私の名前は銀城秋良。
小学一年生の時から父親の仕事の都合で、『毎年四月に転入して三月に転校する』という、落ち着かない生活をくり返しているんだ。
中学二年生になった今年の春は、花水木中学校に転入したの。
そんな、いつも通りまだ全然学校に馴染めていない、五月最後の金曜日。
今は掃除の時間で、私に割り当てられた掃除場所は、二階の女子トイレ。
「銀城さーん、トイレットペーパーの在庫大丈夫そ?」
私が手洗い場の液体石鹸を補充し終えた時、トイレの中にいた長谷川さんに聞かれた。
「うん、まだ平気だと思う」
「ねえ! 二人ともちょっと来て!」
掃除用具入れの上の棚の在庫を確認して答えると、今度はトイレ奥の窓辺にいた森さんに呼ばれた。
長谷川さんと森さんは、クラスに馴染めずにぼっちしている私をいつも気にかけてくれる、すごくいい人たちなんだ。
「どうしたの、モリー?」
「下見て! あそこ! 銀城さんも早く!」
森さんは、掃除していた個室から顔だけ出した長谷川さんの手を取り、引っ張って窓辺へつれていく。
外で何か面白いことが起こっているのかな?
私も窓へ近づき、二人の間から外を見る。
「わ! デート練習部の四季坂先輩と葉月先輩じゃん!」
「そうなのよハセっち! あぁ、二人ともいつ見てもカッコいい……!」
興奮している森さんと長谷川さんの視線の先には、先生と立ち話をする二人の男子生徒がいた。
その光景と同時に、女子生徒たちが彼らを遠巻きに取り囲み、キャッキャしている様子も視界に入った。
私はふと気になって窓から少し顔を出し、左右を見る。
すると右の窓からも左の窓からも、私たちみたいな女の子の野次馬がいて、あこがれの眼差しを彼らに向けていた。
下にいる男子生徒は二人とも、確かに今すぐモデルかアイドルになれそうなくらい、整った容姿をしているけど――
「デート練習部?」
耳を疑うような変な部活名に、自分でも眉間にシワが寄るのが分かった。
「今年の四月に創設されたばかりで、結構話題になってるんだけど、知らない?」
森さんが首をかたむけ、外ハネボブカットを揺らす。
「うん……。転校のバタバタがまだちょっとおさまってなくて……」
半分ウソで、半分本当のことを言う。
父の転勤のせいで、どうせ花水木中学にも、一年間しかいられないに決まってる。
だから私は小学五年生の時から、なるべく学校での思い出を作らないように、気をつけているんだ。
思い出がたくさんだと転校する時、つらさが増すからね。
私が今、クラスに馴染めずにぼっちしている理由も、七割はコミュ障気味な性格のせいだけど、残り三割はわざと。
「それもそっか。えっとね、デート練習部っていうのはその名の通り、部員相手にデートの練習ができる部活なの」
「本命の相手とデートする前にシミュレーションしたい人、デートを失敗してしまったから次こそは!という人、とりあえずデートというものをしたい人――のために創部したんだって」
長谷川さんが、耳の下でふたつにくくった髪の片方をいじりながら、補足説明をしてくれる。
「あくまで『練習ができる部活』だから、部員とのガチ恋デートは禁止なの」
「ちなみに、学校には認められていない、非公式の部活だよ」
でしょうね!
だって先生たち、いつも言ってるもんね。
「愛だの恋だの言ってないで勉強しろ!」って。
「部を作ったのは、あそこにいる金髪の三年生――四季坂天詩先輩」
改めて私は、下にいる男子生徒を見る。
四季坂先輩はうらやましいほど色白でスラッとした、明るく活発そうな雰囲気の人だった。
ふんわりしたハチミツ色の髪に、二重でぱっちりだけどタレ目気味の瞳はチョコレート色。
「部が非公認だけど存在を許されているのは、四季坂先輩の人望よね。勉強も運動もできて、その上いつも明るく元気で親切だから、生徒からだけじゃなく、先生たちにも好かれてるもの」
「四季坂先輩、大病院の跡取り息子でもあるらしいよ」
「へぇ、すごい人なんだ」
「少し変わった人でもあるらしいけどね」
「変わり者……。そりゃ、デート練習部なんていう部を作った人だもんね」
私の言葉に、長谷川さんがウンウンとうなずく。
「部を作った以外にもね、『オリエンテーリングの時、逆走して迷子になった』とか、『バレンタインの日に、同学年の生徒全員分のチョコを持ってきた』……などなど、『え?!』っていうウワサ話に事欠かない人なんだよ」
「筋金入りの変わり者だ……」
「だからっていうわけじゃないけど、あたしは葉月先輩の方がタイプかも。――今、四季坂先輩の隣にいる人ね」
長谷川さんにつられるようにして、私は視線をまたまた地上へ向ける。
「葉月夏央先輩は、四季坂先輩の親友で、副部長なんだよ」
葉月先輩は、ワインレッドのセミロングの髪をハーフアップにした、上品な雰囲気の人だった。
優しく落ち着いた緑の瞳からは、知性を感じる。
「葉月先輩は女子に超優しくて、女子人気圧倒的ナンバーワンなんだよ! ご両親がアパレル会社やカフェを経営していて、その影響か、お洒落でセンスもいいらしいってウワサ!」
「無類の女好き、ともウワサされてるけどね」
お? 森さんはあまり葉月先輩は好きじゃないみたい?
「それ絶対、モテない人が言ってるヒガミだよ」
「花水木中学校に通う女子生徒全員の、顔と名前を覚えている――というウワサも聞いたことがあるし」
「すごい! じゃああたしも覚えてもらえてるってこと?!」
えぇ……本当ならすごいけど……うーん?
「そして今あそこにはいないけど、最後の一人が、一年生の鐵冬羽悟くん」
「鐵くんもイケメンなんだけど、あたしはちょっとなー……」
葉月先輩の時とはうってかわって、長谷川さんが首をすくめる。
「何か問題があるの?」
「不良なんだよね。無愛想で無口らしいんだけど、しゃべると言葉づかいが荒くて、仕草もそんな感じって聞いてる。あと制服着崩してる」
「男子は『硬派でカッコいい!』って言ってるけどね」
「ふぅん。葉月先輩と鐵くんは、支持層が真逆なんだね」
「うん。不良系男子が好きな女子からは、すごく人気あるけどね」
「あたしは並んでるところ見たことないけど、四季坂先輩や葉月先輩より背が高いんだって」
四季坂先輩も葉月先輩も長身なのに、それより背が高いのか……中一なのにすごいな。
「デートの練習を申し込むにはね、部のサイトに応募フォームがあるから、そこから申し込むんだよ」
「銀城さん、応募してみる?」
「まさか!」
ニヤニヤと私を見る二人へ、首をふって否定する。
まったく興味がないってわけじゃないけど……友情も恋愛も高校生になってから! と、決めているから。
今は一年ごとに転校してる私だけど、お父さんの転勤について行くのは中学生まで、と両親と約束しているんだ。
一年で人間関係がリセットされないようになるまでは、我慢。
「あたしも練習申し込む勇気ないけど、もし申し込むとしたら……やっぱり葉月先輩かな? でも迷うー」
「全員タイプ違うイケメンだもんね。誰に申し込むか迷って当然だよ」
練習をお願いすることは絶対にないけど、もしも……くらいなら、私も考えてもいいかな?
転校しすぎで人間関係が落ち着かないから、実は初恋すらまだだったりするんだけども……。
「もし銀城さんが男子だったら、デート練習部にスカウトされてたかもね」
「へっ?!」
突然の脈絡ない森さんの言葉に、思わず大きな声が出た。
「銀城さん美人だから、もし男の子として産まれてたとしても、三人に負けず劣らずイケメンそうだよね」
長谷川さんまで何言ってるの?!
私、全然美人なんかじゃないし!
美人は山ほど告白されるんだろうけど、私にそんなイベントは一度だって起きたことはないんだから!
「わ――私、女だし! 変なこと言わないでよ!」
「えへへ、ごめんね」
「ごめんだけど、美人なのは本当じゃない」
「もう! 長谷川さんっ!」
私たちが二階の女子トイレで騒いでいる間に、デート練習部の先輩たちはいなくなってしまっていた。
学年が違うから、全校集会の時とかに、またそのイケメンっぷりを見かけられたらいいな。
――と思っていたのだけど、再会はまったくもって、そんな穏やかな感じじゃなかった。
小学一年生の時から父親の仕事の都合で、『毎年四月に転入して三月に転校する』という、落ち着かない生活をくり返しているんだ。
中学二年生になった今年の春は、花水木中学校に転入したの。
そんな、いつも通りまだ全然学校に馴染めていない、五月最後の金曜日。
今は掃除の時間で、私に割り当てられた掃除場所は、二階の女子トイレ。
「銀城さーん、トイレットペーパーの在庫大丈夫そ?」
私が手洗い場の液体石鹸を補充し終えた時、トイレの中にいた長谷川さんに聞かれた。
「うん、まだ平気だと思う」
「ねえ! 二人ともちょっと来て!」
掃除用具入れの上の棚の在庫を確認して答えると、今度はトイレ奥の窓辺にいた森さんに呼ばれた。
長谷川さんと森さんは、クラスに馴染めずにぼっちしている私をいつも気にかけてくれる、すごくいい人たちなんだ。
「どうしたの、モリー?」
「下見て! あそこ! 銀城さんも早く!」
森さんは、掃除していた個室から顔だけ出した長谷川さんの手を取り、引っ張って窓辺へつれていく。
外で何か面白いことが起こっているのかな?
私も窓へ近づき、二人の間から外を見る。
「わ! デート練習部の四季坂先輩と葉月先輩じゃん!」
「そうなのよハセっち! あぁ、二人ともいつ見てもカッコいい……!」
興奮している森さんと長谷川さんの視線の先には、先生と立ち話をする二人の男子生徒がいた。
その光景と同時に、女子生徒たちが彼らを遠巻きに取り囲み、キャッキャしている様子も視界に入った。
私はふと気になって窓から少し顔を出し、左右を見る。
すると右の窓からも左の窓からも、私たちみたいな女の子の野次馬がいて、あこがれの眼差しを彼らに向けていた。
下にいる男子生徒は二人とも、確かに今すぐモデルかアイドルになれそうなくらい、整った容姿をしているけど――
「デート練習部?」
耳を疑うような変な部活名に、自分でも眉間にシワが寄るのが分かった。
「今年の四月に創設されたばかりで、結構話題になってるんだけど、知らない?」
森さんが首をかたむけ、外ハネボブカットを揺らす。
「うん……。転校のバタバタがまだちょっとおさまってなくて……」
半分ウソで、半分本当のことを言う。
父の転勤のせいで、どうせ花水木中学にも、一年間しかいられないに決まってる。
だから私は小学五年生の時から、なるべく学校での思い出を作らないように、気をつけているんだ。
思い出がたくさんだと転校する時、つらさが増すからね。
私が今、クラスに馴染めずにぼっちしている理由も、七割はコミュ障気味な性格のせいだけど、残り三割はわざと。
「それもそっか。えっとね、デート練習部っていうのはその名の通り、部員相手にデートの練習ができる部活なの」
「本命の相手とデートする前にシミュレーションしたい人、デートを失敗してしまったから次こそは!という人、とりあえずデートというものをしたい人――のために創部したんだって」
長谷川さんが、耳の下でふたつにくくった髪の片方をいじりながら、補足説明をしてくれる。
「あくまで『練習ができる部活』だから、部員とのガチ恋デートは禁止なの」
「ちなみに、学校には認められていない、非公式の部活だよ」
でしょうね!
だって先生たち、いつも言ってるもんね。
「愛だの恋だの言ってないで勉強しろ!」って。
「部を作ったのは、あそこにいる金髪の三年生――四季坂天詩先輩」
改めて私は、下にいる男子生徒を見る。
四季坂先輩はうらやましいほど色白でスラッとした、明るく活発そうな雰囲気の人だった。
ふんわりしたハチミツ色の髪に、二重でぱっちりだけどタレ目気味の瞳はチョコレート色。
「部が非公認だけど存在を許されているのは、四季坂先輩の人望よね。勉強も運動もできて、その上いつも明るく元気で親切だから、生徒からだけじゃなく、先生たちにも好かれてるもの」
「四季坂先輩、大病院の跡取り息子でもあるらしいよ」
「へぇ、すごい人なんだ」
「少し変わった人でもあるらしいけどね」
「変わり者……。そりゃ、デート練習部なんていう部を作った人だもんね」
私の言葉に、長谷川さんがウンウンとうなずく。
「部を作った以外にもね、『オリエンテーリングの時、逆走して迷子になった』とか、『バレンタインの日に、同学年の生徒全員分のチョコを持ってきた』……などなど、『え?!』っていうウワサ話に事欠かない人なんだよ」
「筋金入りの変わり者だ……」
「だからっていうわけじゃないけど、あたしは葉月先輩の方がタイプかも。――今、四季坂先輩の隣にいる人ね」
長谷川さんにつられるようにして、私は視線をまたまた地上へ向ける。
「葉月夏央先輩は、四季坂先輩の親友で、副部長なんだよ」
葉月先輩は、ワインレッドのセミロングの髪をハーフアップにした、上品な雰囲気の人だった。
優しく落ち着いた緑の瞳からは、知性を感じる。
「葉月先輩は女子に超優しくて、女子人気圧倒的ナンバーワンなんだよ! ご両親がアパレル会社やカフェを経営していて、その影響か、お洒落でセンスもいいらしいってウワサ!」
「無類の女好き、ともウワサされてるけどね」
お? 森さんはあまり葉月先輩は好きじゃないみたい?
「それ絶対、モテない人が言ってるヒガミだよ」
「花水木中学校に通う女子生徒全員の、顔と名前を覚えている――というウワサも聞いたことがあるし」
「すごい! じゃああたしも覚えてもらえてるってこと?!」
えぇ……本当ならすごいけど……うーん?
「そして今あそこにはいないけど、最後の一人が、一年生の鐵冬羽悟くん」
「鐵くんもイケメンなんだけど、あたしはちょっとなー……」
葉月先輩の時とはうってかわって、長谷川さんが首をすくめる。
「何か問題があるの?」
「不良なんだよね。無愛想で無口らしいんだけど、しゃべると言葉づかいが荒くて、仕草もそんな感じって聞いてる。あと制服着崩してる」
「男子は『硬派でカッコいい!』って言ってるけどね」
「ふぅん。葉月先輩と鐵くんは、支持層が真逆なんだね」
「うん。不良系男子が好きな女子からは、すごく人気あるけどね」
「あたしは並んでるところ見たことないけど、四季坂先輩や葉月先輩より背が高いんだって」
四季坂先輩も葉月先輩も長身なのに、それより背が高いのか……中一なのにすごいな。
「デートの練習を申し込むにはね、部のサイトに応募フォームがあるから、そこから申し込むんだよ」
「銀城さん、応募してみる?」
「まさか!」
ニヤニヤと私を見る二人へ、首をふって否定する。
まったく興味がないってわけじゃないけど……友情も恋愛も高校生になってから! と、決めているから。
今は一年ごとに転校してる私だけど、お父さんの転勤について行くのは中学生まで、と両親と約束しているんだ。
一年で人間関係がリセットされないようになるまでは、我慢。
「あたしも練習申し込む勇気ないけど、もし申し込むとしたら……やっぱり葉月先輩かな? でも迷うー」
「全員タイプ違うイケメンだもんね。誰に申し込むか迷って当然だよ」
練習をお願いすることは絶対にないけど、もしも……くらいなら、私も考えてもいいかな?
転校しすぎで人間関係が落ち着かないから、実は初恋すらまだだったりするんだけども……。
「もし銀城さんが男子だったら、デート練習部にスカウトされてたかもね」
「へっ?!」
突然の脈絡ない森さんの言葉に、思わず大きな声が出た。
「銀城さん美人だから、もし男の子として産まれてたとしても、三人に負けず劣らずイケメンそうだよね」
長谷川さんまで何言ってるの?!
私、全然美人なんかじゃないし!
美人は山ほど告白されるんだろうけど、私にそんなイベントは一度だって起きたことはないんだから!
「わ――私、女だし! 変なこと言わないでよ!」
「えへへ、ごめんね」
「ごめんだけど、美人なのは本当じゃない」
「もう! 長谷川さんっ!」
私たちが二階の女子トイレで騒いでいる間に、デート練習部の先輩たちはいなくなってしまっていた。
学年が違うから、全校集会の時とかに、またそのイケメンっぷりを見かけられたらいいな。
――と思っていたのだけど、再会はまったくもって、そんな穏やかな感じじゃなかった。