四季坂部長への片思いに気づいた、翌日。
中間テストの試験範囲が発表されたので、部活禁止期間に入った。
正直、助かったと思った。
だってまだ全然、気持ちが整理できてない。
落ち着かない心のまま、金曜日恒例のボランティア活動に参加できる気がしないし、デート練習の依頼もこなせる気がしない。

心が波立ったままだから、テスト勉強にも集中できてないんだけどね……。
教科書をめくりながら頭のすみで、自分の初恋のことをアレコレ考えてしまう。

部長に好きな人っているのかな?
依頼があればデート練習をする、なんていう部活をしてるから、たぶんいないよね。
けどそれってつまり、私も特別に思われてない、ということの証明でもあるんだけど。
ならたぶん、辞めない方が得。
退部したら、部長との接点がなくなっちゃうもんね。
相手は超人気者だし学年も違うし、会うことすら今までのようにはいかなくなると思う。
だけど辞めない場合はそのかわり、この恋は絶対秘密にしなきゃいけない。
何故ならお互い、本気の恋は禁止なデート練習部部員だから。
バレたら面倒臭いことになるどころか、退部させられるかもしれない。

……これって実質、恋した時点で失恋してるようなものだよね。
となると、この恋を早く過去の思い出にするために、ものすごくへこむけど、やっぱり自主退部した方がいいのかなぁ?

あ……退部したら、私もデート練習を申し込んじゃってもいいのかな?
大丈夫そうなら申し込みたい――って、申し込んだら、私が部長のこと好きなのバレるじゃん! 無理!
それに、「退部したい」と言ったら、「何で?」と聞かれるよね……。
あー! もー! どうしたらいいのか分かんない!



中間テストが終わった日の夜。
本日の夕ご飯のメインは、カニクリームコロッケ。
私の好物だったから、いつもより早く食べ終えた。

「ごちそうさまでした」

私は空になった食器をシンクへ運ぶため、食卓のイスから立ち上がった。

「あ、そうだ、秋良」

隣の席で、同じく夕ご飯を食べていたお母さんが、私を呼び止める。

「今年の十二月いっぱいで、また引っ越すことになったから」
「は?」
「いつもよりちょっと早いけど、まぁよかったのかも」

ちょっと待って! 全然少しもよくない!
また今回も短期間で転校するのは、覚悟してた。
だけどそれは、毎年三月だったじゃない!?

「お母さんね、これでもちゃんと考えているのよ」
「……何を?」
「来年は秋良が受験の年じゃない。だからもし中三の三月前に異動の辞令が来ても、そこはさすがに、お父さんに単身赴任してもらおうと考えていたの」
「それが、中二の十二月に転校するのがいいとお母さんが考えることに、どうつながるっていうのよ?」
「中二の一月に新しい学校へ転入したら、中三の四月に転入するより、落ち着いて受験生をはじめられるじゃない」
「……あっそ。――私、嫌だよ。転校したくない」

花水木中学校には、四季坂部長がいる今の学校には、一日でも長くいたいのに!

「そう言われてもねぇ。決まっちゃったものは仕方ないでしょ」
「仕方なくない! いい加減お父さんだけ単身赴任してよ! それかお父さんとお母さんの二人で引っ越して! 私、一人暮らしするから!」
「秋良はまだ中学生なのに、一人暮らしなんてさせられるわけないでしょ!」
「一年ごとに転校させられて、人間関係リセットされて、また最初からやり直しさせられる子供の気持ち、考えたことある?!」

ダイニングテーブルを叩き、大声で主張すれば、お母さんがひるむのが分かった。

「私、転校しないからね! 少なくとも中二の間は絶対に、今の学校に通うから!」

お母さんと口論しはじめて、まもなくお父さんが帰ってきて、転校するしないで久々に両親と大喧嘩になった。

「――とにかく、高校生になるまで一人暮らしも寮も認めない! 我慢しなさい!」
「お父さんのバカ! 一回くらい私のために転勤断ってくれてもいいじゃない! 大嫌い!」

まさに子供な捨て台詞を吐き、私は自室に駆け込んで勢いよくドアを閉めた。

あぁもう……本当に嫌だ。
色々な意味で、全部が子供な自分が嫌。
大人の、「仕事だから」で全部を押し通そうとするの、大嫌い。
何で私今、高校生じゃないんだろう。
高校生だったら寮に入れるのに。一人暮らしが許されるのに。
今すぐ高校生になりたい。引っ越したくない。
森さんと長谷川さんと、夏央先輩と鐵くんと離れたくない。
叶わぬ恋と分かっているけど、大好きな部長と離れたくないよ……!



親と大喧嘩してから、数日後の金曜日。

「銀城先輩、もしかして体調悪かったりすんのか?」
「それ友達にも聞かれたけど、昨日夜更かししちゃって寝不足だから、そう見えるのかも?」
「顔色あんまよくねーから、ちゃんと寝た方がいいぜ」
「うん」

今日は部員全員で、久しぶりのボランティア活動。
学校からやや離れた場所にある川原の、ゴミ拾いをしている。

「十月も半ばなんですから、昼間だってもう涼しくていいと思うんですが、暑いままですよねぇ。――銀城ちゃん、何か嫌なことありましたか?」

鐵くんが離れた場所に空き缶を見つけ、去っていってすぐ。
あたりさわりないグチをこぼしながら近寄ってきた夏央先輩に、声をひそめて心配された。

「そろそろ数学のテストが返ってくるのかと思うと、憂鬱で。時間足りなくて、最後の方解けなかったんです……」
「あぁ、それは憂鬱ですね。俺は数学得意ですから、いつでも教えますよ。困った時は聞いて下さい」
「ありがとうございます」

元気づけるように私の肩をポンと叩いた夏央先輩へ、私は曖昧(あいまい)に笑む。

「何なに? 何の話をしているのかな? 僕も混ぜたまえ!」
「うわっ、そんな参加の仕方をしないでくれますか?!」

部長が夏央先輩の背中へ軽くタックルをかまし、会話に入ってくる。

「オイコラ、三年生ども! 無駄話してねぇでさっさとゴミ拾え! オレは早く帰りてぇんだよ!」

離れた所にいる鐵くんがこちらへふり向き、怒鳴る。

「ははは、すまない。帰りに全員にジュースをおごるから、怒りをおさめてくれたまえ」
「え、マジ?」
「天詩ってば太っ腹ですね」
「お前たち、ジュースで買収されるとは安すぎだろう。――そういうことだから、銀城さんも元気を出しなさい」

いつぞやのように、部長が私に向かってウィンクしてきた。
私はそれにキュンと胸をときめかせた後、倍くらい悲しくなった。
私はまだ誰にも、今年いっぱいで転校するということを、言えないでいる。