そう、同級生なんだ。
変に浮かれて、すっかり見落としていた。どんなに不思議な力を持っていても、小野は俺と同じ中学二年生だということ。
そう気づいたのは、テーマパークで楽しそうにしている小野を見てからだった。
誰かに、ずっと呼ばれている気がする。
そのことを店長に相談すると、店長は険しい顔をしていた。
「それは、中学に入ってからなんだね?」
そうです、と答えかけて、ふと違うことに気づく。
「いえ。正しくは、番長になってからです」
入学して早々、俺は元番長である竜二に喧嘩を売られた。
あれはいったい何だったか。目つきが悪いとか、睨みつけてきたとか、ごくありふれた言いがかりだったと思う。
あの頃の竜二――というより、多くの開藤中の生徒の様子がおかしかった。殺気立っているというか、行き場のない怒りやイライラが、いつ爆発するかわからないようだった。生徒の様子に、教師たちも警戒して、それがますます彼らの不安定さを悪化させた。
喧嘩は弱いわけじゃない。なんやかんや、小学校から色んなトラブルに巻き込まれた。何よりナツを守るために、簡単な護身術は身に着けていた。俺には視えない相手に通じるかわからなかったけど、やらないよりマシだと思ったから。
それで、あの時も応戦しようとした。
「竜二が、変な風に吹き飛ばされたんです」
まるで、春一番か竜巻でも吹いたかのように。
けれど、俺は全く風を感じなかった。竜二も困惑しながら気絶していた。
その後、俺は皆から『番長』と言われるようになった。
「大蛇に、風……か」
難しい顔をして、店長が呟く。
「『何か』に気に入られている気がするね」
「俺が、ですか? ナツじゃなくて?」
「うん。それまで妖怪が視えなかったのに、呼ばれた先に行ったら大蛇がいて、それが視えたんでしょ?」
はい、と俺が答えると、「それって、君を迎えに来ているだと思うんだよね」と店長が言う。
「恐らく呼んだのは、その大蛇じゃない。多分その蛇は使いだ。多分、君を呼んでいるのは、」
「『神』だね。それも、かなり古い神だ」
音子さんが言った。
『神』。
スケールの大きい存在が出てきて、思わず目を瞬かせる。
「どうしてわかるんですか? 古い神だって」
「大蛇っていうのは、日本神話や昔話では退治される対象だけど、大昔は神様だったんだよ。一番古く残っているのは、『古事記』や『日本書紀』にある三輪山の伝説……あとは、『肥前国風土記』の弟日姫子の話かね」
どれも蛇婿入りの話だよ、と音子さんは続ける。
「時代が流れると、多くの蛇神の祠は、他の神を奉るものになってしまってね。多くは神から零落して、妖怪になっちまったのさ。けど、生き残ったものもいる。
例えば、この地の霊脈の主とかね」
霊脈。
そう言えば、小野が言っていた。開藤中の生徒たちが不安定なのは、霊脈の影響を受けているからだろうと。
「しかも夜になると、呼ばれる方に身体が勝手に動くんだろ? こりゃ、名前を知られてるんじゃないの」
「そうだよねー……」
はあー、と店長がうなだれてため息をつく。
「ちなみに、妖怪とか神様に会ったりしたことは」
「ないです。そもそも一度も視えたことがないので」
「だよね」
二人の様子を見て、俺はかなり不味い状況なんだと理解できた。
陰陽師が登場する物語で聞いたことがある。神や妖怪が人間の名前を知れば、それだけで操ることが可能なんだと。俺たち人間には、ピンとこないが。
「いや、アンタらもネットで本名バラしちゃまずかったりするでしょ」
「あっ」
そう言えばそうだ。
「まあ、神が名前を知るなんて造作もないさね。最近じゃお参りする時、名前と住所と一緒に願い事を心の中で言ったりするんだろ?」
それに関しては心当たりがある。ナツの安穏を祈って、しょっちゅう色んな社にお願いしているから。
「けど、それで古き神が覚えているのが変な話さね。あたしたちよりずっと長生きしている神が、短命の人間の名前と顔をわざわざ覚えているとは思えない」
「そうだよね。それに確かに蛇神は対象者に固執するけど、だからこそそう簡単に執着することもない。なのに冬夜くんの名前を覚えて、しかも呼んでいるなんて、相当……」
うーんと、二人が頭を悩ませる。
「ダメだね。保留にしよう。そろそろナツとあかりも帰ってくるし」
音子さんの言葉で、一旦切り上げることにした。
「あの……このことは、ナツと小野には黙っていてください」
俺が言うと、店長は「それはいいけど」と言った。
「何かあったら、すぐに僕か音子に連絡するんだよ。いいね?」
店長の言葉に、はい、と俺が頷いた時だった。
変に浮かれて、すっかり見落としていた。どんなに不思議な力を持っていても、小野は俺と同じ中学二年生だということ。
そう気づいたのは、テーマパークで楽しそうにしている小野を見てからだった。
誰かに、ずっと呼ばれている気がする。
そのことを店長に相談すると、店長は険しい顔をしていた。
「それは、中学に入ってからなんだね?」
そうです、と答えかけて、ふと違うことに気づく。
「いえ。正しくは、番長になってからです」
入学して早々、俺は元番長である竜二に喧嘩を売られた。
あれはいったい何だったか。目つきが悪いとか、睨みつけてきたとか、ごくありふれた言いがかりだったと思う。
あの頃の竜二――というより、多くの開藤中の生徒の様子がおかしかった。殺気立っているというか、行き場のない怒りやイライラが、いつ爆発するかわからないようだった。生徒の様子に、教師たちも警戒して、それがますます彼らの不安定さを悪化させた。
喧嘩は弱いわけじゃない。なんやかんや、小学校から色んなトラブルに巻き込まれた。何よりナツを守るために、簡単な護身術は身に着けていた。俺には視えない相手に通じるかわからなかったけど、やらないよりマシだと思ったから。
それで、あの時も応戦しようとした。
「竜二が、変な風に吹き飛ばされたんです」
まるで、春一番か竜巻でも吹いたかのように。
けれど、俺は全く風を感じなかった。竜二も困惑しながら気絶していた。
その後、俺は皆から『番長』と言われるようになった。
「大蛇に、風……か」
難しい顔をして、店長が呟く。
「『何か』に気に入られている気がするね」
「俺が、ですか? ナツじゃなくて?」
「うん。それまで妖怪が視えなかったのに、呼ばれた先に行ったら大蛇がいて、それが視えたんでしょ?」
はい、と俺が答えると、「それって、君を迎えに来ているだと思うんだよね」と店長が言う。
「恐らく呼んだのは、その大蛇じゃない。多分その蛇は使いだ。多分、君を呼んでいるのは、」
「『神』だね。それも、かなり古い神だ」
音子さんが言った。
『神』。
スケールの大きい存在が出てきて、思わず目を瞬かせる。
「どうしてわかるんですか? 古い神だって」
「大蛇っていうのは、日本神話や昔話では退治される対象だけど、大昔は神様だったんだよ。一番古く残っているのは、『古事記』や『日本書紀』にある三輪山の伝説……あとは、『肥前国風土記』の弟日姫子の話かね」
どれも蛇婿入りの話だよ、と音子さんは続ける。
「時代が流れると、多くの蛇神の祠は、他の神を奉るものになってしまってね。多くは神から零落して、妖怪になっちまったのさ。けど、生き残ったものもいる。
例えば、この地の霊脈の主とかね」
霊脈。
そう言えば、小野が言っていた。開藤中の生徒たちが不安定なのは、霊脈の影響を受けているからだろうと。
「しかも夜になると、呼ばれる方に身体が勝手に動くんだろ? こりゃ、名前を知られてるんじゃないの」
「そうだよねー……」
はあー、と店長がうなだれてため息をつく。
「ちなみに、妖怪とか神様に会ったりしたことは」
「ないです。そもそも一度も視えたことがないので」
「だよね」
二人の様子を見て、俺はかなり不味い状況なんだと理解できた。
陰陽師が登場する物語で聞いたことがある。神や妖怪が人間の名前を知れば、それだけで操ることが可能なんだと。俺たち人間には、ピンとこないが。
「いや、アンタらもネットで本名バラしちゃまずかったりするでしょ」
「あっ」
そう言えばそうだ。
「まあ、神が名前を知るなんて造作もないさね。最近じゃお参りする時、名前と住所と一緒に願い事を心の中で言ったりするんだろ?」
それに関しては心当たりがある。ナツの安穏を祈って、しょっちゅう色んな社にお願いしているから。
「けど、それで古き神が覚えているのが変な話さね。あたしたちよりずっと長生きしている神が、短命の人間の名前と顔をわざわざ覚えているとは思えない」
「そうだよね。それに確かに蛇神は対象者に固執するけど、だからこそそう簡単に執着することもない。なのに冬夜くんの名前を覚えて、しかも呼んでいるなんて、相当……」
うーんと、二人が頭を悩ませる。
「ダメだね。保留にしよう。そろそろナツとあかりも帰ってくるし」
音子さんの言葉で、一旦切り上げることにした。
「あの……このことは、ナツと小野には黙っていてください」
俺が言うと、店長は「それはいいけど」と言った。
「何かあったら、すぐに僕か音子に連絡するんだよ。いいね?」
店長の言葉に、はい、と俺が頷いた時だった。