど、勝手にシンパシーを感じてしまうな。

「銀城さんもデート練習をすることで、コミュ障を治していこう!」

ムリムリムリムリ!
荒療治すぎる! 私には無理!

「コミュ障治らなくていいので、入部はしません! 失礼します!」

私は一礼した後、持っていた学生カバンを胸に抱き、四季坂先輩の横をダッシュで抜ける。

「おっ、銀城さん足早いな! 僕はキミの入部をあきらめないぞー! バイバーイ、また明日ー!」

はぁー?! 勘弁してよぉー!
イケメンしかいない部に入るだなんて、絶対に私やっかまれて、学校の女子全員から嫌われるじゃん!
そうなると分かってるのに、入るわけないでしょー!



デート練習部にスカウトされた、翌日の掃除時間。

「あの、二人とも……ちょっとだけ相談してもいいかな……?」

昨日、四季坂先輩から、「デート練習部に入りたまえ!」と勧誘されたこと。
私という人間に、初対面の相手とデートの練習ができるようなスペックはないこと。
これらを森さんと長谷川さんに言っていいものか、正直悩んだ。
でも私一人じゃ、解決方法が思いつかなくて。
だけど『三人よれば文殊の知恵』、と言うじゃない?
だから私はデッキブラシでトイレの床をこすりながら、二人に相談してみた。

「――大人気イケメンしかいない部に、私なんかが入部するとか、無理がありすぎだよね。どうしたら上手く断れると思う?」

一部始終説明し終え、大きく深いため息をつく。
四季坂先輩が私を勧誘しにきた理由は、複数人の利用者からの推薦らしいけど……無理があるでしょ。
はっ!
もしかして私、知らぬ間に多くの人から怨みを買ってしまっていたりするの……!?

「マジかって感じで驚きだけど、銀城さんなら『なるほどなー』と、納得できるというか」

トイレブラシを持ったまま腕を組んでいる長谷川さんが、真面目な顔で言う。

「銀城さんは背が高くて美人で、クールだものね。下級生の子が『お姉さまとデート練習したい!』と思って、推薦したのかも?」
「私、美人でもクールでもないけど……?」
「またまたー! 謙遜(けんそん)しなくたっていいし!」

私の身長は百六十八センチだから、背が高いのは事実なんだけど……二人に気を使わせちゃってる。
あーぁ。身長、百六十センチ以内で止まって欲しかったな。
『秋良』という名前も、たびたび男の子と間違えられるしさ。
悪あがきで髪を伸ばしているけど、小さくて華奢で可憐な女の子になりたかったよ……。

「『キミの入部をあきらめない』とか、『また明日』とか言われたけど、本気だと思う?」
「四季坂先輩にウソつくイメージないから、どの程度かは分からないけど、本気ではあると思うよ」
「わたしもハセっちに同意」

うわー……マジかー……。

「だけど入部の意思がないなら、入部届に名前を書かなければいいわけだし!」

落ち込む私に気づき、森さんがフォローしてくれる。

「そうそう! もし入部することになったとしても、あたしが銀城さんにデート練習申し込むし。あたし相手だったら少しは気が楽に……ならない?」
「わたしも申し込むよ、銀城さん!」

長谷川さんと森さん、なんていい人たちなんだろう。
クラスに馴染めずにぼっちしている私を、いつも気にかけてくれているだけでも感謝してるのに……本当にありがとう!

「入るつもりはまったくないけど、万が一入部してしまったら、ぜひそうしてくれると嬉しいな」

万が一にも入部しないのが、一番いいんだけどね……。



「やぁ、昨日ぶり! 元気にしてたかい? 入部届持ってきたから、ここに名前を書きたまえ」

帰りのホームルームが終わったら、即帰ると決めていた。
だがしかし、敵のクラスは私のクラスより早くホームルームを終えていて。

「にゅ、入部はしませんっ」

クラスメイトからの、「あっ、四季坂先輩だ! え、何? 銀城ってばデート練習部に勧誘されてんの?!」という視線にたえられない私は、昨日のように走って逃げ出す。
――だけど。
この日の放課後以降、四季坂先輩は休み時間ごとくらいの勢いで私のクラスへ訪れ、入部を迫ってきた。
あきらめが悪い。しつこい。最悪。絶対に入部しない!
そう思っていたのだけど……結局私は負けてしまった。
何度断られてもあきらめない先輩の不撓不屈さにだけじゃなく、クラスメイトどころか学校中からの、好奇な視線やヒソヒソ話に。

「……書けました」
「ありがとう! 受理させてもらうね!」

最初にスカウトされた日から五日たった、金曜日の放課後。
逃げ込んだ先の空き教室の片すみで、とうとう私は入部届けに名前を書いてしまった。

一年ごとに転校するから、入るだけ無駄と思って帰宅部してた私だけど……どうせ入るなら、もっと普通の部活がよかったなぁ。
全校の女子から嫌われるのが決定したし、来年の三月に転校するまで、登校拒否したい気分……。