念話のたぐいだろうか。頭に直接話しかけてくるというより、膨大なデータが入り込んでくる感じ。
 話を要約すると、この『ぬっぺふほふ』は、お腹がすいている――らしい。

「いや八文字で済むじゃん!」

 思わず叫ぶと、ビクッと冬夜くんが驚いていた。 
 自分語りとか自分の好みとか最近の趣味とか、無駄な情報が流れて来て、頭パンクしちゃったよ。そりゃ夏樹くんもこの妖怪の名前を『コッペパン』だと勘違いするぐらいたくさんあったよ。
 私は、鞄の中から名刺を取り出して、『ぬっぺふほふ』に渡す。『妖怪食堂』の名刺だ。

「このお店、最近できたから知らないと思うけど、妖怪や霊能力者を顧客にしたお店なの。よかったらどうぞ」

 私がそう言うと、『ぬっぺふほふ』は指の無い両手でそれを受け取った。
 そして、手の先から、ぬぷっと身体を溶かして、饅頭のようなものを渡す。
 私がそれを受け取ると、そのまま『ぬっぺふほふ』はすばやく去っていった。

「……それは?」

 冬夜くんが尋ねてきた。これは見えるんだ。

「『ぬっぺふほふ』の肉塊。お礼代わりにくれたみたい」
「ああ、やっぱり『(ほう)』と同一視されているんだな」


 冬夜くん、本当に良く知ってるなあ。
 ――徳川家康の頃、城に肉塊と言おうか、肉人が現れた。
 警戒態勢バツグンな城に侵入してきた不気味な生き物。当然、家康は追い払えと家臣たちに命じる。
 しかし後日、その妖怪は『封』と呼ばれる妖怪で、その肉を食べればむっちゃすごい感じになる仙薬になったことを薬学者に説明されたという。
 この『封』と『ぬっぺふほふ』は、同じ妖怪だとみなされている。
 私はハンカチに包んで、風呂敷のような形にした。

「それで、話を聞かせてくれるかな。
 夏樹くんには視えるけど、冬夜くんには視えてないの?」
「うん。兄ちゃんは視えない」

 冬夜くんの代わりに、夏樹くんが答えた。

「昨日、初めて見たんだ。小野が倒した巨大なヘビを」

 冬夜くんが答えた。そしてどこか、さみしそうな顔をして言う。
 
「俺も『視える』ようになったと思ったんだが、『ぬっぺふほふ』が視えなかったってことは、たまたまみたいだ」

 そっか。
 確かに、普段視えない人も、相手との相性や時間帯、土地の影響、自身の体調などによって、たまたま視えることがある。
 そのたまたまが、昨日だったんだ。

「あんな大きなヘビを倒せるってことは、小野は退治屋か何かなのか?」

 冬夜くんの質問に、私はううん、と否定する。

「私は、『包丁師』だよ」