ピンクのウィッグを失い、茶色のショートカットをあらわにした謎の人物は、パイプイスに座らされ、イスと一緒にガムテープでぐるぐる巻きにされた。

「本当は、女の子にこんなことしたくないんだが」
「……天詩。この子、たぶん女の子じゃないです」
「ウソッ?!」
「あー、やっぱりそうなのかー」

えっ、何で私だけ驚いて、四季坂部長は驚かないの?!

「ウィッグとっても、俺の記憶の中にこの子はいませんし、つかんだ腕の感触も女の子じゃありませんでした」

謎の人物が忌々(いまいま)しげに、チッと舌打ちをする。

「そうだよ、ボクは男だよ! 二年D組、椿(つばき)コハルだ!」

ヒエッ! こ、こんなにも美少女フェイスなのに男の子なの?!

「銀城さんと同級生か。知ってるかい?」
「いいえ。私はA組ですし……」
「ボク今日は頑張ってコンタクト入れてますが、普段はメガネかけてるので、分からなくても仕方ないです」

椿くんは不利な状況なのに、得意気な顔をする。
私の交遊範囲は激せまで、メガネをかけて男子制服に着替えてもらっても、たぶん分からないと思うけど……だまっておこう。

「キミは鐵のファンじゃなく、もしかして……銀城ちゃんのファンなのではないですか?」
「な、何故それをっ!」

椿くんは一瞬のうちに顔を赤く染める。
わ、私のファン?!
信じられない! 何かの間違いでは?!

「やはりそうでしたか」
「銀城さんのファンなのに、冬羽悟のファンを名乗ったのは何故だい?」
「それは……」
「鐵はこの場にいませんし、たぶん怒りませんから言って下さい。言わないと、ずっとイスとお友達ですよ?」

にこやかな笑顔で夏央先輩がおどす。
椿くんは唇を噛みうつ向いたが、すぐに顔を上げ、ヤケクソ気味に言う。

「気に入らないからですよ! まだ中一のくせに巨人みたいにデカいし、不良だし! ボク、不良が大嫌いなんです!」
「ほうほう、それで?」
「銀城さんと鐵が、二人で話しているところにたまたま遭遇した時、あいつにらんできたんですよ!」
「銀城さん、そうなの?」
「覚えてないです……」

椿くんは私のファンらしいけど、私的には初対面だし。

「とにかく! 鐵みたいな不良は、銀城さんの近くにいたらダメなんです! 害しかない!」
「俺たちはいいんですか?」
「先輩たちはいいんです! あこがれてますので!」

椿くんは目を輝かせて先輩たちを見るが、当の二人は戸惑った様子で顔を見合わせた。

「では次の質問。キミは銀城さんに、デート練習部から退部してもらいたかったようだけど――それは嫌いな冬羽悟と同じ部活だから、以外の理由もあったりするかい?」
「あなたが銀城ちゃんのファンというのなら、彼女がうちの部にいたままの方が、デート練習を申し込めるからいいと思うのですけどねぇ?」
「男でも申し込みできるんですか?! 初耳なんですけどっ?!」

椿くんが驚愕(きょうがく)の表情で、縛られたイスから立ち上がろうとして、失敗する。

「できますよ。最初から女の子限定じゃないんですけど、そのあたりずっと周知されないままですね……」
「ま、そこは今後の課題として。――冬羽悟が嫌いだから、以外の理由はあるのかい?」

椿くんは再び口ごもり、ちらっと私を見たかと思うと、目を伏せた。

「……イジメにつながる前に、銀城さんを守りたかったんです」
「私を、守る?」
「……銀城さんがイケメンに囲まれて調子乗ってる、と女子が陰口叩いてるの、本当なんです」

思わず強くにぎりしめた両手の手のひらに、ツメが食い込む感触がした。

「決して『みんな』ではないんですけど、一部の性格歪んでる女子が、影で言ってんのは事実です」

女装バレ前に悪意を盛られて言われた時よりも、強いショックを受けた。
まごうことなき事実だと、直感したから。
顔からサッと血の気が引く感じがした。

「一部って、何人くらいですか?」
「うちのクラスだと二人。ボクは演劇部なんですけど、そこでも一人か二人くらい」

各クラスに私の陰口を言っている人が二人ずつ、と考えて計算したら、結構な人数になるね……。

「スカウトした四季坂先輩や、ちやほやしてる葉月先輩も趣味が悪いとか言われてて……許せないです」

そんな……! 私だけじゃなく、部長や夏央先輩まで悪くいわれてるの?!

「銀城さんへの練習依頼も結構あるから、アンチよりも椿くん含めたファンの方が多いと思うし、変なことになったら僕も対応するし――」
「部長。やっぱりもう、潮時なんだと思います」

私は部長の声をさえぎり、言った。

「私、退部します」
「その必要はない。僕や夏央だって、『変人イケメン』とか『調子乗ってる』とか、影で言われているのを知っている。でもそういう奴らは影でこそこそ言ってるだけの、しょうもない奴らだからな」
「どうせ私、二学期いっぱいで転校するので」
「「「え……?!」」」

男子三人がびっくりした顔で、いっせいに私を見る。

「冬休みもありますし、どのみち私は後一ヶ月くらいしか、部にはいられないんです。だからもう、この先いつ辞めても似たり寄ったりですよ」

私が陰口を叩かれるのは、まぁ仕方ない。
『イケメンしかいない部に女子が一人だけ』は、やっぱりどうしたって、ムカつかれると納得できるから。
けど私がいるせいで、部長たちまで悪口を言われるのは我慢できない。
陰口叩かれていることを、叩かれている本人が知ってしまう事態になっているあたり、もう退き時という合図なのだとも思うし。
それに……失恋のショック軽減のために、さっさと部長から離れた方が、自分のためでもあるしね! うん!

「色々面倒臭くなる前に、今日で私、デート練習部を退部します」
「待って下さい、銀城ちゃん」
「今までありがとうございました。――失礼します」

深く一礼した後、私は机の上のカバンをつかみ、部室から走って逃げる。

「待ちたまえ銀城さん!」
「え、銀城先輩? どしたんスか?」

走り出してすぐ、部室へ向かい中の鐵くんとすれ違う。

「僕はキミが辞めること、認めないよ!」
「うおっ、部長あぶねっ! 辞めるって何? どゆこと?」
「退け、冬羽悟!」

鐵くんは、私を追いかける部長とぶつかりそうにでもなったのか、そんなやり取りが後ろから聞こえた。
悲しみと寂しさとあきらめと、少しの苛立ちを抱え、私は昇降口目指して走る。
短い間だったけど、楽しかったです。
ありがとう、さようなら。デート練習部。