私って、嫌なやつだなあってよく思う。
わざと、そっぽを向いてしまう。
わざと、不機嫌な顔をする。
本当は、そんな顔をしたいんじゃない。
だけど、周りにも自分にも嘘をついてばかりだ。
教室の隅っこと、教室の真ん中は、とっても遠い。
隅っこにいると、真ん中にいる人からは見えない。
私がいるのは、いつも隅っこ。
寂しくなんかない、と自分に嘘をつくたびに、ピンと背中からトゲが出る。
みんなと仲良くなんかしたくない、と思うたびに、またトゲが増えていく。
そうしてだんだん、ヤマアラシみたいにトゲトゲになっていく。
すると、顔までトゲトゲしてくる。
だから、いつも私は不機嫌そうな顔をしている。
本当は、勇気がないだけ。
さみしいって、つぶやく勇気がないだけ。
思いきって、さみしいって誰かに言ってみたのに、
「あっち行け」って言われるのが怖いだけ。
• • •
夏川くんはいい人で、当然のように友達がたくさんいた。
夏川くんと他の誰かが校庭で遊んでいる時、私は夏川くんに近づかないようにしている。
夏川くんは、私がひとりぼっちでいるのを見たら、必ず声をかけてくるから。
たとえば、体育館の裏の草むした場所ーー膝の高さまで雑草が伸びていて、それを踏みながら歩くと、歩くたびにサワサワと心地よい音がして、青くさいにおいがしたーーを散歩していた時、夏川くんが校庭から私を見つけて駆け寄ってきた。
ーー海音! 一人で何してんの?
校庭に取り残された夏川くんの友達はこちらを眺めていた。どういう表情なのか分からないが、とりあえず穏やかではなさそうな表情をしている。
夏川くんはそんなことにはかまいもせず、私を誘ってくる。サッカーを一緒にしないか、と。
ーー仲のいいやつだけですれば?
ーーいいじゃん。混ざっちゃえば、関係ないよ。
その言葉にのせられて、サッカーに混じったが、プレイ中に友達の一人が夏川くんとケンカをした。何がケンカの発端だったのか分からないが、
「あんなやつ、誘うからだぞ」
と言っているのが聞こえた。
あんなやつって誰のこと?
そう思ってた時、私を囲む夏川くんの友達が、みんな、するどい視線で私を見ているのに気がついた。
そうか、夏川くんがケンカをしたのは、私のせいなのか、と思った。
昼休み。
教室は静かだ。
校庭のにぎやかさがとても遠く感じられる。
校庭に夏川くんの姿は見えなかったが、たぶん、探せばどこかにいるだろう。
だけど、あえて探さなかった。
ワアワアとか、キャアキャアとか、たくさんの生徒の声が入り混じって、にぎやかな声のかたまりみたいになって校庭に響いているのを、ぼんやり聞いていた。
その声はお日さまみたいに明るい。
私は、それを窓辺で聞いていた。
一人きりで、しんと静かな教室の隅で。
一人の時、教室は少し薄暗く感じる。
蛍光灯の明るさは授業中と同じはずなのに、どうしてだろう。
そうやって一人でぼんやりしていると、空想ばかりしてしまう。
今、教室の隅にいるのは本当の自分じゃない。これは、仮の姿で、本当の自分は校庭の真ん中にいる。
そんな空想だ。
もう一人の自分の姿を、あれこれ想像するのは楽しい。
もう一人の自分は、男の子だったらいいな。
今よりもっと勉強ができて、足ももっと速くて、サッカーも上手。
すらっと背が高いし、かっこよくて、みんなの人気者で……。
気がついたら、夏川くんのいいところばかりを並べ上げていた。
そんな自分に驚いて、校庭から目をそらした。
その時、教室のドアがガラリと開いた。
「いた、いた。おまえ、こんなところで一人で何やってんだよ」
そう話しかけてきたのは夏川くんだった。
「昼休み、終わっちまうぜ。早く出てこいよ」
私は、夏川くんに背中を向けたまま、
「うるさいな。なんでいちいち誘ってくるの?」
と言った。
絶対に振り向かないと決めていた。
窓枠をつかんだ手に力をこめて、
「そういうの、迷惑だから」
と言った。
夏川くんはそれを聞いて、少しの間、黙り込んだ。
手によりいっそうギュッと力を込める。
今、夏川くんはどんな顔をしているのだろう。振り向いて確かめたくなった。
だけど、振り向かなかった。
しばらくして、夏川くんがちょっと沈んだ声で、
「そっか。誘ってごめん」
と言った。
それから、教室のドアがガラガラとしまる音がした。
私は窓の外を眺めながら歯を食いしばった。
夏川くんと自分を隔てたドアの音が、いつまでも耳に残っていた。
私は窓枠の上に顔を伏せた。
やっぱり、違う自分になれたら良かったのに、と思った。
いろんなことが飛び抜けてできなくてもいいけど、クラスにフツーになじめる生徒になれたら良かったのに。
そしたら、夏川くんと一緒に校庭に飛び出していけたのに。
しばらくの間、窓枠にのせた腕にぐっと顔を押しつけていた。
勝手に目頭が熱くなってくるので、涙がこぼれないように力を込めていないといけなかった。
すると、背後でギシッと物音がした。
教室には自分以外は誰もいないはずだった。
だけど、耳をすますと、やっぱり誰かが教室のドアにもたれかかっているみたいにギシギシとドアがきしむ音がした。
私は目の下を赤くして振り返った。
すると、そこには夏川くんがいた。
「なんでそこに……」
「ずっとここにいたよ。出たふりをして、ドアを閉めただけ」
そう言ってから、窓際に近づいてくる。そして、私のすぐ近くに立って、
「嘘つき」
と言った。
「泣くぐらい、さみしいくせに」
なんでって、胸の中でつぶやいた。
なんで、見抜かれているんだろう。必死に隠していたのに。夏川くんのために、隠していたのに。
夏川くんが私の頭の上にポンと手を置いた。
温かくてしっかりした手のひらの感触が頭に伝わる。
その手の下で、ひとすじ、涙をこぼした。
夏川くんは窓の外の遠くに目をやって、泣いている顔を見ないでいてくれた。
頭にのせられた手は、私を守ってくれているみたいに感じた。
手の影の下で、涙がひとすじ、またひとすじと、頬をつたった。
続く~
わざと、そっぽを向いてしまう。
わざと、不機嫌な顔をする。
本当は、そんな顔をしたいんじゃない。
だけど、周りにも自分にも嘘をついてばかりだ。
教室の隅っこと、教室の真ん中は、とっても遠い。
隅っこにいると、真ん中にいる人からは見えない。
私がいるのは、いつも隅っこ。
寂しくなんかない、と自分に嘘をつくたびに、ピンと背中からトゲが出る。
みんなと仲良くなんかしたくない、と思うたびに、またトゲが増えていく。
そうしてだんだん、ヤマアラシみたいにトゲトゲになっていく。
すると、顔までトゲトゲしてくる。
だから、いつも私は不機嫌そうな顔をしている。
本当は、勇気がないだけ。
さみしいって、つぶやく勇気がないだけ。
思いきって、さみしいって誰かに言ってみたのに、
「あっち行け」って言われるのが怖いだけ。
• • •
夏川くんはいい人で、当然のように友達がたくさんいた。
夏川くんと他の誰かが校庭で遊んでいる時、私は夏川くんに近づかないようにしている。
夏川くんは、私がひとりぼっちでいるのを見たら、必ず声をかけてくるから。
たとえば、体育館の裏の草むした場所ーー膝の高さまで雑草が伸びていて、それを踏みながら歩くと、歩くたびにサワサワと心地よい音がして、青くさいにおいがしたーーを散歩していた時、夏川くんが校庭から私を見つけて駆け寄ってきた。
ーー海音! 一人で何してんの?
校庭に取り残された夏川くんの友達はこちらを眺めていた。どういう表情なのか分からないが、とりあえず穏やかではなさそうな表情をしている。
夏川くんはそんなことにはかまいもせず、私を誘ってくる。サッカーを一緒にしないか、と。
ーー仲のいいやつだけですれば?
ーーいいじゃん。混ざっちゃえば、関係ないよ。
その言葉にのせられて、サッカーに混じったが、プレイ中に友達の一人が夏川くんとケンカをした。何がケンカの発端だったのか分からないが、
「あんなやつ、誘うからだぞ」
と言っているのが聞こえた。
あんなやつって誰のこと?
そう思ってた時、私を囲む夏川くんの友達が、みんな、するどい視線で私を見ているのに気がついた。
そうか、夏川くんがケンカをしたのは、私のせいなのか、と思った。
昼休み。
教室は静かだ。
校庭のにぎやかさがとても遠く感じられる。
校庭に夏川くんの姿は見えなかったが、たぶん、探せばどこかにいるだろう。
だけど、あえて探さなかった。
ワアワアとか、キャアキャアとか、たくさんの生徒の声が入り混じって、にぎやかな声のかたまりみたいになって校庭に響いているのを、ぼんやり聞いていた。
その声はお日さまみたいに明るい。
私は、それを窓辺で聞いていた。
一人きりで、しんと静かな教室の隅で。
一人の時、教室は少し薄暗く感じる。
蛍光灯の明るさは授業中と同じはずなのに、どうしてだろう。
そうやって一人でぼんやりしていると、空想ばかりしてしまう。
今、教室の隅にいるのは本当の自分じゃない。これは、仮の姿で、本当の自分は校庭の真ん中にいる。
そんな空想だ。
もう一人の自分の姿を、あれこれ想像するのは楽しい。
もう一人の自分は、男の子だったらいいな。
今よりもっと勉強ができて、足ももっと速くて、サッカーも上手。
すらっと背が高いし、かっこよくて、みんなの人気者で……。
気がついたら、夏川くんのいいところばかりを並べ上げていた。
そんな自分に驚いて、校庭から目をそらした。
その時、教室のドアがガラリと開いた。
「いた、いた。おまえ、こんなところで一人で何やってんだよ」
そう話しかけてきたのは夏川くんだった。
「昼休み、終わっちまうぜ。早く出てこいよ」
私は、夏川くんに背中を向けたまま、
「うるさいな。なんでいちいち誘ってくるの?」
と言った。
絶対に振り向かないと決めていた。
窓枠をつかんだ手に力をこめて、
「そういうの、迷惑だから」
と言った。
夏川くんはそれを聞いて、少しの間、黙り込んだ。
手によりいっそうギュッと力を込める。
今、夏川くんはどんな顔をしているのだろう。振り向いて確かめたくなった。
だけど、振り向かなかった。
しばらくして、夏川くんがちょっと沈んだ声で、
「そっか。誘ってごめん」
と言った。
それから、教室のドアがガラガラとしまる音がした。
私は窓の外を眺めながら歯を食いしばった。
夏川くんと自分を隔てたドアの音が、いつまでも耳に残っていた。
私は窓枠の上に顔を伏せた。
やっぱり、違う自分になれたら良かったのに、と思った。
いろんなことが飛び抜けてできなくてもいいけど、クラスにフツーになじめる生徒になれたら良かったのに。
そしたら、夏川くんと一緒に校庭に飛び出していけたのに。
しばらくの間、窓枠にのせた腕にぐっと顔を押しつけていた。
勝手に目頭が熱くなってくるので、涙がこぼれないように力を込めていないといけなかった。
すると、背後でギシッと物音がした。
教室には自分以外は誰もいないはずだった。
だけど、耳をすますと、やっぱり誰かが教室のドアにもたれかかっているみたいにギシギシとドアがきしむ音がした。
私は目の下を赤くして振り返った。
すると、そこには夏川くんがいた。
「なんでそこに……」
「ずっとここにいたよ。出たふりをして、ドアを閉めただけ」
そう言ってから、窓際に近づいてくる。そして、私のすぐ近くに立って、
「嘘つき」
と言った。
「泣くぐらい、さみしいくせに」
なんでって、胸の中でつぶやいた。
なんで、見抜かれているんだろう。必死に隠していたのに。夏川くんのために、隠していたのに。
夏川くんが私の頭の上にポンと手を置いた。
温かくてしっかりした手のひらの感触が頭に伝わる。
その手の下で、ひとすじ、涙をこぼした。
夏川くんは窓の外の遠くに目をやって、泣いている顔を見ないでいてくれた。
頭にのせられた手は、私を守ってくれているみたいに感じた。
手の影の下で、涙がひとすじ、またひとすじと、頬をつたった。
続く~