私と四季坂部長が、二人だけの秘密な両片思いになった後。
何故か椿くんもデート練習部の部員になり、ボランティア活動日は以前より、やかましいものになった。
私は「どうせ後一ヶ月だし、なるようになれー!」と、神経図太く部活を続けることにし――クリスマスイブと二学期の終業式が重なった日、花水木中学校から転校した。

年が明けた一月からは、花水木中学からすごく離れた土地にある学校に通うことになった。
そこで私は、「高校生になるまでは親しい友達を作らない」という考えを捨て、久々に友達作りを気楽に頑張ることにした。
離れたら切れてしまう関係でも、それは最初からそういう縁だったんだ。
これからの人生、私はまだまだもっと、たくさんの人たちと出会う。
その人たちの中にはきっと、ずっと友達でいられる人も必ずいる。
そう考えて。

すると引き寄せの法則とでもいうのか、前向きになった私に、いいことが起こったの!
なんと! 転校後も部員全員と、森さん長谷川さんとの友情は、フェードアウトしなかったんだ!
みんなとずっと今もメッセージのやり取りは続けていて、夏央先輩と鐵くんなんて、夏休みに私に会いに来てもくれた。すっごく嬉しかった。
その時に夏央先輩と鐵くんを、近くにある大きいショッピングモールへ連れていったんだよね。
そしたらそこで、転校先でできた友達と偶然会ったんだけど、友達が二人のイケメンぷりにびっくりしていたのが、少し面白かったな。

――あ、その時より半年くらい時間を巻き戻して、私が転校した翌々月の二月頭。
部長と夏央先輩から、【桐壺大学附属高校に合格した!】という連絡が来たんだ。
となると約束を果たすため、私も絶対に桐壺大附属に合格しなきゃでしょ。
だから私は一生懸命勉強して受験して、今年の二月――見事合格しました!



明日が桐壺大学附属高校の入学式、という日の昼下がり。
私は一日フライングで新しい制服を着て、神社の境内に立っていた。
四季坂部長とデート練習をした、私と彼が両片思いになった、あの神社に。
うん、そう。
今私は彼を待っているの。
気が急いてじっとしていられなかったから、約束の時間よりだいぶ早く来てしまった。
でも空は青く高く晴れているし、桜の木を背にし、薄ピンクの花びらがひらひらと舞う中待つのは、悪くなかった。
悪くないどころか、風情があっていいんじゃない? なんて、思った時だった。

「お帰りなさい、銀城さん」

一昨年のクリスマスイブぶりに聞く、両片思い相手の機械ごしじゃない、生の声。

「ただいまです、四季坂部長」

私は白を基調としたセーラー服のプリーツを揺らし、参道の端をこちらへと歩いてくる彼へ、数歩近寄る。

「すまない。待たせてしまったね」

桐壺大学附属高校の純白の学生服は、まるで部長のためにあつらえたみたいに、彼にとてもよく似合っていた。
天詩という名前のくせに、これじゃ天使じゃなく、まるで王子様じゃない。
カッコよすぎて、ズルい。

「私が早く来すぎただけなので、気にしないで下さい」

さりげなく腕時計へ目をやれば、まだ約束の時間より十五分くらい早い。
部長も私と同じく、ソワソワして早く来ちゃったのかな? そうだったらいいな。

「桐壺の制服、よく似合ってる」
「ありがとうございます」

好きな人に誉められて、顔がだらしなくゆるみそうになるのを、必死でこらえる。
今日この時は可能な限り、今までの人生で一番綺麗で可愛く、上品でいたいもん。

「ご両親を説得できたようでよかったよ」
「結構骨が折れましたけど、何とか」

私が「桐壺大学附属高校を受験して、そこの寮に入る」と宣言した時、案の定親は――特に父が、「これからも家族一緒にいたい! 娘と離れたくない!」と、ごねた。
だけど私は「昔からの約束でしょ!」と強く突っぱね、今回の転勤は母だけついて行っている。

「制服を着ているということは、やっぱり在校生はもう、学校はじまってるんですね」
「ちょうど今日からね。今日が始業式だったから、こんな時間にこんなところにいられるのだよ」

今、私と部長の距離は、だいたい三メートルくらいかな。
あああ! これまでの超遠距離と比べると本当に近くて、緊張度がどんどん上がっていく!

「ところで、銀城さん」

部長、ストップ! もうこれ以上歩いてこないで!
私と部長の距離、残り二メートルくらいしかなくなっちゃったから!
生部長自体に、久々すぎてまだ慣れてないんですっ!

「ど、どうかしました?」
「僕はもう『部長』じゃない。元部長だ。デート練習部自体、なくなっちゃったし」

四季坂部長と夏央先輩卒業後、残された鐵くんも椿くんも、次の部長にならなかった。
そのためデート練習部は、自動的に廃部になったと聞いている。

「デート練習部なんていう部の部長ができるのは、四季坂部長くらいと思いますから……仕方ないかなって」

実際本当に健全な部活ではあったのだけど、トンチキでハレンチな部活だ! と、先生たちから目をつけられていたからね……。
人望と文武両道という実績が部長くらいないと、引き継ぐのは難しいと思う。

「ウーム、そうだろうか? そんなことはないと思うぞ?――って、また『部長』って言った!」
「気をつけますけど、そんなすぐにすぐ、直せませんよ」
「『四季坂先輩』。はい、リピートアフターミー!」
「四季坂先輩」
「『天詩先輩』でも構わないぞ」
「それはちょっと……」

右の手の平を四季坂先輩へ向け、待ったをかける。
『部長』から『四季坂先輩』への変更でも、トキメキ度が百くらい上がるのに、名前呼びなんて本気で無理です!
呼ぶたびに私の顔が、絶対にゆでダコみたいに真っ赤になっちゃう。

「秋良さん、と呼んでいい?」
「ふぇっ?! だ、ダメです! まだ早いですっ!」

顔全体が、一瞬でぶわっと熱くなる。
私が部長――じゃなくて、四季坂先輩を名前呼びしなかったからって、先輩が私を名前呼びしなくていいから!
キュンキュンどころじゃなく、ギュンギュンに心臓がしめつけられて、私死んでしまう!

「それは残念。――さて、今日が約束の日になるのかな、と思うのだけど」

胸の上に手をあて、平静を取り戻そうとしている私に、彼が本題を切り出してきた。

「そうですよ。だから今、こうして会ってるんじゃないですか」

ゆっくり大きく、深呼吸。
まだ顔は赤いだろうけど、大丈夫。

「僕はあれからずっと、一日もキミを思わない日はないのだけれど。キミは……どう?」

尋ねてきた彼の顔は珍しく無愛想で、でもほほはふんわり赤い。
あれ、これってもしかしなくても……四季坂先輩も緊張してる?

「私は――」

でも絶対、先輩より私の方が緊張してるって自信、ある。

「――私も、同じです」

マラソン大会で走り終わった直後みたいに、耳の奥の血管がドッドッドッと、うるさいほどに激しく脈打つ。

「私も四季坂先輩のことが、今も変わらず好きですっ」

私がすべてを言い終わるより早く、彼は二メートルあった距離を一気にゼロにし、私を抱きしめた。

「僕もだよ。大好きだ、秋良さん」

耳元で、彼のテノールが優しく響く。

「だ、だから名前呼びは、まだ早いですって……!」

言葉だけじゃなく、身体でも気持ちを伝えたいというみたいに、ぎゅうっと強く抱きしめられて。
両思いのとてつもない甘さに私、今にも失神してしまいそう。

「じゃあ今日から一緒に、恋人ってものを学んでいこう。――もちろん、僕ら二人だけでね」

ちょっとだけ身体を離した彼は、キザっぽくウィンク。
バカバカバカ! どこまで何回、私をキュン死させるつもり?!
でも、負けてなんてやらないんだから!

「望むところです。受けて立ちましょう」
「え、何それ。秋良さんカッコいい」
「だ、だから! まだ名前呼びはダメだって言ってるじゃないですか!」

あぁもう、四季坂天詩には敵わない。
とってもとっても大好きです。
ずっと一緒にいて下さいね!


*終*