成就確率ゼロパーセントの恋だけど、退部届を出す時に、告白したらどうなるんだろう?
なんて、時々考える。
それでもし奇跡が起きたなら、と妄想しちゃったり。
――ううん、ダメダメ。
仮に両思いになれたとしても、遠距離確定してるんだから。
これまでの友達と同じな気が……すごくする。
きっと数ヵ月で、恋人関係はフェードアウトして終わり。
私だけ想い続けて、部長からは既読もつかなくなる気がする。
……想像しただけで、心にダメージが……。
じゃなくて! 四季坂部長は好きな人がいないから、デート練習部の部長なんかやってるの! 両思いはムリなの!
あきらめなさい、私!

毎日延々こんなことを考えていたら、あっという間に十一月半ばの金曜日になった。
ノックしてから部室の戸を開けると、部長と夏央先輩が先に来ていた。

「こんにちは、銀城ちゃん」
「銀城さん、今日もお疲れ様なのだよ。さっさとボランティアに行きたいところだけど、冬羽悟が先生に呼び出しくらってるらしいから、ちょっと待機ね」
「そうなんですか。分かりました」

片思いは完全に隠し、ただの部員の仮面をかぶって返事をする。
でも――あぁやっぱり好きだな、四季坂部長のこと。
以前はただ、「風変わりなイケメンだな」と思っていたけど、片思いを自覚してからは、世界一素敵な人に見える。
自覚後は、見ると緊張するし恥ずかしいしで、あんまり直視できなくなっちゃったんだけどね。

「ねぇ銀城ちゃん。ボランティアが終わった後、最終下校時刻までまだ時間があったら、図書室へ行きませんか?」

私が長机の上へカバンを置き、夏央先輩から誘いの言葉をかけられた直後。
ゴンゴンゴン! と、激しめに部室の扉が外から叩かれ、無遠慮に開かれた。

「失礼します」

無愛想にそう言って入ってきたのは、めちゃくちゃ可愛い女の子だった。
長いピンクの髪を耳の上で二つにくくった、ツインテール。
二重で気が強そうな目はぱっちり大きく、小さな唇はさくらんぼ色。
肌は陶器のように白くなめらかで、ほっぺたはバラ色。
ただ今人気絶好調な、アイドルグループのセンターの子に似ている、と思った。
制服のリボンの色が赤だから、鐵くんと同じ一年生だ。
彼女の背は私より低くて、森さんと同じくらいに見えるから、百五十五センチ前後くらいかな?

「おや、はじめましてこんにちは。我が部にどういったご用かな? デート練習の申し込みなら、サイトの応募フォームから――」
「アタシ、鐵くんのファンなんです」

美少女はハスキー気味の声でとげとげしく言い、私をにらむ。
えっ、私、この子に何かした?! たぶん初対面なはずなんだけど?!

「銀城先輩って、鐵くんとつきあってますか?」
「いいえ、まさか! つきあってないです!」

嘘偽りなく答えたのに、美少女はけわしい表情のまま「本当に?」と、私へつめ寄ってきた。

「本当だよ。銀城さんは誰ともつきあっていない。デート練習部の部員は全員、フリーだよ」

美少女は私をにらむのをやめ、今度は助け船を出した部長へ、厳しい視線を向ける。

「つきあっている人はいなくても、片思いしてる人は、いたりするんじゃないですか?」

するどい指摘に、私の心臓がドキリと跳ねる。
ヤバイ! 平常心をたもって、顔や態度に出ないようにしないと!

「もし、鐵くんに片思いしてるの隠して部員やってるんだったら、アタシ許せない!」
「ちょっとキミ、落ち着きたまえ。部員全員、誰にも恋をしていないから、依頼者とデート練習ができるんだよ」

やっぱり部長、好きな人いないんだ。よかった。
まぁ、私も部長にとって特別な存在じゃない、ということが確定したんだけど……。

「ふーん……。でも確実に、調子には乗ってますよね? 銀城先輩!」
「の、乗ってません! 絶対に!」

首と両手をブンブン左右に激しくふり、否定する。

「影でたくさんの女子が言ってますよ。『銀城秋良はイケメンに囲まれて調子乗ってる』って。自覚なくても態度に出てるんですよ!」
「ッ!」

美少女がゴミを見るような目で、私を見る。
そんなつもりは全然ないけど、みんなに仲良くしてもらって、楽しくすごさせてもらっていたのは事実。
もしかしてその様子が、調子に乗っているように見えたのかな……。

「僕はそんなの聞いたことないが? 夏央は?」
「俺もないですね」
「そりゃ、葉月先輩や四季坂先輩の前で言うわけないじゃないですかー。嫌われたくないですもん」

スカウトされた時から危惧していたことが、とうとう起こってしまった。
イケメンしかいなかった部に、突如加わった、どこの馬の骨とも知れない女。
イケメンたちのファンからしたら、「アイツ誰?! 何なの?!」と、はらわたが煮えくりかえるような存在だよね……。

「銀城先輩はちやほやされてる間、アタシみたいなガチ恋勢がどう感じてるかなんて、一ミクロンだって考えたことなかったでしょ。アタシら、すっごく傷ついてるんだからね! マジムカつく!」

……潮時だ。
ここまで言われてからじゃ遅すぎる気もするけど、タイムリミットがきたんだ。
私は二学期いっぱいで転校するし、側にいるほど部長への好きが加速するし――ちょうどよかったのかも。

「不快にさせてしまって、ごめんなさい」
「謝ってすむなら警察いらないのよ」
「キミ、言葉がすぎるぞ!」
「いいんです、部長」

彼らしくないけわしい表情をし、私たちの側へきた部長に、私は首をふる。

「私、今すぐ退部します。だからもう、あなた方がムカつくことはないと思います」
「は?! 僕はそんなの認めないぞ!」
「銀城ちゃん、退部は早計すぎます! もっと別の解決方法があると思います!」
「フフッ! 言質とりましたからね、銀城先輩。――ではガチ恋同士たちにこのこと伝えないとなので、失礼しまーす」

要望が通って上機嫌になった美少女は、ドヤった笑みを浮かべて身体を反転させ――

「ちょっと待ってもらっていいですか。あなたの名前、教えて下さいません?」

いつの間にか扉の前に移動していた夏央先輩が、美少女の行く手をはばんだ。

「俺、あなたがここへ入ってきてからずっと考えているのですが、どうしてもあなたの顔と名前を思い出せないんですよ」
「夏央のくせに?!」

そんな驚く? と思うくらい、すっとんきょうな声をあげた部長へ、夏央先輩は静かにうなずく。

「はい。葉月夏央のくせに、です。花水木中学に在籍する女性全員の名前と顔を覚えているはずの俺が、思い出せないんです」

森さんが言ってた、夏央先輩のあのウワサ、本当だったんだ!

「あなた、本当にうちの学校の生徒ですか?」

夏央先輩は冷たく目を細め、鐵くんのファンを名乗る美少女に低い声で尋ねた。

「――あ、当たり前でしょ!」

美少女は動揺しまくりなうわずった声で答え、夏央先輩の横を通り抜けて、部室から出ようとする。

「待ちなさい!」

夏央先輩が美少女の腕をつかむ。
私は肩をつかもうとしたのだけど、ふり払われて。
空をつかんだかと思った私の指先は、彼女の長い髪に引っかかり、引っ張ってしまった。

「あっ、やばっ!」

慌てた美少女が頭を押さえるより早く、私たちの目に衝撃の光景が飛び込んできて、三人で声をそろえて叫んだ。

「「「か、かつら?!」」」

意図せず私が引っ張ってしまったピンクの髪は、重力にしたがってズルンとまるっと、美少女の頭から落ちてしまったの!

「逃がさないよ!」

驚いて一人固まる私をしり目に、部長と夏央先輩が謎の人物を取り押さえた。