雫羽が亡くなってから1年の月日が流れた。

もう、月曜日になるたびに嫌がることはしなくなった。
それはなぜか。部活のサッカーに夢中になり、高校2年になってからレギュラーに抜擢された。ポジションはFWだ。それだけではない。もしかしたら、日曜日と月曜日の間に、また夢の中で雫羽に会えるんじゃないかという淡い期待をよせる。カレンダーを確認することもなく、学校を行くという目標ができる。学校に着いたときに屋上のあの場所で雫羽の長い髪がなびくことを想像する。

まぁ、それは澄矢の妄想でしかない。お葬式にも出たから現実に水城雫羽が存在はしない。墓石にも骨しかない。肉体はこの世に存在していない。そんなことは知っている。実際に火葬もしたし、骨も拾わせてもらった。49日までに霊体は存在するというが、迷信でしかない。不意に、肩に変な風が吹いたこともあるが、ただの風だ。

雫羽とツーショットを撮ったことがない。写真さえもない。
夢の中でしか会っていない。証拠がない。
本当は雫羽の片想いが現実だ。両想いにはなっていない。
夢の中で会った雫羽を好きになったのだから。
それでも気持ちは通じている。

昼休み、快翔とともに屋上でお弁当を食べた。
今日のメニューは母の手作りのから揚げだ。
いつも冷凍食品なのに、今日だけは特別なんだぞと念をおされた。
食べないと母は、鬼の形相になりそうだ。

カザミドリがカタカタと回った。
澄み切った青い空を見る。
河川敷で見たあの時と同じ空をしていた。

今、雫羽は天国でどんな過ごし方をしているのだろう。
苦しまずに平和に過ごしているのだろうか。
もっと彼女に切実に会いたかったなと感じる。

「澄矢、あれ見てみろよ!」
 快翔は、東の空を指さした。
 雨上がりの空に虹の橋ができていた。

 何だかいいことが起こりそうな予感がした。

「明日の試合は優勝だな、きっと」
「だな! 絶対だぞ」

 2人は、グータッチをして、気合を入れた。



◇◇◇



 それから部活も勉強も意気揚々と過ごした高校生活もあっという間に終わっていた。卒業式に雫羽がいなかったことが寂しかった。第二ボタンは彼女に渡すという習慣が今でも残っている。付き合おうなんて言ったこともないが、純粋に好きだった澄矢は、水城雫羽の墓石の前にお供えした。喜んでいるといいだけどなと思った。

 市内の大学に入学して、カフェのアルバイトを始めた澄矢は、緊張していた。

「今日から働くことになりました小早川澄矢です。よろしくお願いします」
 緑色のエプロンをつけて、スタッフの前で深くお辞儀をすると拍手が沸く。
「右に同じく、今日から働きます。月島快翔です。よろしくお願いします」
 快翔も金魚のフンのようにくっついて、同じ大学、同じバイト先を選んだ。また拍手が沸く。

「2人の新人さん入りました。仕事を教えないといけませんので、それぞれに指導係をつけますので、よろしくお願いします。ね、えっと茉大《まひろ》さんと理人《りひと》さんお任せしますね」

「げ、俺っすか」
「指導係頑張りますね!」

 茶色にパーマをかけたウルフカットの菅原理人《すがわらりひと》は、快翔の指導係で、新川茉大《にいかわまひろ》は、澄矢の指導係になった。

「えっと小早川澄矢くんですね。初めてと聞きました。
 何かわからないことがあったら、すぐに聞いてくださいね」
 澄矢は茉大の隣に移動して、ふと、かがんだ時に香った匂いが記憶を呼び起こす。
 小柄でセミロングの茶色のポニーテールの髪型が目に映る。
 ビデオ画面を見てるように映る景色にノイズが入る。

「雫羽?」

 突然発した言葉を信じられなかった。
 澄矢は恥ずかしくなって、ブンブン首を振った。

「ん? どうかしました?」
「いえ、何でもないです!!」

「こいつ、昔の彼女でも思い出してんじゃないですかね?」
「おい、お前はこっち向け。人の話聞けよ」
「あ、すいません。菅原先輩、よろしくお願いします」

 このカフェのバイトから新しい出会いが始まった。
 お店の掃除から丁寧に教わっていく。
 日常的な生活が潤す予兆が始まった気がした。