しばらく、俺たちには会話がなかった。
 小路の奥にある『妖怪食堂』が見えたところで、俺は話題を切り出した。

「……あの」
「ん?」
「俺、『妖怪食堂』に、ものすごく感謝しています。……小野にも」

 大蛇から助けてもらったことだけじゃない。
 小野が、ナツと同じ景色を見ていると知った時、どれだけ俺が嬉しかったか。
 そして、この『妖怪食堂』に連れて行ってもらった時、どれだけホッとしたか。
 なのに、その感謝をうまく表現できない。そのせいで『妖怪食堂』の人たちには、好意を拒まれていると感じられているんじゃないだろうかと、不安になった。

「決して、皆さんからのご厚意がうっとうしいとか、そんなんじゃないんです。……だから、なんていうか、その」

 なんて言えばいいのかわからなくて、言いよどんだ俺に、「うん」と音子さんは頷いた。

「わかってるさ。あたしたちのお節介を拒んでいるわけじゃないってことは」

 けどね、と音子さんは言った。

「拒んだっていいんだよ。『余計なお世話はいりません』って。欲しくない厚意を拒む練習だって、子どもの時にしとくもんさね。
 あたしたちは、アンタたちに居心地のいい場所を提供したい。それだけなんだ」
「……ありがとうございます」

 心から、俺はそう言った。
 こんなふうに「安心しなさい」と言ってもらえたのは、何時ぶりだろう。

「本当に、感謝してもしきれないんです」
「いやいや、あたしたちだってアンタには感謝してるんだよ。あの子の友だちになってくれたんだから」

 そう言って、音子さんは『妖怪食堂』の暖簾を上げて、中に入る。
 
「全部を知る必要はないけど、やっぱり、隠し事をしないで済む友達は心強いしね」

 ……隠し事、か。
 俺は、小野に隠していることが二つある。