今ここにいる自分は本当は偽物で
実際にいる自分はロボットなのか動物なのか
もはやどっちでも良いじゃないかと
思い始めてきた。
学校の廊下の窓に指先をつけたまま、
ずっと歩いた。
誰も何も注意しない。
手垢つくよとか先生に注意されたことが
小学校の頃にある。
今は高校生だが、誰もいないのだから
注意する人もいなければ
見てくれる人もいない。
自由に学校を触って、走って、歩いても
誰も言わないのだ。
でも、これで本当にいいのか。
無邪気な童心に返ったような感覚で過ごして
いている自分は惨めになってきた。
丸い時計の秒針がカチカチと響いていた。
時刻は午前9時。
本当ならば、1時間目の授業を
受けているはずだった。
今は、なぜか誰もいない。
そう、快翔も母も言っていた。
今日は5月12.5日の
三日月曜日。カレンダーには日曜日の次に
三日月のマークが描いてある。
月曜日は、いつも休みがちの澄矢は、
なぜかこの日は学校に登校できた。
理由は登校しても欠席してもいいという
自由登校だからだ。
自分のタイミングで登校できるのが
嬉しかった。
起床した当日の体が動けるかどうかなんて、
夜が明けた瞬間にしか分からない。
勝手に学校が決めないでほしいという
反抗期だ。
そう言いながらも、結局は単に月曜日という響きやら、日曜日の次の日は行きたくない
ペースができているだけだったりする。
澄矢はそれだけじゃない。
学校の先生に確認したいことが
早急にあったのだ。
長い廊下から職員室に駆け出した。
週明けだというのに
ワクワクドキドキしている。
こんな気持ちになったのは初めてだった。
静かな職員室の引き戸を引いた。
ガラと開いた職員室の中では、
澄矢のクラス担任の
齋藤晃一郎《さいとうこういちろう》が
椅子の背もたれにぐーんと
持たれかかりながら、
紙タバコを吸っていた。
学校には煙を感知したらサイレンが
鳴るようにセンサーがあった気がした。
澄矢は天井を見上げたが、いつも光っている赤い光が消えている。
「え、電池切れている?なんで?」
じーっと眺めて、ボソッとつぶやいた。
「よぉー、小早川澄矢じゃないのぉ?」
さっきまでクルクルまわる椅子に
もたれかかっていた齋藤先生が、
澄矢の真後ろにいた。
「うわぁ!!」
「おいおいおい、俺はお化けかよ。」
「いや、だって、さっきまで端っこの席に
いたじゃないですか。」
「おう、俺にはテレポーテーションの技が
使えてな。」
齋藤先生は、額の近くで2本の指を
当てた。
沈黙がしばらく続く。
「……あの、いつごろですか?」
「おい、そこはツッコむところだろ。
俺がテレポーテーションを本当に
使えると思ったのか。」
「いや、マジだったらぜひ見てみたいかなと
思いまして…待ってみました。」
「待つなよ!!
ったくよ、ノリの悪いやつめ。」
「そんな、待っていたのに、
ひどいですね!
というか、職員室は
禁煙じゃないんですか?
煙も感知してないけども…。」
灰皿にぽんぽんと灰を落とす。
「お?」
「いや、お?じゃなくて。
先生、不真面目ですね。
そんなキャラでしたか?」
「おう、俺は真面目じゃないよ?
猫被ってんだ。
可愛いだろ、にゃー。」
くしゃくしゃの天然パーマが
くるくるになっていて、丸いメガネを
かけていた。
普段は本当に真面目に国語の授業を
している先生だった。
澄矢はこんな一面があるとは
信じられなかった。
「べ、別に可愛くないですよ。
それより、他の先生達は
どこに行っちゃったんですか。
あの、火災報知器も気になりますけど、
先生のタバコの煙も…。」
「いいんだよ。今日は。
自由な三日月曜日だろ。
どーせ、消防隊も休みになってるんだ。
ほら、先生たちも俺以外全員休みだし、
校長先生もな。
まさかそうなるとは思わなかったけど。」
ケタケタと笑い続ける齋藤先生だった。
澄矢は意味がわからず、首をかしげる。
「んじゃ、
なんで先生は出勤してるんですか。」
「俺?いいだろ、別になんでも。」
「いや、気になります。
全員休みなのに。」
「そんなに俺が気になるの?」
「…あ、やっぱ、やめようかな。」
「やめんのかよ。」
「はい、やめます。」
「せっかく話そうと思ってるんのに…。
だからな、俺は、家にいたくないの。
嫁の実家に住むようになって
居づらいのなんのって、
ここで贅沢に紙タバコ吸っていた方が
至福の時間って訳よ。」
(結局、聞かなくても
話すんじゃないですか。
話したがりめ。)
少しイライラとする澄矢だった。
「あー、ってことは家よりも
学校の方がいいってことですね。
でも、なんで、タバコ吸えるんですか。
火災報知器は?」
「電池抜いた。」
「は?!」
「スイッチ切った。」
「は?!先生?」
「ん?」
「本当に先生ですか?」
「ああ。」
「俺にだって、
一つや二つ、悪さしたい時だって
あんだよ。学校への不満爆発だ!」
「へー、そうなんですか。」
澄矢は、大人にも子供のような
不満があるんだと気づくと
ふと気持ちが落ち着いてきた。
「そうだ、先生、ちょっと聞きたいことが
ありまして…。」
タバコの煙を吸ってから
ぷわーっと真上に吹いた。
「あー?なんだ、勉強は今日お休みね。
教える気持ちは持ちあわていないぞぉ。」
「先生なのに勉強教えないって
ありえないですね。
まぁ、そういうのは聞かないんですけど、
この学校に水城雫羽って人いますか?」
「先生にも休日が必要なんだよ。
え、なになになに、彼女にしたいとか?」
「あーーー、
そういうんじゃないです!!
てか、休日なら
学校に来ちゃダメでしょう!」
手をぶんぶんと振って否定した。
先生の言動に今度こそツッコミを入れた。
「そういうんじゃないんだ。
まぁ、いいけど、水城?
珍しい名前だよなぁ。
どうかなぁ。いたかな。
俺、全校生徒覚えているわけ
じゃないからな。
校長に聞いてみればいいじゃないの?
あいつ、なぜか生徒の名前覚えるって
言ってたから。」
「先生、校長先生にそういうふうに
言っちゃいかんです。失礼ですよ。」
「よく言うよ。
お前ら生徒は裏で言ってるくせに。
ま、明日になれば出勤するだろうから
聞いてみれば?」
「生徒は生徒、先生は大人なんだから。
それなら、明日校長先生に
確認してみます。」
「大人ねぇ、大人だって
色々あんだけどな…。
ま、そういうことだ。
良い子は教室でお勉強してな。
自習で頼むよ。」
齋藤先生は、澄矢の頭を
なでなでと小さな子供のように扱った。
「俺は小学生か!?」
「え?違うの?」
「違いますって!!」
そう吐き捨てて、職員室を出て行った。
制服にタバコの匂いがついて
くんくん嗅いだ。
あまり良い気分はしなかった。
煙は結局吸っている人しか恩恵を
受けない。匂いは臭い。
喘息持ちの澄矢は吸う気持ちさえも
起きなかった。
何も良い収穫を得られなかった澄矢は
渡り廊下を歩いていると、
屋上で人影を見つけた。
よく目をこらして見ると快翔の姿だった。
フェンスのふちに手をかけている。
ハッと息をのむ。
渡り廊下から声をかけたが、
反応がない。
ここからだと遠かった。
慌てて、花壇を飛び越えて、
快翔の近くに行こうとした。
澄矢は、思いがけず、
花壇のふちから足を滑らせて、
後頭部を地面に打ちつけた。
脳震盪を起こして、意識が飛んだ。
そんなつもりで花壇を超えたわけ
じゃない。
屋上にいる快翔を少しでも
助けようとしただけだ。
自分がこうなるとは。
視界が真っ暗闇になった。
実際にいる自分はロボットなのか動物なのか
もはやどっちでも良いじゃないかと
思い始めてきた。
学校の廊下の窓に指先をつけたまま、
ずっと歩いた。
誰も何も注意しない。
手垢つくよとか先生に注意されたことが
小学校の頃にある。
今は高校生だが、誰もいないのだから
注意する人もいなければ
見てくれる人もいない。
自由に学校を触って、走って、歩いても
誰も言わないのだ。
でも、これで本当にいいのか。
無邪気な童心に返ったような感覚で過ごして
いている自分は惨めになってきた。
丸い時計の秒針がカチカチと響いていた。
時刻は午前9時。
本当ならば、1時間目の授業を
受けているはずだった。
今は、なぜか誰もいない。
そう、快翔も母も言っていた。
今日は5月12.5日の
三日月曜日。カレンダーには日曜日の次に
三日月のマークが描いてある。
月曜日は、いつも休みがちの澄矢は、
なぜかこの日は学校に登校できた。
理由は登校しても欠席してもいいという
自由登校だからだ。
自分のタイミングで登校できるのが
嬉しかった。
起床した当日の体が動けるかどうかなんて、
夜が明けた瞬間にしか分からない。
勝手に学校が決めないでほしいという
反抗期だ。
そう言いながらも、結局は単に月曜日という響きやら、日曜日の次の日は行きたくない
ペースができているだけだったりする。
澄矢はそれだけじゃない。
学校の先生に確認したいことが
早急にあったのだ。
長い廊下から職員室に駆け出した。
週明けだというのに
ワクワクドキドキしている。
こんな気持ちになったのは初めてだった。
静かな職員室の引き戸を引いた。
ガラと開いた職員室の中では、
澄矢のクラス担任の
齋藤晃一郎《さいとうこういちろう》が
椅子の背もたれにぐーんと
持たれかかりながら、
紙タバコを吸っていた。
学校には煙を感知したらサイレンが
鳴るようにセンサーがあった気がした。
澄矢は天井を見上げたが、いつも光っている赤い光が消えている。
「え、電池切れている?なんで?」
じーっと眺めて、ボソッとつぶやいた。
「よぉー、小早川澄矢じゃないのぉ?」
さっきまでクルクルまわる椅子に
もたれかかっていた齋藤先生が、
澄矢の真後ろにいた。
「うわぁ!!」
「おいおいおい、俺はお化けかよ。」
「いや、だって、さっきまで端っこの席に
いたじゃないですか。」
「おう、俺にはテレポーテーションの技が
使えてな。」
齋藤先生は、額の近くで2本の指を
当てた。
沈黙がしばらく続く。
「……あの、いつごろですか?」
「おい、そこはツッコむところだろ。
俺がテレポーテーションを本当に
使えると思ったのか。」
「いや、マジだったらぜひ見てみたいかなと
思いまして…待ってみました。」
「待つなよ!!
ったくよ、ノリの悪いやつめ。」
「そんな、待っていたのに、
ひどいですね!
というか、職員室は
禁煙じゃないんですか?
煙も感知してないけども…。」
灰皿にぽんぽんと灰を落とす。
「お?」
「いや、お?じゃなくて。
先生、不真面目ですね。
そんなキャラでしたか?」
「おう、俺は真面目じゃないよ?
猫被ってんだ。
可愛いだろ、にゃー。」
くしゃくしゃの天然パーマが
くるくるになっていて、丸いメガネを
かけていた。
普段は本当に真面目に国語の授業を
している先生だった。
澄矢はこんな一面があるとは
信じられなかった。
「べ、別に可愛くないですよ。
それより、他の先生達は
どこに行っちゃったんですか。
あの、火災報知器も気になりますけど、
先生のタバコの煙も…。」
「いいんだよ。今日は。
自由な三日月曜日だろ。
どーせ、消防隊も休みになってるんだ。
ほら、先生たちも俺以外全員休みだし、
校長先生もな。
まさかそうなるとは思わなかったけど。」
ケタケタと笑い続ける齋藤先生だった。
澄矢は意味がわからず、首をかしげる。
「んじゃ、
なんで先生は出勤してるんですか。」
「俺?いいだろ、別になんでも。」
「いや、気になります。
全員休みなのに。」
「そんなに俺が気になるの?」
「…あ、やっぱ、やめようかな。」
「やめんのかよ。」
「はい、やめます。」
「せっかく話そうと思ってるんのに…。
だからな、俺は、家にいたくないの。
嫁の実家に住むようになって
居づらいのなんのって、
ここで贅沢に紙タバコ吸っていた方が
至福の時間って訳よ。」
(結局、聞かなくても
話すんじゃないですか。
話したがりめ。)
少しイライラとする澄矢だった。
「あー、ってことは家よりも
学校の方がいいってことですね。
でも、なんで、タバコ吸えるんですか。
火災報知器は?」
「電池抜いた。」
「は?!」
「スイッチ切った。」
「は?!先生?」
「ん?」
「本当に先生ですか?」
「ああ。」
「俺にだって、
一つや二つ、悪さしたい時だって
あんだよ。学校への不満爆発だ!」
「へー、そうなんですか。」
澄矢は、大人にも子供のような
不満があるんだと気づくと
ふと気持ちが落ち着いてきた。
「そうだ、先生、ちょっと聞きたいことが
ありまして…。」
タバコの煙を吸ってから
ぷわーっと真上に吹いた。
「あー?なんだ、勉強は今日お休みね。
教える気持ちは持ちあわていないぞぉ。」
「先生なのに勉強教えないって
ありえないですね。
まぁ、そういうのは聞かないんですけど、
この学校に水城雫羽って人いますか?」
「先生にも休日が必要なんだよ。
え、なになになに、彼女にしたいとか?」
「あーーー、
そういうんじゃないです!!
てか、休日なら
学校に来ちゃダメでしょう!」
手をぶんぶんと振って否定した。
先生の言動に今度こそツッコミを入れた。
「そういうんじゃないんだ。
まぁ、いいけど、水城?
珍しい名前だよなぁ。
どうかなぁ。いたかな。
俺、全校生徒覚えているわけ
じゃないからな。
校長に聞いてみればいいじゃないの?
あいつ、なぜか生徒の名前覚えるって
言ってたから。」
「先生、校長先生にそういうふうに
言っちゃいかんです。失礼ですよ。」
「よく言うよ。
お前ら生徒は裏で言ってるくせに。
ま、明日になれば出勤するだろうから
聞いてみれば?」
「生徒は生徒、先生は大人なんだから。
それなら、明日校長先生に
確認してみます。」
「大人ねぇ、大人だって
色々あんだけどな…。
ま、そういうことだ。
良い子は教室でお勉強してな。
自習で頼むよ。」
齋藤先生は、澄矢の頭を
なでなでと小さな子供のように扱った。
「俺は小学生か!?」
「え?違うの?」
「違いますって!!」
そう吐き捨てて、職員室を出て行った。
制服にタバコの匂いがついて
くんくん嗅いだ。
あまり良い気分はしなかった。
煙は結局吸っている人しか恩恵を
受けない。匂いは臭い。
喘息持ちの澄矢は吸う気持ちさえも
起きなかった。
何も良い収穫を得られなかった澄矢は
渡り廊下を歩いていると、
屋上で人影を見つけた。
よく目をこらして見ると快翔の姿だった。
フェンスのふちに手をかけている。
ハッと息をのむ。
渡り廊下から声をかけたが、
反応がない。
ここからだと遠かった。
慌てて、花壇を飛び越えて、
快翔の近くに行こうとした。
澄矢は、思いがけず、
花壇のふちから足を滑らせて、
後頭部を地面に打ちつけた。
脳震盪を起こして、意識が飛んだ。
そんなつもりで花壇を超えたわけ
じゃない。
屋上にいる快翔を少しでも
助けようとしただけだ。
自分がこうなるとは。
視界が真っ暗闇になった。