夏休み一日目の朝九時半。
夜更かしをして寝坊したせいで、私は厄介な決断をせまられていた。
「僕の隣に座りたまえよ、銀城さん」
「俺の隣に座って欲しいです、銀城ちゃん」
勉強会の場所である図書館へ急いで行くと、四季坂部長と夏央先輩は当然もういて。
自習室の四人がけの机を確保してくれていたのはありがたいのだけど、先輩たちは向かいあって座っており。
「えぇー……」
困る選択をさせないで下さい。
どちらを選んでも角が立つ、ような気がして選べない。
選んだ方を特別に思ってるとか、選ばなかった方を実は嫌っている――とか思わせそうじゃない、こんなの。
あ、いや、もしかしなくても、二人ともわざと私に意地悪していたりして?!
「銀城ちゃんの困った顔、可愛いからもう少しだけ見ていたい気もしますが――意地悪はこれくらいにしておきましょうか」
夏央先輩がいたずらっぽく笑い、席を立つ。
「あっ、夏央! 自分だけ悪い先輩から一抜けしてズルいぞ!」
「天詩、ここは図書館ですよ。静かにして下さい」
やっぱり意地悪だったんだ! もう!
「……裏切られた」
「コラコラ、後輩に意地悪しておいて、大人げなくむくれるんじゃありません」
夏央先輩はワークや筆箱などを持ち、部長の隣の席へ移動する。
「困らせてしまいすみません。そちらへ座って下さい」
「ありがとうございます」
軽く一礼し、さっきまで夏央先輩が座っていた席へ座る。
夏央先輩も部長も、コミュ強。
だけど夏央先輩は大人寄りのそれ、部長はちょっと子供っぽいそれ、という感じがする。
「では三人そろったことだし、さっさと夏休みの宿題を終わらせようじゃないか! スタート!」
全員それぞれの課題を開き、シャーペンを持つ。
私が今日やるのは、数学のワーク。
数学は五教科の中で一番苦手なんだけど、だからこそ今日ここに、これだけ持ってきた。
苦手教科の宿題って、家で一人でやるとつい後回しにして、最後の最後に、苦しみながらやることになっちゃうじゃない?
でも他に選びようがなくして、なおかつ誰かと一緒の勉強会でなら、嫌々ノロノロでも進められるでしょ。
頑張ってとっとと終わらせるぞ!
*
チラッと腕時計へ目をやる。
十時ちょっとすぎだから、三十分たったのか。
「はぁ……」
苦手な教科の宿題って、少しやるだけでも脳ミソの体力がものすごく削られて、疲れてしまう。
やりたくないのにやる、というだけで精神に負荷がかかってるわけだし、ため息くらいでちゃうよね。
「銀城ちゃん。分からない問題があったら、聞いてくれて構いませんからね」
夏央先輩に声をかけられ、反射的に顔を上げれば、こちらを見ていた先輩と目があう。
「あっ、はい! ありがとうございます」
「僕に聞いてくれても構わないぞ」
声につられるようにして、視線を夏央先輩から部長へ移動させる。
その時、部長が数冊置いている参考書の一番上に、『高校入試対策問題集 英語』が置いてあるのが目に入った。
忘れていたわけじゃないけど、二人とも受験生なんだよね。
宿題にプラスして、受験勉強もしないといけないんだよね。大変だ。
「部長も、ありがとうございます。――お二人はもう、受験する高校は決めてるんですか?」
「俺も天詩も、桐壺大学附属高校を受験する予定です。ね?」
「ああ」
「銀城ちゃんも桐壺大附属、来年受験してみる気はありませんか? そしたらまた、一緒の学校に通えますし」
「銀城さんを誘うのはいいが、まず僕らが合格しないとだぞ」
「天詩は僕が落ちると思っているんですか?」
「気を抜くな、と言っているのだ」
きっと今年度も私は、三月で引っ越しちゃうと思う。
それに高校は寮があるところを受験するつもりだから、無理かな……。
厚意で言ってくれてるの分かるから、言わないけど。
「桐壺大附属は色々と設備が充実していて、寮もあるぞ」
部長がにっと口の端を上げ、私を見て笑った。
デート練習の時に私が話したこと、部長ってば覚えてくれてる!
「寮は去年か一昨年に建て直したため、きれいな建物らしいですね」
「へぇ、そうなんですか」
私は他人事みたいな返事をしつつ、桐壺大学附属高校を受験先候補として、心のメモ帳に書き込んだ。
*
時折私が数学の分からない問題を二人に聞いたりしていると、気づけば時計の針は午後一時近くを指していた。
「頭を使うとお腹が減りますよね。食事に行きませんか?」
夏央先輩の提案に私と部長は同意し、三人で近くにあるハンバーガーショップへ行き、お昼ご飯を食べた。
先輩二人との、はじめての食事は楽しかった。
さすがコミュ強二人! って感じで。
あ、でも、昨日鐵くんの自転車の後ろに乗せてもらって帰った時も、コミュ障同士だけど結構楽しかったな。
デート練習部って活動内容はちょっとアレだけど、良い出会いができたと思う。
部員全員、優しくていい人たちで、好きだなぁ。
もちろん恋愛的な意味じゃなく、先輩後輩的な意味でね。
「それでは本日はこれにて解散ッ!」
店を出たところで部長がそう言い、第一回勉強会は終わった。
翌日部長が「みんなで食べよう」と、三段重ねのお重を持ってきて驚いたり、勉強会がない土日に森さんと長谷川さんとプールへ行ったりして――あっという間に来週からお盆、という金曜日を迎えた。
夜更かしをして寝坊したせいで、私は厄介な決断をせまられていた。
「僕の隣に座りたまえよ、銀城さん」
「俺の隣に座って欲しいです、銀城ちゃん」
勉強会の場所である図書館へ急いで行くと、四季坂部長と夏央先輩は当然もういて。
自習室の四人がけの机を確保してくれていたのはありがたいのだけど、先輩たちは向かいあって座っており。
「えぇー……」
困る選択をさせないで下さい。
どちらを選んでも角が立つ、ような気がして選べない。
選んだ方を特別に思ってるとか、選ばなかった方を実は嫌っている――とか思わせそうじゃない、こんなの。
あ、いや、もしかしなくても、二人ともわざと私に意地悪していたりして?!
「銀城ちゃんの困った顔、可愛いからもう少しだけ見ていたい気もしますが――意地悪はこれくらいにしておきましょうか」
夏央先輩がいたずらっぽく笑い、席を立つ。
「あっ、夏央! 自分だけ悪い先輩から一抜けしてズルいぞ!」
「天詩、ここは図書館ですよ。静かにして下さい」
やっぱり意地悪だったんだ! もう!
「……裏切られた」
「コラコラ、後輩に意地悪しておいて、大人げなくむくれるんじゃありません」
夏央先輩はワークや筆箱などを持ち、部長の隣の席へ移動する。
「困らせてしまいすみません。そちらへ座って下さい」
「ありがとうございます」
軽く一礼し、さっきまで夏央先輩が座っていた席へ座る。
夏央先輩も部長も、コミュ強。
だけど夏央先輩は大人寄りのそれ、部長はちょっと子供っぽいそれ、という感じがする。
「では三人そろったことだし、さっさと夏休みの宿題を終わらせようじゃないか! スタート!」
全員それぞれの課題を開き、シャーペンを持つ。
私が今日やるのは、数学のワーク。
数学は五教科の中で一番苦手なんだけど、だからこそ今日ここに、これだけ持ってきた。
苦手教科の宿題って、家で一人でやるとつい後回しにして、最後の最後に、苦しみながらやることになっちゃうじゃない?
でも他に選びようがなくして、なおかつ誰かと一緒の勉強会でなら、嫌々ノロノロでも進められるでしょ。
頑張ってとっとと終わらせるぞ!
*
チラッと腕時計へ目をやる。
十時ちょっとすぎだから、三十分たったのか。
「はぁ……」
苦手な教科の宿題って、少しやるだけでも脳ミソの体力がものすごく削られて、疲れてしまう。
やりたくないのにやる、というだけで精神に負荷がかかってるわけだし、ため息くらいでちゃうよね。
「銀城ちゃん。分からない問題があったら、聞いてくれて構いませんからね」
夏央先輩に声をかけられ、反射的に顔を上げれば、こちらを見ていた先輩と目があう。
「あっ、はい! ありがとうございます」
「僕に聞いてくれても構わないぞ」
声につられるようにして、視線を夏央先輩から部長へ移動させる。
その時、部長が数冊置いている参考書の一番上に、『高校入試対策問題集 英語』が置いてあるのが目に入った。
忘れていたわけじゃないけど、二人とも受験生なんだよね。
宿題にプラスして、受験勉強もしないといけないんだよね。大変だ。
「部長も、ありがとうございます。――お二人はもう、受験する高校は決めてるんですか?」
「俺も天詩も、桐壺大学附属高校を受験する予定です。ね?」
「ああ」
「銀城ちゃんも桐壺大附属、来年受験してみる気はありませんか? そしたらまた、一緒の学校に通えますし」
「銀城さんを誘うのはいいが、まず僕らが合格しないとだぞ」
「天詩は僕が落ちると思っているんですか?」
「気を抜くな、と言っているのだ」
きっと今年度も私は、三月で引っ越しちゃうと思う。
それに高校は寮があるところを受験するつもりだから、無理かな……。
厚意で言ってくれてるの分かるから、言わないけど。
「桐壺大附属は色々と設備が充実していて、寮もあるぞ」
部長がにっと口の端を上げ、私を見て笑った。
デート練習の時に私が話したこと、部長ってば覚えてくれてる!
「寮は去年か一昨年に建て直したため、きれいな建物らしいですね」
「へぇ、そうなんですか」
私は他人事みたいな返事をしつつ、桐壺大学附属高校を受験先候補として、心のメモ帳に書き込んだ。
*
時折私が数学の分からない問題を二人に聞いたりしていると、気づけば時計の針は午後一時近くを指していた。
「頭を使うとお腹が減りますよね。食事に行きませんか?」
夏央先輩の提案に私と部長は同意し、三人で近くにあるハンバーガーショップへ行き、お昼ご飯を食べた。
先輩二人との、はじめての食事は楽しかった。
さすがコミュ強二人! って感じで。
あ、でも、昨日鐵くんの自転車の後ろに乗せてもらって帰った時も、コミュ障同士だけど結構楽しかったな。
デート練習部って活動内容はちょっとアレだけど、良い出会いができたと思う。
部員全員、優しくていい人たちで、好きだなぁ。
もちろん恋愛的な意味じゃなく、先輩後輩的な意味でね。
「それでは本日はこれにて解散ッ!」
店を出たところで部長がそう言い、第一回勉強会は終わった。
翌日部長が「みんなで食べよう」と、三段重ねのお重を持ってきて驚いたり、勉強会がない土日に森さんと長谷川さんとプールへ行ったりして――あっという間に来週からお盆、という金曜日を迎えた。