人と手を繋ぐなんて、何時ぶりなんだろう。あったと思うけど、昔過ぎて思い出せない。
 大した距離じゃないのに、耳元でバクバクという音が聞こえて、ずいぶん長く歩いたように感じる。
 好きな人と手を繋いでデートするって、こんな感じなんだろうか。
 いつか読んだ少女漫画の記憶をうっすら思い出してしまい、全身が熱くなる。そういうのじゃないのに。
 ――でも冬夜くん、真っ赤になってたな。
 夏樹くんと手を繋ぐことはあっても、他の子と手を繋ぐことはなかったんだろうか、なんて思ってしまう。
 だからなんだって話なのに、その考えが中々離れなかった。

 扉の前へ立ってから、「手を繋いだままじゃ開けないのでは」ということに気づいたのだけど、そんな私の考えを裏切るようにドアがゆっくり開いた。
 ドアの隙間から、やわらかな暖色の光が溢れ出す。 

 そこには、恐ろしい世界とは程遠い、街並みのような世界が広がっていた。 

 時代背景としては、昭和だろうか。オシャレな看板とポスターがあちこちに貼られていて、提灯の明かりが灯っている。黄昏時の繁華街って感じだ。『妖怪食堂』がある藤山商店街も、昔はこんな風だったんだろうか。
 ガヤガヤという音がする。けれど、人はいなくて、街には今にも動き出しそうな人形たちが立っている。

「私、お化け屋敷ってもっと暗闇の中を歩くのかと思ってたんだけど」
「俺も」

 これだとホラーというより、博物館みたい。
 しかも、お店の中に入れるようだ。居酒屋さんらしきところに入ってみると、カウンターに座るお客さんと、その奥で立っておつまみを提供するおかみがいた。もちろん、どちらも人形だ。
 これ、中に人がいたり、実はロボットだったりして、急に動き出したりするのかな。幽霊や妖怪は怖くないけど、そういうドッキリにはちょっと弱い。
 けれど、私の不安は杞憂で、いくら近づいても人形が動き出すことはなかった。妖怪の気配は……何かに満ちている感じはするけど、ハッキリした妖気はない。

「入れそうな店も多いな。『大切なもの』が何かもわからないし、骨が折れそうだ」

 冬夜くんがそう言う。
 これはどこかに、ヒントがあったりするんだろうか。
 カウンター席を眺めていると、メニュー表……のように見えたものが、別のものであることに気づく。
 時代にそぐわないラミネート加工されたそれには、流れるような文字でこう書いてあった。


『おかみ「お客さん、いらっしゃい」
 客「なんだい、見ない顔だね」
 客「え、大切なものをなくした? なんだい、それは」
 客「そういえば空から、見ないものが落ちて来たって聞いたね」
 客「そうそう、四角くて、すごく薄いもの」』


 昭和にはなくて、四角くて、薄いもの。
 ……何となく、想像がつくような。

「店の中に、ヒントがあるみたいだな」

 ほかの店も見に行くか、という冬夜くんに、私はうなずいた。