「家まで送るよ」
バス停の前で、晴空がそう言ってくれたが、
私は首を横にふった。
晴空は、赤くなった私の目元を心配そうに見つめていた。
「大丈夫、もう落ちついたから。びっくりさせてごめん」
わあわあ声を上げて泣いてしまったことが照れくさくて、不器用に笑顔をとりつくろって晴空に手を振った。
それから、一人で歩いて帰った。
家の前までたどりついて、玄関のドアノブに手をかけると、中から両親の声が聞こえた。
外まで響くような大声で口論をしていた。ドアノブにかけていた手を引っ込める。
「もう、うんざりなのよ!」
「それはこっちのセリフだ!」
「もう、出ていくわ!」
「ああ、出て行け! もう終わりだよ‼︎」
尖った声がドアを突き抜け、次から次へと耳に飛び込んできた。
私はそれを聞きながら固まっていた。
延々と言い合いが続く。
私は一度はドアにかけかけた手をおろすと、くるっと体の向きをかえて駆け出した。
走って、走って、息を切らして走り続けて……。
もう暗くなった路地裏を駆けていく。
細い道を抜け、走り着いた先で、膝に手をついてハアハアと息をした。
私の前には、一軒の家があった。
何度か来たことのあるその家には、庭に面して窓があって、窓からは、暖色の柔らかな明かりがもれていた。
人の家の、生活の気配だと思った。
息が整うと立ち上がってその家の玄関の前にゆっくりと歩いていった。
玄関に取り付けられたチャイムをじっと見つめる。
日が暮れてから、誰かの家を一人で訪ねるなんて初めてだった。
ドキドキしていた。
だけど、思い切ってチャイムを鳴らした。
ガチャッとドアが開いて、中から晴空が顔をのぞかせた。
「どうした?」
目を丸くして、私の顔を眺めてくる。
「あ、えっと……」
口ごもっていると、廊下の奥から晴空のお父さんの声が聞こえた。
「誰が来たんだ?」
その声に、晴空が答える。
「ええと……、友達!」
それから、私にこう言った。
「まあ、とにかくあがれよ」
ドギマギしながら玄関で靴を脱いでいると、父親がエプロン姿でやってきて、
「あれ、海音ちゃんじゃないか」
と言った。
「どうしたの、こんな時間に」
廊下の奥のドアが開いていて、中から夕食のにおいがしていた。
家族でこれから食事をするところだったんだな……。そう思った私は、脱ぎかけた靴にもう一度足を入れた。
「ごめん、やっぱりいい」
そうつぶやくと、晴空に背を向けて駆け出した。
ドアを開いて外へ飛び出していく。
「ちょっと待てって!」
晴空が外まで追いかけてきて、私の手首をつかんだ。
「急に来て、急に帰るなよ。どうしたんだよ」
私は両親のケンカの声を思い出し、暗い顔をする。家に帰りたくないから衝動的に晴空の家に来てしまったが、どう説明したらいいだろう。
黙り込んだ私を見て、晴空がこう言った。
「説明はあとでいいよ。とにかく、あがっていけって」
「そうだよ、せっかく来たんだし。ご飯も一緒に食べていったらどうだい」
晴空のお父さんもわざわざ玄関の外までやってきて、私にのんびりと微笑みかけてきた。
「おうちの人には、連絡しとくよ」
二人に背を押され、LDKになっている一階の広い部屋に足を踏み入れた。
部屋の一番奥にキッチンがあって、キッチンカウンターの手前に木のテーブルが置いてあった。
テーブルより手前には、テレビやソファー、背の低いガラステーブルが置かれていた。
私はその部屋に入って、まず食事用のテーブルに目をひかれた。
そこにはローストビーフに、サラダ、ハンバーグに、エビフライ、パスタが並んでいた。
おまけに特大のホールケーキがキッチンカウンターに置いてあった。
まるでパーティだ。
「何、この豪華なメニュー」
びっくりして、口がポカンと開いた。
「何って、今日、俺、誕生日だもん」
私は、もう一度びっくりした。
「言ってよ! 今日、昼から夕方までずっと一緒だったじゃん!」
慌てている私を見て、晴空はおかしそうな顔をした。
「今日は特別な日なんだって言ったじゃん」
あ、「特別な日」って確かに言ってた……。
でも、なんでそんな日に、私なんかと美術館に?
絵が好きでもないのに?
「誕生日だったら、晴空が行きたい場所に出かけたら良かったのに」
晴空は父親をチラッと見て照れ臭そうにしながら、
「俺は、海音が楽しそうな顔してくれる場所に行きたかったんだよ」
と言った。
私は、びっくりして言葉を失った。
信じられない!
胸いっぱいに驚きが広がる。
そして、じわじわと幸福も広がる。
黙り込んだ私の前で晴空も照れ臭そうに黙っていたが、しばらくして、
「それにさ、訪ねてきてくれてちょうど良かったんだ」
と言った。
「父さんがサイズを間違えて、でっかいケーキを頼んじゃってさ。冷蔵庫にも入んないし、困ってたんだよ」
晴空がそう言い終えた時、ピンポンとチャイムが鳴った。
晴空が玄関に様子を見に行く。
私はドアの隙間から様子をうかがっていた。
晴空がドアを開くと、その向こうには月森くんと一条さん、それに立花さんの姿があった。
「やっと会えた! もー、昼間はどこに行ってたのよ!
誕生日、予定ないって言ってたじゃん。
嘘つきー!」
一条さんが頬を膨らませていた。
「俺ら、昼間、何回も晴空んちに来たんだぜ」
と、月森くんが言う。
「そのたびに留守なんだもん」
一条さんがぷりぷりしていた。
「まあ、来るのを秘密にしてたから、留守でも仕方ないんだけど……」
と立花さんが眉をハの字にして笑った。
「それはそうなんだけどさ、実は、
サプライズで誕生日を祝おうって、俺ら三人で計画してたんだ」
と月森くんがいたずらっぽく笑った。
「そうだったんだ。わりーな、ちょっと急に用事ができてさ……」
晴空がごまかすように、視線をそらした。
急用なんてウソじゃないか、と私は心の中でツッコミを入れた。
「あれ? 海音ちゃん」
一条さんが、ドアからのぞいた私の顔に気がついた。
立花さんが目を丸くした。
「来てたんだ。南さんも夏川くんの誕生日をお祝いにしにきたの?」
私と晴空は視線を合わせ、どう答えようか探り合うように黙り込んだ。
一条さんはその様子を見て、何か勘づいたような顔をした。
月森くんはというと、私たち二人をニヤニヤとした目で見つめていた。
晴空は一人一人の反応を順繰りに眺めてから、「あ、それじゃあせっかく来てくれたんだし……」
と、明るい口調で話題を変えた。「でっかいケーキがあるんだ。食べてく?」
みんなが、パッと明るい顔をした。
靴を脱ぎ散らかし、がやがやと玄関にあがってくる。
キッチンで料理をしていた晴空のお父さんは、部屋に次々と入ってくる友達の姿を見て、思わず料理の手を止めた。
「わあ! ずいぶん人数が増えたね。料理が足りるかなあ」
お父さんは、ちょっと腕組みして、
「ピザでもとるかい?」
と尋ねてきた。
「やったー!」
とみんな大喜びする。
ピザも届き、みんなでワイワイ言いながら食事をしていたところへ晴空のお母さんとおばあちゃんが帰ってきた。
今日はおばあちゃんがショートステイから帰ってくる日だったようで、お母さんは大きな荷物を抱えていた。
お母さんは、部屋に入ってくるなり、
「まあ、大勢でパーティ? 素敵!」
と言って目を輝かせた。
おばあちゃんは、
「こりゃ、にぎやかなこと!」
と、びっくりするような大きな声量で言った。
どうやら、耳が遠いようだ。
「おばあちゃん、この子たちはね、晴空のお友達!」
お母さんがおばあちゃんの耳元で大きな声を出す。
「あらそう、はるちゃんの!」
と言ってニコニコ笑う。
「こんばんは!」
と、一条さんと立花さん、月森くんが声をそろえて言った。
「はいはい、こんばんは! まあ、可愛らしいね」
おばあちゃんは、たちまち一条さんたちに取り囲まれた。四人は楽しそうに会話を始める。合間に笑い声がはじけていた。
しばらく会話していた四人だったが、ふとおばあちゃんが真顔になり、
「それで、あんたら、どちらさん?」
と尋ねた。
また、お母さんが、
「晴空のお友達!」
と耳元で叫ぶ。
一条さんたちはそれを見て和やかに笑っていた。
晴空と私も視線を合わせて笑い合った。
それからしばらく、居間からお母さんは姿を消していたが、どうやらおばあちゃんの荷物を片付けていたらしい。
片付けがすんでから居間に戻ってきたお母さんが、
「ああ、お腹すいた」
と言いながらテーブルについた。
おばあちゃんと一条さんたちは、私や晴空より先に食事を終え、ソファーでテレビを見て和やかに過ごしていた。会話はとんちんかんだったが、楽しそうだった。
そんな様子をちらりと見てお母さんが微笑む。
それから、テーブルに向き直り、フォークと小皿を手にとって食事に手をつけようとした。
そして、
「あら……」
とつぶやいた。
ちょうど向かいに座っていた私を見て、パチパチとまばたきをする。
「あなた初めて会うわね。もしかして……」
言いかけたお母さんに、私のとなりに座っていた晴空が、
「海音だよ」
と答えた。
「やっぱりそうね。会えて嬉しいわ。
晴空からあなたの話をよく聞くのよ。
イメージ通り! かわいい子ね」
私が晴空に目をやると、晴空は照れ臭そうにスイッと視線をそらした。
晴空のお父さんが微笑ましいものをみるような優しい目で私たちを見ていた。
そのあと、テレビの前のソファーに子供たちみんなで集まってケーキを食べた。
生クリームとイチゴのケーキだった。
私がケーキの上のイチゴを皿の端にのけてから食べていると、となりにいた一条さんが、
「イチゴ、嫌いなの?」
と尋ねてきた。
「違うよ。最後にとってあるの」
月森くんがふざけて、
「もーらい」
とフォークを伸ばしてきた。
「だから、とってあるの!」
皿を月森くんから遠ざける。
「私が食べちゃおう!」
一条さんが反対側からフォークを伸ばしてくる。
「もう! やめてよ!」
「いいだろ!」
楽しそうにからかってくる月森くんと一条さんを晴空がとめた。
「本当に怒るから、やめろって」
月森くんと一条さんが顔を見合わせて笑う。
「だって、海音ちゃん、反応がかわいいんだもん」
「なあ」
「なあ、じゃねーよ」
「固いこと言うなよ。それに、俺はさ、俺なりに海音をかわいがってるつもりなんだよ」
月森くんが私の肩に腕を回して、ぐっと私を抱き寄せた。はずみで、私の皿の上のケーキが踊った。
晴空がムカッとするような表情を浮かべた。
「ベタベタすんなよ」
「なんで? いいじゃん」
月森くんが私の肩を抱いたまま、晴空を挑発するような目をする。
なぜか急にバチバチと視線をぶつけ合い始めた晴空と月森くんに私は驚いた。
「急になんでケンカするの? なんか分かんないけど、私のせい?」
晴空と月森くんは声を合わせて、
「おまえのせいじゃないから心配すんな」
と言った。
「悠人はいつも調子にのりすぎるんだ」
月森くんが肩をすくめる。
「調子にのるのが俺らしさなんだよ。楽しくないと人生じゃないね」
「おまえだけだろ、楽しいのは!
だいたいな、一度、昼休みに教室で海音と派手なケンカしたけど、あの時に原因を作ったのだっておまえだからな」
教室で大ゲンカをした時の話だ。
実は、あの日のケンカは、私が描いたフラグの下書きに、月森くんが落書きをしようとしたことが発端だった。
月森くんは冗談のつもりだったらしいが、まにうけた私が怒りだして、まず月森くんと私がケンカになった。
二人の間に入ってケンカを止めようとした晴空が、とばっちりを食らって私と大ゲンカするはめになった。
晴空と私が激しく言い合っていた頃、月森くんはこっそりと教室から姿を消していた。
「そんなこともあったな。
おまえ、あの時、怒ったまま教室を飛び出してったらしいな」
と、月森くんが人ごとみたいに笑う。
「そうだよ。
なのに俺が教室に戻ってみたら、おまえは先にしれっと教室に戻ってて、海音と平然と会話してただろ。
はり倒してやろうかと思ったよ」
アハハ、と月森くんが笑う。
「いや、晴空も人並みに友達の前で怒るようになったな。人間らしくなって良かったよ」
「おまえが怒らせてるんだろ!」
怒っている晴空を、月森くんは笑いながらのらりくらりとかわす。
そんな二人の様子を、間に挟まれて心配そうに見ていると、立花さんが、テーブルの向こうから顔を近づけてきて、
「心配しなくて大丈夫だよ」
と耳打ちしてきた。
一条さんも、
「そうそう。じゃれ合ってるだけだから」
と私のとなりで言った。
「晴空と月森くん、仲いいんだね」
と、つぶやくと、一条さんがイチゴを刺したフォークで、私と晴空の方を指し示しながら、
「あなたたちもね」
と言った。
少し白いところが残ったイチゴを一口でパクリと食べて、
「うーん、甘酸っぱくておいしい!」
と、頬をおさえて言った。
気づくと、私の皿のイチゴがなくなっていた。
「あ、私のイチゴ!」
アハハッ、と一条さんが笑う。
みんなもそれにつられて笑った。
にぎやかな子供たちの様子を、晴空の両親とおばあちゃんがテーブルの脇でくつろぎながら微笑んで見守っていた。
続く~
バス停の前で、晴空がそう言ってくれたが、
私は首を横にふった。
晴空は、赤くなった私の目元を心配そうに見つめていた。
「大丈夫、もう落ちついたから。びっくりさせてごめん」
わあわあ声を上げて泣いてしまったことが照れくさくて、不器用に笑顔をとりつくろって晴空に手を振った。
それから、一人で歩いて帰った。
家の前までたどりついて、玄関のドアノブに手をかけると、中から両親の声が聞こえた。
外まで響くような大声で口論をしていた。ドアノブにかけていた手を引っ込める。
「もう、うんざりなのよ!」
「それはこっちのセリフだ!」
「もう、出ていくわ!」
「ああ、出て行け! もう終わりだよ‼︎」
尖った声がドアを突き抜け、次から次へと耳に飛び込んできた。
私はそれを聞きながら固まっていた。
延々と言い合いが続く。
私は一度はドアにかけかけた手をおろすと、くるっと体の向きをかえて駆け出した。
走って、走って、息を切らして走り続けて……。
もう暗くなった路地裏を駆けていく。
細い道を抜け、走り着いた先で、膝に手をついてハアハアと息をした。
私の前には、一軒の家があった。
何度か来たことのあるその家には、庭に面して窓があって、窓からは、暖色の柔らかな明かりがもれていた。
人の家の、生活の気配だと思った。
息が整うと立ち上がってその家の玄関の前にゆっくりと歩いていった。
玄関に取り付けられたチャイムをじっと見つめる。
日が暮れてから、誰かの家を一人で訪ねるなんて初めてだった。
ドキドキしていた。
だけど、思い切ってチャイムを鳴らした。
ガチャッとドアが開いて、中から晴空が顔をのぞかせた。
「どうした?」
目を丸くして、私の顔を眺めてくる。
「あ、えっと……」
口ごもっていると、廊下の奥から晴空のお父さんの声が聞こえた。
「誰が来たんだ?」
その声に、晴空が答える。
「ええと……、友達!」
それから、私にこう言った。
「まあ、とにかくあがれよ」
ドギマギしながら玄関で靴を脱いでいると、父親がエプロン姿でやってきて、
「あれ、海音ちゃんじゃないか」
と言った。
「どうしたの、こんな時間に」
廊下の奥のドアが開いていて、中から夕食のにおいがしていた。
家族でこれから食事をするところだったんだな……。そう思った私は、脱ぎかけた靴にもう一度足を入れた。
「ごめん、やっぱりいい」
そうつぶやくと、晴空に背を向けて駆け出した。
ドアを開いて外へ飛び出していく。
「ちょっと待てって!」
晴空が外まで追いかけてきて、私の手首をつかんだ。
「急に来て、急に帰るなよ。どうしたんだよ」
私は両親のケンカの声を思い出し、暗い顔をする。家に帰りたくないから衝動的に晴空の家に来てしまったが、どう説明したらいいだろう。
黙り込んだ私を見て、晴空がこう言った。
「説明はあとでいいよ。とにかく、あがっていけって」
「そうだよ、せっかく来たんだし。ご飯も一緒に食べていったらどうだい」
晴空のお父さんもわざわざ玄関の外までやってきて、私にのんびりと微笑みかけてきた。
「おうちの人には、連絡しとくよ」
二人に背を押され、LDKになっている一階の広い部屋に足を踏み入れた。
部屋の一番奥にキッチンがあって、キッチンカウンターの手前に木のテーブルが置いてあった。
テーブルより手前には、テレビやソファー、背の低いガラステーブルが置かれていた。
私はその部屋に入って、まず食事用のテーブルに目をひかれた。
そこにはローストビーフに、サラダ、ハンバーグに、エビフライ、パスタが並んでいた。
おまけに特大のホールケーキがキッチンカウンターに置いてあった。
まるでパーティだ。
「何、この豪華なメニュー」
びっくりして、口がポカンと開いた。
「何って、今日、俺、誕生日だもん」
私は、もう一度びっくりした。
「言ってよ! 今日、昼から夕方までずっと一緒だったじゃん!」
慌てている私を見て、晴空はおかしそうな顔をした。
「今日は特別な日なんだって言ったじゃん」
あ、「特別な日」って確かに言ってた……。
でも、なんでそんな日に、私なんかと美術館に?
絵が好きでもないのに?
「誕生日だったら、晴空が行きたい場所に出かけたら良かったのに」
晴空は父親をチラッと見て照れ臭そうにしながら、
「俺は、海音が楽しそうな顔してくれる場所に行きたかったんだよ」
と言った。
私は、びっくりして言葉を失った。
信じられない!
胸いっぱいに驚きが広がる。
そして、じわじわと幸福も広がる。
黙り込んだ私の前で晴空も照れ臭そうに黙っていたが、しばらくして、
「それにさ、訪ねてきてくれてちょうど良かったんだ」
と言った。
「父さんがサイズを間違えて、でっかいケーキを頼んじゃってさ。冷蔵庫にも入んないし、困ってたんだよ」
晴空がそう言い終えた時、ピンポンとチャイムが鳴った。
晴空が玄関に様子を見に行く。
私はドアの隙間から様子をうかがっていた。
晴空がドアを開くと、その向こうには月森くんと一条さん、それに立花さんの姿があった。
「やっと会えた! もー、昼間はどこに行ってたのよ!
誕生日、予定ないって言ってたじゃん。
嘘つきー!」
一条さんが頬を膨らませていた。
「俺ら、昼間、何回も晴空んちに来たんだぜ」
と、月森くんが言う。
「そのたびに留守なんだもん」
一条さんがぷりぷりしていた。
「まあ、来るのを秘密にしてたから、留守でも仕方ないんだけど……」
と立花さんが眉をハの字にして笑った。
「それはそうなんだけどさ、実は、
サプライズで誕生日を祝おうって、俺ら三人で計画してたんだ」
と月森くんがいたずらっぽく笑った。
「そうだったんだ。わりーな、ちょっと急に用事ができてさ……」
晴空がごまかすように、視線をそらした。
急用なんてウソじゃないか、と私は心の中でツッコミを入れた。
「あれ? 海音ちゃん」
一条さんが、ドアからのぞいた私の顔に気がついた。
立花さんが目を丸くした。
「来てたんだ。南さんも夏川くんの誕生日をお祝いにしにきたの?」
私と晴空は視線を合わせ、どう答えようか探り合うように黙り込んだ。
一条さんはその様子を見て、何か勘づいたような顔をした。
月森くんはというと、私たち二人をニヤニヤとした目で見つめていた。
晴空は一人一人の反応を順繰りに眺めてから、「あ、それじゃあせっかく来てくれたんだし……」
と、明るい口調で話題を変えた。「でっかいケーキがあるんだ。食べてく?」
みんなが、パッと明るい顔をした。
靴を脱ぎ散らかし、がやがやと玄関にあがってくる。
キッチンで料理をしていた晴空のお父さんは、部屋に次々と入ってくる友達の姿を見て、思わず料理の手を止めた。
「わあ! ずいぶん人数が増えたね。料理が足りるかなあ」
お父さんは、ちょっと腕組みして、
「ピザでもとるかい?」
と尋ねてきた。
「やったー!」
とみんな大喜びする。
ピザも届き、みんなでワイワイ言いながら食事をしていたところへ晴空のお母さんとおばあちゃんが帰ってきた。
今日はおばあちゃんがショートステイから帰ってくる日だったようで、お母さんは大きな荷物を抱えていた。
お母さんは、部屋に入ってくるなり、
「まあ、大勢でパーティ? 素敵!」
と言って目を輝かせた。
おばあちゃんは、
「こりゃ、にぎやかなこと!」
と、びっくりするような大きな声量で言った。
どうやら、耳が遠いようだ。
「おばあちゃん、この子たちはね、晴空のお友達!」
お母さんがおばあちゃんの耳元で大きな声を出す。
「あらそう、はるちゃんの!」
と言ってニコニコ笑う。
「こんばんは!」
と、一条さんと立花さん、月森くんが声をそろえて言った。
「はいはい、こんばんは! まあ、可愛らしいね」
おばあちゃんは、たちまち一条さんたちに取り囲まれた。四人は楽しそうに会話を始める。合間に笑い声がはじけていた。
しばらく会話していた四人だったが、ふとおばあちゃんが真顔になり、
「それで、あんたら、どちらさん?」
と尋ねた。
また、お母さんが、
「晴空のお友達!」
と耳元で叫ぶ。
一条さんたちはそれを見て和やかに笑っていた。
晴空と私も視線を合わせて笑い合った。
それからしばらく、居間からお母さんは姿を消していたが、どうやらおばあちゃんの荷物を片付けていたらしい。
片付けがすんでから居間に戻ってきたお母さんが、
「ああ、お腹すいた」
と言いながらテーブルについた。
おばあちゃんと一条さんたちは、私や晴空より先に食事を終え、ソファーでテレビを見て和やかに過ごしていた。会話はとんちんかんだったが、楽しそうだった。
そんな様子をちらりと見てお母さんが微笑む。
それから、テーブルに向き直り、フォークと小皿を手にとって食事に手をつけようとした。
そして、
「あら……」
とつぶやいた。
ちょうど向かいに座っていた私を見て、パチパチとまばたきをする。
「あなた初めて会うわね。もしかして……」
言いかけたお母さんに、私のとなりに座っていた晴空が、
「海音だよ」
と答えた。
「やっぱりそうね。会えて嬉しいわ。
晴空からあなたの話をよく聞くのよ。
イメージ通り! かわいい子ね」
私が晴空に目をやると、晴空は照れ臭そうにスイッと視線をそらした。
晴空のお父さんが微笑ましいものをみるような優しい目で私たちを見ていた。
そのあと、テレビの前のソファーに子供たちみんなで集まってケーキを食べた。
生クリームとイチゴのケーキだった。
私がケーキの上のイチゴを皿の端にのけてから食べていると、となりにいた一条さんが、
「イチゴ、嫌いなの?」
と尋ねてきた。
「違うよ。最後にとってあるの」
月森くんがふざけて、
「もーらい」
とフォークを伸ばしてきた。
「だから、とってあるの!」
皿を月森くんから遠ざける。
「私が食べちゃおう!」
一条さんが反対側からフォークを伸ばしてくる。
「もう! やめてよ!」
「いいだろ!」
楽しそうにからかってくる月森くんと一条さんを晴空がとめた。
「本当に怒るから、やめろって」
月森くんと一条さんが顔を見合わせて笑う。
「だって、海音ちゃん、反応がかわいいんだもん」
「なあ」
「なあ、じゃねーよ」
「固いこと言うなよ。それに、俺はさ、俺なりに海音をかわいがってるつもりなんだよ」
月森くんが私の肩に腕を回して、ぐっと私を抱き寄せた。はずみで、私の皿の上のケーキが踊った。
晴空がムカッとするような表情を浮かべた。
「ベタベタすんなよ」
「なんで? いいじゃん」
月森くんが私の肩を抱いたまま、晴空を挑発するような目をする。
なぜか急にバチバチと視線をぶつけ合い始めた晴空と月森くんに私は驚いた。
「急になんでケンカするの? なんか分かんないけど、私のせい?」
晴空と月森くんは声を合わせて、
「おまえのせいじゃないから心配すんな」
と言った。
「悠人はいつも調子にのりすぎるんだ」
月森くんが肩をすくめる。
「調子にのるのが俺らしさなんだよ。楽しくないと人生じゃないね」
「おまえだけだろ、楽しいのは!
だいたいな、一度、昼休みに教室で海音と派手なケンカしたけど、あの時に原因を作ったのだっておまえだからな」
教室で大ゲンカをした時の話だ。
実は、あの日のケンカは、私が描いたフラグの下書きに、月森くんが落書きをしようとしたことが発端だった。
月森くんは冗談のつもりだったらしいが、まにうけた私が怒りだして、まず月森くんと私がケンカになった。
二人の間に入ってケンカを止めようとした晴空が、とばっちりを食らって私と大ゲンカするはめになった。
晴空と私が激しく言い合っていた頃、月森くんはこっそりと教室から姿を消していた。
「そんなこともあったな。
おまえ、あの時、怒ったまま教室を飛び出してったらしいな」
と、月森くんが人ごとみたいに笑う。
「そうだよ。
なのに俺が教室に戻ってみたら、おまえは先にしれっと教室に戻ってて、海音と平然と会話してただろ。
はり倒してやろうかと思ったよ」
アハハ、と月森くんが笑う。
「いや、晴空も人並みに友達の前で怒るようになったな。人間らしくなって良かったよ」
「おまえが怒らせてるんだろ!」
怒っている晴空を、月森くんは笑いながらのらりくらりとかわす。
そんな二人の様子を、間に挟まれて心配そうに見ていると、立花さんが、テーブルの向こうから顔を近づけてきて、
「心配しなくて大丈夫だよ」
と耳打ちしてきた。
一条さんも、
「そうそう。じゃれ合ってるだけだから」
と私のとなりで言った。
「晴空と月森くん、仲いいんだね」
と、つぶやくと、一条さんがイチゴを刺したフォークで、私と晴空の方を指し示しながら、
「あなたたちもね」
と言った。
少し白いところが残ったイチゴを一口でパクリと食べて、
「うーん、甘酸っぱくておいしい!」
と、頬をおさえて言った。
気づくと、私の皿のイチゴがなくなっていた。
「あ、私のイチゴ!」
アハハッ、と一条さんが笑う。
みんなもそれにつられて笑った。
にぎやかな子供たちの様子を、晴空の両親とおばあちゃんがテーブルの脇でくつろぎながら微笑んで見守っていた。
続く~