キンコンと鳴ってから、人がまばらに散っていく。
 教室で待っていると、少しして千尋さんがやって来た。

「ごめんなさい。HRが長引いちゃって」

 千尋さんは申し訳なさそうに片手を顔の前に出す。

「あかり、あ、呼び捨てしていい?」

 千尋さんの言葉に、私はうなずく。

「あかりって転校生よね? ここに来る前から、冬夜と何か関係があったりする?」
「ううん、全然。三日前に来たばっかりだし」

 なんなら、彼がこの学校の番長で、この町ではかなり有名な男の子だと店長から聞くまで、なんも知らなかった。

「千尋さんは、」
「私も呼び捨てでいいわよ」
「えーと……じゃあ、ちーちゃんって呼んでいい?」

 私がそう提案すると、千尋さん――ちーちゃんは、長いまつ毛を羽ばたかせるようにパチパチさせた。

「私、そんな呼び方されたの、初めてだわ」
「え、嘘。ダメだった?」
「ううん。ぜひそう呼んで」

 本人の許可をもらったので、私は続ける。

「その……ちーちゃんは、スケバン的な何か?」

 私は図書館にあった、昔の漫画の知識を思い出す。
 本人に聞くのは失礼かな、なんて思いつつも、いい言葉が見つからなかった。
 番長の冬夜くんと親しそうだから、そんな感じの繋がりなのかなって思ったけど、冬夜くんもちーちゃんも、見た目からはとてもそう見えない。

「ああ、違うわよ。冬夜の仲間ではあるけどね」

 ちーちゃんは笑いながら片手を振る。

「冬夜も私も別に、不良ってわけじゃないわ。
 単に、売られたケンカを買ったら、そう呼ばれるようになったの」

 顔を輝かせて、ちーちゃんは言った。
 ……なんでケンカが売られるのかな。セール中か何かなのかな。

「自分から人を殴るような男じゃないわ。人徳に関しては保証する。
 ルックスもいいし、成績も優秀。面倒見もいいから、すっごくモテるのよ」
「へー……」
「……でもあなた、あまり興味無さそうね」

 じっと、ちーちゃんが私を見る。
 反応が悪くて、嫌な思いさせちゃったかな?

「ごめんなさい、そういうの、話半分なの。
 ステータスで興味を持ったり、人付き合いしようっていうのは、その人の本当の姿を見失いそうだし。
 それに人と仲良くなるって、その人がすぐれているからじゃなくて、ご縁があるかないかだと思うから」

 すなおに私がそう言うと、ちーちゃんはとても面白そうに笑った。

「あかり。あなた、とってもいいわね」
「そう?」
「ええ。ステータスで人を見るなんて、とっても失礼だわ。それがわかっていないやつの多いこと」

 最後のとけとげしさに、私は思わずかわいた声で笑う。
 
「冬夜をアイドル扱いするならまだ許せるけど、『虫は排除しなきゃ』なんて言って、ちょっとでも話しかけた女子を呼び出したりするのよ? 私も何度嫌がらせされたか」
「う、うわー……大丈夫だった?」
「こてんぱんに叩きのめした」

 ちーちゃんはこぶしを握りしめて、胸のところで掲げる。強い。
「私、冬夜好きだけど、恋愛対象とかじゃないのよ。ってか、アレ見たら絶対無理」と吐き捨てる。アレってなんだろ。

「だから、呼び出し役は私だったの。冬夜が直接話しかけたら、あなたも被害を受けかねないから」

 本人が出向けなくてごめんなさいね、と言うちーちゃんに、そういうことだったんだ、と私は納得した。

「そう言えばなんで冬夜くん、教室にいなかったの? お休みしているんじゃないの?」
「ああ、うち、タブレットでどこでも授業に参加できるのよ。だから別室登校も家からも、なんなら録画した授業内容を見てレジュメ書けば、出席が認められるわけ。
 冬夜は低血圧で日中起きるのが辛いから、割とやってるのよ」

 へえ。タブレットはわかってたけど、そういうことも認められてるんだ。先進的で、多様性ある学校だなあ。
 ――なのに番長がある。番長(二回目)。

「ここよ」

 旧校舎の廊下の突き当たりのドアに、『オカルト研究会』と書かれたプレートが下がっていた。
 ……なんで人気者の番長が、オカルト研究会にいるんだろ。

「冬夜ー、入るわよー」

 きしむドアを開けて入ると、埃っぽい部屋に夕日が差し込んでいた。